第41話
「さて……そろそろ俺達も踊るか」
そう言うフェリックス様の声は上擦っている。
何故か両手を握ったり開いたりと落ち着きがない。
「そうですね。そう言えばフェリックス様と踊るのは初めてです」
「そ、そうだな」
そう言いながらフェリックス様は私に腕を差し出した。
私はそっとその腕を取る。フェリックス様は何故か少しギクシャクした動きでホールの中央へと私をエスコートした。
「フェリックス様どうしました?」
ホールで向かい合う私がそう尋ねると、
「初めてのダンスだと思うと、何だか緊張してきた」
とフェリックス様は強張った顔でそう答えた。
先程のステファニー様の一件もあり、何となく周りが注目している様な気もする。私達がダンスを踊る場面など、誰も見たことがないだろうし……いや、私も無いのだけれど。
フェリックス様の手が私の腰に回る。音楽に合わせて、フェリックス様が私をリードする。
………踊りやすい!フェリックス様の顔はやや強張っているが、あまり上手ではない私でさえ、ダンス上級者に見えるのではないかと思うほどに、フェリックス様はダンスが上手かった。
「凄く踊りやすいです」
踊りながら私がフェリックス様へ声を掛けると、
「そ、そうか?お前とのダンスは初めてだが……イメージトレーニングはバッチリだ!」
とフェリックス様はぎこちなく微笑んだ。
……イメージトレーニングしてたんだ……。意外な答えに私は吹き出しそうになる。
ずっと……フェリックス様が苦手だった。嫌い……ではないが彼と過ごす未来の自分を想像出来なかった。
フェリックス様の目が怖かった。眼鏡を外せなくなったのも、何かで自分を守りたかったからだ。
いつの日か婚約者として上手く付き合っていく事を諦めていた。周りから言われる通り、結婚しても一緒に過ごす事などないと思っていた。『それが良い』と思った事はなかったが『それで良い』と。
私には本が……物語の世界があったから。本を読んでいる時だけ、自分が何者にでもなれる気がしていたから。
しかし、こうしてフェリックス様の新たな顔を知る度に、二人での経験が増えていく事を楽しいと思う自分に気付いた。
今はフェリックス様と一緒に居る未来の自分を想像出来る。
私が笑顔を見せると、フェリックス様も同じ様に笑顔を返してくれる。
うん……確かにフェリックス様はかなりの美丈夫な様だと私は遅ればせながら初めて気づいたのだった。
ダンスパーティーはとても盛り上がっていた。殆どの卒業生は婚約者と共に出席している。皆、幸せそうな表情だ。ただ一人を除いては。
先程からステファニー様に睨まれている気がする。
気づけば婚約者と参加していないのは彼女ぐらいだ。
この十年、ずっとフェリックス様がステファニー様の相手をしていた。殿下が居なくとも寂しい思いをした事がなかったからか、今日のステファニー様は何となく不機嫌そうだ。
今までなら……その立場に居たのは私だった。
フェリックス様と踊るステファニー様を、父と参加した私が見守る。
そのうち私は夜会に参加する事すら止めてしまったのだが。
しかし今日はフェリックス様が無理をして戻って来てくれたお陰で、こうして二人で向かい合い笑い合う事が出来ていた。
「マーガレット、疲れないか?」
「ちょっぴり疲れたかもしれません。少し休憩しても?」
ステファニー様からの視線の圧が凄い。私は少し避難したくなった。
「もちろんだ!すまない……お前とのダンスが楽しくて、嬉しくて……つい。無理をさせた」
「フェリックス様が謝ることではありません。私も楽しかったので」
その言葉にフェリックス様の顔は綻んだ。
「じゃあ、少し休憩するか。飲み物でも取ってこよう。……メグ、あそこに座って待っててくれないか?」
少し躊躇う様に私の愛称を呼んだフェリックス様をびっくりして見つめてしまった。
「……ダメか?」
頬を赤くしたフェリックス様に、私は首を横に振って答えた。
「フェリックス様の呼びたい様に」
「じ、じゃあ、直ぐ戻るから」
そう言ってフェリックス様が私に背を向けた時だった。
「お!!盛り上がっている様だな!!」
入り口の扉がバーンと開き、そこには十年振りの殿下の姿が。
「殿下!!」
殿下の姿に気付いたステファニー様がいち早く反応した。そして、満面の笑みで走り寄る……が、それを殿下の側にいた護衛が阻む。
「ちょ、ちょっと何よ!どいてくださらない?私は婚約者よ!」
ステファニー様はその護衛達に言い放つが、護衛はそれについては何も答えず、そっぽを向いた。
私は壁際に置かれた椅子に腰掛けたまま、その様子を守っていたのだが、それを見たフェリックス様は飲み物を両手に持ったまま急いで私の側に戻ると、険しい顔で言った。
「あ~間に合っちゃったか……」
「フェリックス様?それはどういう……?」
フェリックス様に言葉の真意を尋ねようとした時、殿下の後ろに小柄な女性の姿が薄っすらと見えた。
その女性はにこやかな顔で入り口の扉をくぐると、優雅な身のこなしで殿下の横に並んだのだった。




