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【書籍化決定】本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす  作者: 初瀬 叶


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第36話


「そういえば、もう少しで卒業式ね。

でも丁度フェリックスは国境沿いから帰って来る道中だろうから……ダンスパーティーにエスコート出来なくてごめんなさいね」


「いえ……」


『いつものことなので』と言うのは流石に憚られた。夫人を困らせたい訳じゃない。


「やっと王太子殿下も戻るし、ステファニーも、もう寂しくないでしょうしね。あの子もフェリックスを兄の様に慕っていたけど、そろそろ甘えるのをやめなきゃね。お互い結婚が近いのだから」


侯爵夫人にとってステファニー様は従姉妹の子ども。フェリックス様の可愛い幼馴染だろう。


「そうですね」


私は曖昧に微笑むだけにしておいた。

今日、ここに来る前にステファニー様と言い合いをしただなんて絶対言えない。


「そうだ!本当は前日に届けさせるつもりだったんだけど、我慢出来ないから見せちゃう!」


まるで少女の様に手を叩いてはしゃぐ夫人に私は少し意外に思いながらも、尋ねた。


「えっと……何をでしょう?」


「ちょっと来て」


いたずらっぽくウィンクした夫人は私をある部屋へと私を案内した。


「これは……?」


「フフフ。貴女の卒業式にとフェリックスが準備させた物よ。街の仕立て屋に頼んだって言ってたんだけど、あんな凄腕の仕立て屋どこで知ったのかしら……?」


部屋の真ん中のトルソーに掛けられたそのドレスはフェリックス様の瞳の色がもっと濃くなって、まるで真夜中の夜空の様な紺色だった。そこに星の瞬きの様な金の刺繍が散りばめられていてキラキラと細かく光っていた。


「綺麗……」

そのドレスに見とれて立ち尽くす私の目の前に青色のベルベットの箱が差し出された。


箱を手にした私が夫人の顔をちらりと見ると、夫人は微笑んで頷いた。

私はそれを合図にそっと箱を開く。そこには三日月の形をした金のイヤリングと、ダイヤが散りばめられた紺色のリボンのチョーカーが入っていた。


「いやらしいぐらい自分の色でしょう?フェリックスの独占欲が形になったドレスね。でも……あの子が必死にその仕立て屋と相談して作らせたの。

まさかこんなに早く仕上がるとは思っていなかったんだけど……貴女のドレスは一度作った事があるからって。採寸し直さなかったけど、大丈夫かしらね?」


その言葉に私にはこのドレスの製作者が名前を訊かずとも、分かってしまった。


うーん……これは……デービス様にも話を聞く必要がありそうだ、と私は考えていた。


しかし……


「でも、フェリックスにこんなセンスがあると思っていなかったわ。我が息子の事だけれど、改めて知ることってあるのね」

と言う夫人の言葉に、私も激しく同意した。


その後、夕食を共にしながら結婚式までの流れや、やるべき事を夫人と確認した。


「結婚式のドレスも?」


「ええ。フェリックスが頼んでいたわ。そっちはまだまだデザインを考えている所みたい。……ついでに私のドレスも注文したの。あの夜空みたいなドレスを私もすっかり気に入ってしまったから、お願いしたのよ」


ローレンさんが大忙しなのでは……と少し心配になる。


「そう言えば……アンドレアス様は?」


「あぁ……あの子は絶賛反抗期中。一人で食べるって部屋へと引きこもってるわ」


今年十二歳になったアンドレアス様。そう言えば彼の姿も随分と見ていない事に気付いた。

私の中ではくりくりの巻き毛に水色の瞳がキラキラした可愛い少年のままだったが、難しい年頃の様だ。


「正直……夫もフェリックスも近衛で忙しいし、アンドレアスは反抗期であんまりお喋りしてくれないし……こうして誰かと話をしながら夕食を食べるのは久しぶりな気がするわ」


夫人は寂しそうに笑う。

うちは父も夕食時には大体戻っている事が多いし、ネイサンも確かに口数は少なくなったが、食事は家族揃って食べる事が日常だ。この広い食堂で一人夕食を食べるのは、確かに味気ないかもしれないと私はそう思った。


「夫人……あの……今度カフェに行きませんか?」


「カフェ?」


「はい。って言っても、私も少し前に初めて行ったばかりですが」


「若い子が多いのでしょう?私みたいなおばさんが行っても良いのかしら?」


「御婦人方も結構いらっしゃっていました。夫人の気が向いたら……是非」


私の言葉に夫人はニッコリと笑ってくれた。




その翌日、夫人とカフェに行く事になったのたが……


「いい?マーガレット。覚えておいて。騎士の妻など、本当につまらないんだから!!夫の背中を追ってフェリックスまで騎士になってしまって……本当に嫌だわ」


夫人の愚痴が止まらない。でも、侯爵との婚約が整った経緯を聞くと、途端に夫人は少女の様な顔になった。


「夫は知らないんだけど……彼との結婚は私が望んだの。

私の夫になる男性がハウエル侯爵家を継ぐ事が決っていたから、相手選びは難航していて……。父が持ってくる縁談の男性は私よりハウエル侯爵家の事を考えて選ばれた方ばかり……仕方ない事だと頭では分かっていても、心が中々追いつかなかったの。

そんなある日、王宮で剣術の大会が行われてね……そこで夫は優勝したの!凄いでしょう?団長は出場していなかったけれど、当時の副団長をねじ伏せた。彼はその功績が評価されて、後に副団長になるのだけど……副賞として好きなご令嬢との縁談ってのがあってね」


副賞が縁談……それって相手になるご令嬢の気持ちは?と思わなくもないが、政略結婚とはそもそも、そんなものなのかもしれない。……私だってずっとそう思っていたし。


私は頷きながら、夫人に話の先を促した。

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