第35話
「失礼な!貴女を選ぶ?馬鹿馬鹿しい!」
しかし怒り方に余裕がない。本当にフェリックス様に愛されていると思うのなら、私の言葉など鼻で笑えば良いのに。
「そうよ!」
「最初から勝負になっていませんわ!!」
「失礼よ!」
取り巻き令嬢一、二、三も揃って私を非難する。きっと私が言い返すとは思っていなかったのだろう。確かに今までの私なら、全てを黙ってやり過ごしていた。
だけど……今の私は少しだけ成長した。
「では……ステファニー様はフェリックス様を選ぶのですか?」
私は意地悪な質問をしてみた。
ステファニー様がフェリックス様に好意を持っているのは周知の事実。さて、取り巻き令嬢の前でフェリックス様を選ぶと言えるのだろうか?
「え、選ぶとかそういう問題じゃないの!分からない?私は殿下の婚約者。それを解消する事なんて出来る筈ないでしょう?」
……フェリックス様を選ぶ……とは言わないのね。狡いわ。
「ならば私も同じです。私からフェリックス様の婚約を解消するなんて出来ませんもの」
「………」
やっと、自分が無理難題を言っている事が分かった様だが、まだステファニー様は諦めない。
「いいわ。貴女はあくまでもフェリックスの気持ち優先。フェリックスの言う事を受け入れるという事ね」
「先程から言っている通りです」
「ならば、フェリックスが帰ってきたら尋ねてみましょう。貴女と結婚するのか……それとも私の専属騎士になるのか」
「私はずっとそう言っています」
「後悔しない事ね。貴女みたいに地味な女……フェリックスが選ぶわけないんだから」
「そうでしょうか?」
最後の私の言葉は一種の自分への暗示の様でもあったが、喧嘩を売るには十分だったようだ。
ステファニー様は机を両方の手のひらで『バン!』と叩くと勢いよく立ち上がった。
その勢いに取り巻き令嬢達も驚く。
「本の虫のくせに!私が王太子妃となっても、貴女をお茶会へ呼ぶことはないわ!覚えておいて!」
さっきまでは『本の虫』という取り巻き令嬢を『悪口を言うな』と諌めていたくせに。
アイーダ様の言う通り……私もこの愛くるしい見た目にすっかり目が曇っていたようだ。
「記憶力は良い方なので、覚えておきます」
私を見下ろすステファニー様の目から視線を逸らすことなく私はそう言った。
ステファニー様と取り巻き令嬢達がサロンを出て行った後、私もゆっくりと席を立った。少し足が震える。
こんな風に誰かと言い合うのは初めての経験で緊張してしまった。慣れない事はするものじゃない。
サロンを出るとそこにはアイーダ様が待っていた。
「マーガレット様、大丈夫だった?」
心配してくれていた様だ。
「はい。何とか」
私が苦笑すると、アイーダ様は面白そうに、
「貴女……彼女に何を言ったの?真っ赤な顔で彼女出て行ったけど」
と私に尋ねた。
「フェリックス様に私かステファニー様か選んでいただきましょう……と」
「貴女!結構言うわね!」
アイーダ様は面白そうに笑った。
「アイーダ様がステファニー様を苦手だと言った理由が少しわかりました」
「でしょう?あの子昔から意地悪だもの」
顔を顰めるアイーダ様に、私もつい笑った。
「でも……前にアイーダ様が『殿下もフェリックス様もどっちも手に入れたいのは……』って言ってましたけど、私も同感です」
「そうよね。まぁ……フェリックス様の顔がめちゃくちゃ良いのは認めるわ。殿下より王子様っぽいもの。だからと言って……どっちもって……って何を驚いた顔をしてるの?」
首を傾げるアイーダ様に、私は目を丸くして答えた。
「フェリックス様って……そんなに美丈夫なんですか?」
「アハハハッ!」
アイーダ様はご令嬢とは思えない程豪快に笑っている。体を折り曲げて笑う様に私は動揺した。
「ア、アイーダ様そんなに笑う事ですか……?」
「アハ、アハハハ。あーお腹が痛い。フェリックス様も形無しね」
笑いすぎて流れた涙を指先で拭いながら、アイーダ様は言った。
「私、実は今までフェリックス様の威圧的な雰囲気が苦手で、あまりちゃんと顔を見ていなかったというか……なるべく目が合わない様心がけていたというか……まぁ、それ以前に私が殿方の美醜にあまり興味がなかったというか……」
「それはフェリックス様の自業自得ね。でも……それはそれで貴女らしいわ。フェリックス様も顔で選ばれたくはないでしょうし」
しかし、私はここで恐ろしい事に気付いてしまった。
「……もしや、私とフェリックス様って不釣り合いなのでは……?」
「そんな事はないわよ。その……ダサい眼鏡が少し邪魔だけど、きちんと化粧すれば化けるわ。あの夜会の時の貴女は見違える様に美しかったもの」
アイーダ様は素直な方だ。辛辣であるが悪意はない。
「これ……ダサいんですね……」
私は自分のかけていた眼鏡を外して、まじまじと眺めた。
「フフフッ。何なら私が化粧を教えるわ。貴女は原石。磨けば光るわよ」
軽やかに笑うアイーダ様に、私もつられて笑う。今後は少し、お洒落に気を使っても良いかもしれない。
「あ!!いけない!私、侯爵邸に行かなければならなかったんです!」
「まぁ!なら急がなきゃ。今日も徒歩?」
「いえ。ちゃんと今日は馬車を用意しています。アイーダ様、心配して下さってありがとうございました」
私はアイーダ様に頭を下げて改めて礼を言って別れた。
……そういえば予定表は取り巻き令嬢の手の中だった事を思い出して、少し気持ちが重くなってしまった。
「すみません、遅くなりました」
頭を下げる私にハウエル侯爵夫人は、
「気にしないで。夕食まではまだ少し時間があるから。でも、本当に久しぶりね、マーガレット」
「はい。本当にご無沙汰してしまい申し訳ありません」
「フェリックスが全然会わせてくれないんだもの。マーガレットのせいじゃないわ」
確かに侯爵邸でお茶会がある時もサロンや庭のガゼボに直接通されていたので、夫人や侯爵に挨拶する時間も与えて貰えていなかった。
「いえ。私も失礼を……」
「もう謝るのはなし!これからは私の娘になるんだし」
「娘……そう言っていただけて嬉しいです……」
結婚が意識されて、少し照れくさい。
「うちはフェリックスとアンドレアスっていうむさ苦しい息子しかいないでしょう?娘に憧れていたのよ」
と目を輝かせている侯爵夫人に『私なんかで良いのでしょうか?』と申し訳なさで胸が一杯だ。
どうもフェリックス様は美丈夫の様だし……そう言えばフェリックス様は夫人に良く似ていると思う。青色の瞳に明るく光るブロンド。鼻筋の通った高い鼻に、少し薄めの唇。……確かに夫人は美人だと名高い。その息子のフェリックス様が美丈夫になるのも、当然と言える。
私は改めて自分の婚約者の顔を思い浮かべていた。




