第34話
一対四って……不公平じゃないかしら。
サロンで私の前に腰掛けたステファニー様……とその後ろに立つ取り巻き令嬢三人。
人数的にも、身分的にも不利だと感じる私は、既に負けそうな気配がしていた。
「えっと……マーガレットさん……でしたわよね?」
本当は知ってましたよね?と言いたくなるが、黙っておく。
「はい。……ところでお話とは何でしょうか?」
二人で話をしたいからサロンに連れて来られたと思っていたのだが、私とアイーダ様を引き剥がしたいだけだったのだろう。そこまでして話したい事って何だろう。
くしゃくしゃにされた結婚式までの予定表は、くしゃくしゃのまま、取り巻き令嬢の手の中だ。……返して貰えるのかしら?
「フェリックスとの結婚なんだけど……やめた方が良いわ」
「えっと……何故でしょう?」
「貴女『騎士の誓い』を知ってる?」
「まぁ……一応は」
「私が王太子妃になれば……フェリックスは私の専属騎士になるの」
『なるの』って……。まるで決定事項の様な口ぶりだ。
「フェリックス様は近衛騎士として精進したいと仰っていましたが……」
「それは、建前。本音は違うのよ。貴女には正直に言えなかったのでしょう……だってそんな理由で貴女と婚約解消すれば、フェリックスの有責になってしまうでしょう?だから……貴女の方から婚約解消を申し出てくれないかしら?」
いや……『婚約解消しても良いですよ』とは言ったんですよ。……とは言えないよな、流石に。
「……申し訳ありません。うちは伯爵家です。ハウエル侯爵家に物申す立場にありませんし、そんな事を言えば、こちらの有責になってしまいます」
「ならば私がその慰謝料を払うわ。フェリックスは……私の側に居たいと……。私は殿下の婚約者として生まれてきたけれど、幼い頃からフェリックスとは心が通じ合っていて……本当に貴女には申し訳ないと思っているのよ?でも、分かって欲しいの」
『分かって欲しいの』と言ったステファニー様のピンク色の瞳からポロリと涙が一粒溢れた。
「ステファニー様……お可哀想に……」
取り巻き令嬢その一がハンカチを横から差し出した。
「メラニーさん、ありがとう」
ステファニー様はそのハンカチで頬の涙をそっと拭う。
取り巻き令嬢達は何故か私をキッと睨みつけた。
まるで私がステファニー様を泣かせたと言わんばかりだ。
だが……前までの私なら、ステファニー様の言う事全てを信じてしまっていただろう。
でも今の私は違う。恥ずかしそうに『幸せにする』と言ってくれたフェリックス様を信じているから。
「あの……お取り込み中失礼いたしますが……」
私が口を開くと、何故かまた取り巻き令嬢の方々に睨まれた。
だけど、このままステファニー様が美しい涙を流すのを黙って眺めていては、家に帰れない。
今日は……あのくしゃくしゃになった予定表によると、ハウエル侯爵夫人……つまりフェリックス様のお母様と晩餐がてら打ち合わせの予定だ。夕食の時間までに侯爵邸に向かわねばならない。
「なぁに?フェリックスを解放してくれる気になった?」
可愛らしく首をコテンと傾げたステファニー様はもう泣いていなかった。何なら微笑んでいる。
「いえ……。例えばフェリックス様がステファニー様の専属騎士となって、ステファニー様を主として騎士の誓いを立てたとしましょう」
「例えではなく、そうなるわ。だから貴女との結婚は……」
「私は別にそれでも良いです」
私がニッコリ笑うと、ステファニー様は怪訝そうに眉を顰めた。
「貴女……自分が何を言っているのか分かっているの?そうなったら、家庭なんて顧みないのよ?貴女は一人……寂しく過ごす事になるわ」
「フェリックス様が『結婚しない』と言うのなら、それはそれで仕方ありませんが、『専属騎士になる』というなら、私はそれを受け入れるだけです。ちなみに私はそうなっても、ちっとも寂しくありませんし」
十年放っておかれたのだ。もう一人は慣れっこ。それに私には本がある。伊達に『本の虫令嬢』と呼ばれている訳じゃない。
私の言葉にステファニー様も取り巻き令嬢達も目を丸くした。
「貴女……本気で言ってるの?」
「本気ですよ。私はフェリックス様の努力を邪魔しません」
それに、私は知っている。『近衛騎士団団長になりたい』と言ったフェリックス様を。彼がなりたい自分を。
「ねぇ……そんなに侯爵夫人の座にしがみつきたい訳?」
呆れた様にステファニー様は言う。
「いいえ!とんでもない!正直、侯爵夫人は私には荷が重いくらいですから」
教師との両立を考えると頭が痛くなるぐらいには重圧を感じている。
「じゃあ……」
「それでも。私はフェリックス様のお気持ちを尊重します」
「だから!フェリックスは私と共にありたいと!」
「では、フェリックス様に直接そう言われたなら考えますわ。フェリックス様が帰って来たら訊いてみます」
「だから……貴女には本音を喋らないわ」
「私の事を考えて婚約解消しない事を選ぶのなら……ステファニー様の専属騎士になど、最初からならないのではないですか?」
「本当に分からない人ね!貴女がいるから、専属騎士になるのを諦めるかもしれないと言っているの!」
「それぐらいの事で諦める願いなら、そんな大した夢ではないという事ですね。強いて言うならステファニー様より私を選んだ……という事になるのかもしれません」
またもや私がニッコリと笑えば、ステファニー様は真っ赤になって、プルプルと震えだした。
私はどうも彼女の地雷を踏んだようだ。




