第29話
「フェリックス様……少しだけ考える時間をいただけますか?」
「え?お、俺との結婚をか?!」
フェリックス様はまた慌てている。こんなフェリックス様を見るのは初めてだ。
「いいえ。私に両立が出来るのか……をです」
私の答えに明らかにホッとした様子のフェリックス様に私は尋ねた。
「フェリックス様は先の未来、どんな自分に出会いたいですか?」
「俺か?俺は近衛騎士団団長になってマーガレットから『騎士が一番素敵だ』と言われる騎士になった自分だな」
フェリックス様が微笑んだ。フェリックス様の笑顔……も初めて見た気がする。
そしてフェリックス様は私の前で膝をついて、私の片手を取った。
「その為にはマーガレット、お前が側に居る必要がある。……俺と結婚してくれないか?」
私の指先を軽く握ったフェリックス様の手が震えていた。
「……はい」
私がそう答えると、フェリックス様は自分の額を私の指先に付けた。
「今まで本当に悪かった。これからはお前を大切にすると誓う」
「フェリックス様と共に、私も努力いたします。ここから……私達の関係を築いていきましょう」
ここまで十年かかった。長かったが、これから先の何倍もの時間を考えたら、ここで気づけて良かったと思おう。
「マ、マーガレット。その……抱きしめても?」
フェリックス様が立ち上がりながら、小さな声で尋ねる。私はそれに頷いて答えた。
フェリックス様は自分の両手をトラウザーでゴシゴシと拭いてから、そっと壊れ物を扱う様に私を抱きしめた。そのたどたどしさに、私は笑みが溢れる。
こんな恋愛小説があったら、私はきっと『もっとしっかりしなさいよ!』と二人にイライラさせられていただろう。しかし、現実はこんなものだ。気持ちは声に出さねば伝わらない。これからは何かあった時に、話し合って解決出来る二人になりたい。
「まずは……殿下の帰国に伴う諸々が最優先だが、その前に卒業式だな。卒業式の式典にはエスコートしたかったのだが……」
ステファニー様も卒業だ。ならば、きっとフェリックス様は……。私は続きの言葉を想像して苦笑する。理由はよく分からないけれど、フェリックス様にはステファニー様を優先させなければならない『約束』がある様だ。しかし……
「実は殿下を国境沿いまで出迎えに行かねばならなくなった。ほら……殿下の帰国が急遽早まったと言っていただろ?」
そう言えば、そんな事をフェリックス様の同僚が言っていた事を思い出す。
「そう言えば……」
「それが卒業式と重なりそうなんだ。申し訳ない」
「いえ。父がエスコートするって張り切っていましたから、断る事にならなくて良かったです。父が落ち込んでしまいます」
クスクス笑う私の顔を眺める様に、フェリックス様は少しだけ身体を離す。
「………お前の笑顔を見るとニヤけるんだが……そんな俺でも嫌いにならないか?」
と確かめる様に恐る恐るそう尋ねた。
「どう?ゆっくり話せた?」
図書館に顔を出した私に、デービス様はにこやかに尋ねた。
「はい。デービス様の言う通り私達には圧倒的に会話が足りなかった様です。十年もあったのに……」
「時間は作るものだ。意識しないと漠然と流れる」
「確かにその通りですね。最初から諦めていたので、どうにかしなくちゃいけない……とも思っていませんでした」
「まぁ『雨降って地固まる』だ。ところで、教師になるっていう夢はどうするんだい?」
デービス様の表情は少し残念そうに見えた。
私の夢を後押ししてくれた人がいた。手助けしてくれた人がいた。諦めてしまうのはその人達を裏切る様で心苦しい。だけど……。
「デービス様が昨日仰った様に、両立出来る程、自分が器用だとは思えなくて……」
私の頭の中に、デービス様の声が木霊している。『メグにそんな器用な事が出来るかな?』そう言われて私も自分の事ながら同感だった。
するとデービス様はあっけらかんと言った。
「あー!あれ?あれはわざとだよ」
「わざ……と?」
「うん。あぁ、言えばフェリックス殿が反発するかなぁ~って。だけど元々彼は君が教師になる事を反対するつもりは無かった様だし、余計な事だったね。僕は……メグなら出来るって思ってるよ」
デービス様は最後、真剣な顔でそう言った。
「デービス様……」
「メグ、僕も頑張るから君も頑張れ。フェリックス殿との事、最初から諦めた事を後悔したんだろ?なら、諦めるな。やるだけやってみようよ」
デービス様は力強く頷いて私の顔を真っ直ぐに見た。
「フェリックス様も『なりたい自分になれ』と言ってくれました。……挑戦……してみます。やる前から諦めちゃダメですね」
私が笑顔でそう言うと、デービス様は『その意気だ』と笑顔を返してくれた。
デービス様と別れて、図書館を出る。今日も何処かでハウエル侯爵家の護衛が居るはずだが、心配だと言うフェリックス様の気持ちを尊重して、気にしない事にした。
すると後から、
「マーガレット!送って帰るよ!」
とサーフィス様が追いかけて来た。
「サーフィス様?お仕事はもう終わりですか?」
私の隣に並んだサーフィス様と共に私は歩き出した。
「あぁ。今日はちょっと夜に用があってね。早上がりにさせて貰ったんだ。家に帰るんだろ?通り道だから送って行くよ」
「用事に間に合わなくなりません?」
「大丈夫、大丈夫。……ちょっとマーガレットに話もあってね」
サーフィス様は私に少しぎこちない笑顔を見せた。




