第27話
デービス様を見送り、急いで部屋へと戻る。
フェリックス様は私の部屋の前の廊下に佇んでいた。
「遅くなって申し訳ありません。部屋に入っていただいていて良かったのですが……」
「いや……女性の部屋に主も居ないのに勝手に入るのは……」
先程から、いつもの威張ったフェリックス様とは別人の様で、何だか調子が狂う。
私は改めてフェリックス様に入室を促し、二人で部屋へ入る。
部屋に置いてある小さめの応接セットに案内して、お互い向かい合って座ると、直ぐにメイドがお茶を運んで来た。
「どうぞ」
黙って俯いたままギュッと拳を握りしめて微動だにしないフェリックス様にお茶を勧める。
声をかけて、やっとフェリックス様は私を見た。
「マーガレット。何度も言うが俺は婚約を解消するつもりはない」
「それはお聞きしました。父や母はああ言っておりましたが、私としては侯爵様の決定に従うしかないと……」
「そうじゃない!そうじゃなくて……マーガレットは婚約を解消したいのか?教師になるために?」
私って教師になる為に婚約解消するんだったっけ?いや、違う。フェリックス様が心置きなくステファニー様の専属騎士になる為には、私の自立が必要だと考えたからで……あれ?でもフェリックス様は婚約解消しないと言うし……。少し頭がこんがらがってきた。
「いえ……婚約解消したい……というか、その方がフェリックス様が幸せになると思いまして」
「俺が?幸せ?お前と婚約解消して?そんな事あるわけ……」
「でも、ステファニー様の専属騎士になるには……家庭は邪魔になります。もしかするとご結婚されていて専属騎士になる方もいらっしゃるかもしれませんが……」
「それ!それだよ!何故俺がステファニーの専属騎士にならねばならんのだ?俺は近衛だぞ?主と認めるのは陛下だ。ステファニーを主になど……考えただけで……」
フェリックス様は大袈裟に見えるくらいにしかめっ面になった。
「え?でも皆様噂されていらっしゃいますし……私も直接言われた訳ではありませんが、ステファニー様の口から聞いた事が……」
「ステファニーが?何と?」
「えッと……『フェリックス様がステファニー様が王太子妃になったら、彼女の専属騎士になりたいと言っている』と……」
「俺が?ステファニーに?そんな事、言った事はないが?」
「………へ?でも……」
言ってない?でもあの話は私だけでなく、アイーダ様もステファニー様の取り巻きの方々も聞いているのは間違いない。
「まず、俺はそんな事を思った事も言った事もない」
「でも、私達が婚約した時にも言って……」
「あ、あの時は……。近衛になって王太子妃になったステファニーを守ると約束していたからだ」
「ステファニー様とそうお約束していたのですよね?なら、ステファニー様がそう思われても……」
「いや、だから。それはステファニーとの約束ではなく……クソッ!これはまだ言えないが、とにかく俺が今ステファニーの側に付いている事も、王太子妃になった後、ステファニーを守る事も近衛の仕事の一環だ。それ以上でもそれ以下でもないし、それは専属騎士になる事を意味していない。まず、この事をステファニーに言った事はない」
あまり話は分からないが『専属騎士になる訳ではない』と言う事は分かった。
「でも……フェリックス様はそれで良いのですか?侯爵様が副団長という立場で近衛を辞められないからそう仰られているのでは?」
ステファニー様を想うフェリックス様の気持ちは、それで納得出来るのだろうか?
「近衛騎士となり、王族を守る事が俺の幼い頃からの目標だ。その為にずっと努力して来たのに、何故そんな……」
「だって……フェリックス様とステファニー様は想い合っていらっしゃるのに……」
私が『可哀想だ』と言う前にフェリックス様が大きな声で言った。
「想い合う?誰と誰が?!」
「え?フェリックス様とステファニー様です」
「おい!待て!根本的に間違っている!俺はステファニーなんか好きじゃないぞ?!」
「え???だって……」
今まで何を置いてもステファニー様を優先してきたのに?
「だっても何も……俺がす、す、好きなのは……」
フェリックス様が顔を赤らめて急にモゴモゴし始めた。
まさか!……ステファニー様以外に好きな人でもいるのかしら?
「す、す、す、好きなのは……っ!気づけよ!」
フェリックス様は自分の拳で自分の膝を叩いた。
「お、落ち着いて下さい。……そんなに言いにくい方なのですか?……もしや……平民の方とか?」
身分を気にするフェリックス様ならあり得るかと思い口にすると、
「お前……鈍感過ぎるだろ……」
と呆れられてしまった。何故かしら?
ふと……今のフェリックス様の台詞で、私は少し前に図書館で借りて読んだ恋愛小説を思い出した。
すれ違う男女の想い。不器用な男性と少し鈍感な女性の恋模様を描いた小説にそんな台詞があった事を。
……ん?鈍感な女性と……不器用な男性……いや、まさか。
首を傾げるように考えていた私に、
「俺が好きなのは、お前だ!お前だよ、マーガレット!」
ヤケクソのように叫んだフェリックス様の顔は真っ赤だ。その様子はまるで怒っている様に見える。何だかこの顔にも見覚えが……。
いや、それより……。
「まさか……」
私は無意識にそう呟いていた。
「確かに……今までステファニーを優先していたが、お前も別にそれについて何も言わなかったし……」
「最初にそう宣言されていましたし、フェリックス様はその通りに行動されていましたし、期待すれば失望するので。それに、私が意見出来る立場にありませんでしたし」
私は淡々と答えた。フェリックス様は図星を突かれ言葉に詰まる。
「……ぐっ……。まぁ……言い返す言葉もないが」
そこでフェリックス様は私の背後にある本棚に目をやると、徐ろに立ち上がった。
フェリックス様は本棚に近寄ると、一冊の本を手にする。
私は振り返ってその本に目をやる、
「フェリックス様にプレゼントしていただいた本ですね」
「そうだな。これを贈った後、お前が俺に礼を言ったのを覚えているか?」
「はい。とても面白くて、その感動を伝えたくて、夢中でフェリックス様に本の内容をお話していたら、フェリックス様が真っ赤になって怒って……」
そこで私は先程の真っ赤になりながら私を好きだと言ったフェリックス様の顔と、本のお礼を言った時に真っ赤な顔をして怒った幼いフェリックス様の顔が重なる。あれって……。
「怒った訳じゃない。お前……あの時に俺が言った言葉を忘れてるだろ?」
「たった今……思い出しました。急に『魔法使いより騎士が好きだって言わせるから!』って……」
「おい。まだ忘れてる事があるだろ?」
確かに、その前に何か……フェリックス様が言っていたのを私は忘れている。私が眉間に皺を寄せて考えていると、
「お前が主人公の魔法使いの話ばかりするから、俺は途中で仲間になった騎士の方が格好良いって言ったら『騎士は野蛮だから苦手だ』って言ったんだ。だから俺は『将来騎士になるから、魔法使いより騎士が好きだって言わせる』って言ったんだ」
「……今言われて、思い出しました。私が言った騎士はその本に登場する騎士の事だったのですが、フェリックス様にそう言われて、てっきり怒らせたのだと……」
「で、その後の俺の言葉を忘れたってわけか」
あれ?まだその後の言葉があったかしら?
「その後……」
「やっぱり忘れてる。俺はこう言ったのに『だってマーガレットが大好きになったから』」って」
そんな大切な言葉……私、忘れてた?




