第25話
「すっかり日が暮れてしまったね。急ごうか」
「そうですね。流石に母に怒られるかと思っていましたが、デービス様の顔を見れば、母も許してくれると思います」
私はそう言って笑った。
「僕?どうして?」
「あの夏の夜会で母はすっかりデービス様を気に入った様です。私をこうして着飾らせたかったとあの時言っていましたし」
「僕も貴重な経験だった。あの時はありがとう。実はあの後……メグには言わなかったけど、アンダーソン公爵家の使いの者だと言う人物が現れてね。あのドレスを作った仕立て屋を教えて欲しいとしつこく尋ねられたんだ」
「え?ステファニー様の?」
「そう。だが、ローレンとの約束があったから、しらばっくれたんだ。僕の母国の仕立て屋だって言ってね。……よく考えたらそんな筈はないと勘づいただろうが、何とか誤魔化せたよ」
「あのドレス……とても素敵でしたから」
「あれは君に似合う様にローレンが考えた物だ。ローレンは気に入った人にしかその腕を発揮しない。ステファニー嬢のドレスは頭から作りたがらないよ」
「全てデービス様のお陰ですね」
デービス様は不思議な方だ。きっとご実家では不遇な境遇であっただろうに、それを微塵も感じさせない。教育の機会を奪われてもなお、自分で知識を得る為の努力を惜しまなかった。皆に平等だからこそ、平民の人達とも仲良くなれたのだろう。
「ローレンがメグを気に入ったからだよ。ローレンは少し会話しただけでその人の本質を見極める事が出来るんだ」
「本質……。私なんてただの『本の虫』ですけど」
私が苦笑すると、デービス様は、
「でも……最近のメグは凄く変わったと思うよ。前よりずっと……明るくなったし、何より前向きだ」
と微笑んだ。
「……今まで……本さえ側にあれば良いと思っていました。本の中では私は何者にでもなれる。それで満足していたんです。でも、本当の私はただ地味で大人しくて……婚約者にも疎まれて……。でもデービス様やアイーダ様のお陰で、変わる事が出来たんです」
「それは違う。メグが勇気を出したからだ」
「でもその一歩を踏み出せたのは皆のお陰です。私……やっぱり教師になりたいって思ってます。最初のきっかけは自立の為でしたけど、アマリリス様の家庭教師をさせていただいて……教える楽しさが少しずつ分かってきたので……」
「良いと思うよ。でも、一度その前にゆっくりとフェリックス殿とはなし……おっと。不味いな」
デービス様が不自然に言葉を切ったと思ったら、うちの門の方を見て呟いた。私もそれにつられて視線を門の方へと向ける。
「あら?あれは……フェリックス様?」
そこにはこちらの方に顔を向けて、何やら口をパクパクとさせるフェリックス様が日の暮れた薄闇の中でぼんやりと見えた。
……また、お魚みたい。
私達が屋敷の門に近づくより先に、フェリックス様がズンズンと肩を怒らせながら、歩いて来た。
「こんばんは、フェリッ……」
「どうしてその男と一緒に居るんだ!!」
私の挨拶とフェリックス様の怒号が交じる。
「まぁ、まぁ、まぁ」
と私とフェリックス様の間に入るデービス様は何故か少しニヤけていた。
「貴様!!気安くマーガレットに近寄るな!!」
「フェリックス様!デービス様は遅くなった私を送って下さっただけです!!」
「まぁ、まぁ、落ち着いて、落ち着いて」
三者三様、好き勝手に喋るものだから、埒が明かない。
すると、屋敷から執事が飛び出して来て
「誰ですか!?屋敷の前で揉めているのは!!」
と私達の顔を見渡し、
「お嬢様……それに、フェリックス様にデービス様まで……何を騒いでいるのですか?」
と呆れた様に言った。
「ごめんなさい」
「騒いですまなかった」
「申し訳ありません」
三人とも執事の呆れ顔に我に返ると、素直に謝罪する。
その後ろから、
「三人共どうしたんだ?」
と父が現れた。
代表して私が、
「今日は図書館からの帰りが遅くなってしまって……デービス様に送っていただいたのですが……」
と話し始めると、フェリックス様が、
「その男に送ってもらわなくともうちの護衛がっ……!」
と言いかけて口を噤んだ。
なるほど。やはり私に見張りがついていた事は言いたくないらしい。
「フム……何やら三人とも話したい事がある様だ。ちょうど良かった。私も少し話したい事があってね。ついでに皆で晩餐を共にしないか?」
と父は自分の口髭を撫でた。
結局、私達は皆で食卓を囲む事となったのだが……
「何か微妙」
「シッ!黙って食べなさい」
「……三角関係って柄じゃないのにね、姉様」
ネイサンと私の小声のやり取り以外は僅かな食器の音が響くだけだ。フェリックス様もデービス様も最初に『美味しいです」と言ったっきり黙ってる。……楽しい晩餐には程遠い。
私は『話がある』と二人を引き止めた父に『何か話して下さい』と目配せする。
すると父は徐ろにフォークを置いて、
「さて……食事も随分と終盤に近付いて来たね。皆も良く食べてくれて、家の料理長も喜ぶよ。ところで……マーガレット。私に話しておきたい事はないかい?」
と私に尋ねてきた。
私は何の事を父が言っているのか分からず、首を傾げる。
父は続けて、
「教師になりたいのなら、相談してくれたら良かったんじゃないか?」
と私に言った。
「あ…………。報告が遅れて申し訳ありません」
「怒っているわけじゃない。ただ相談されなかった事が寂しくてね。今日王宮で偶々スミス夫人に会ってね。話を聞いて驚いたよ」
そうか……スミス夫人は現王妃様のマナー講師だった方だ。偶に王妃様とお茶をすると言っていた事を思い出した。
「はい……。今、私はアマリリス様の家庭教師をさせて頂いていますが、教える楽しさというものに目覚めまして……」
『フェリックス様が心置きなく私と婚約解消して、ステファニー様の専属騎士になれる様に』とは流石に両親の前では言いにくい。
「それは……フェリックス殿に相談した?」
そう言う父の目を直視出来ずに視線を逸らす。相談ではなく、一方的に宣言しただけだ。それにフェリックス様は『婚約解消はしない!』と断言していたし。私が何と言って良いのか躊躇っていると、
「きちんと相談されました。お……僕はマーガレットが教師になりたいと言うなら、応援したいと思っています」
とフェリックス様は父を真っ直ぐに見て言った。
父はその言葉に訝しげに目を細めて、
「フェリックス殿。それは……うちの娘とは結婚しない……という事かい?」
と尋ねた。




