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第7話 帯なし達のヒソヒソ話

第三者視点です。

「なあ、やっぱりヤバイよな?」

「ああ間違いねえ。何せまったくの“未知の新技”だからな」

「人畜無害そうな顔をして……とんでもない才能の持ち主だったか」


『魔体流』の森エリア、『始まりの森』とも呼ばれる森の一角にて。


 自身の手で斬った即席の“切り株イス”に座り、帯のない道着姿の男達はヒソヒソと話していた。


 ……決してサボっているわけではない。

 今は休憩時間であり、午前の稽古の最終メニューである『森の長距離走』が終わったところだ。


 そんな彼らの視線の先。

 そこにいるのは、森の中を流れる小川で顔を洗う一人の銀髪の男だ。


 道着は着ても帯は締めていない、同じ『帯なし』のベル=ベールマン。

 約二ヶ月前に秘境の奥のマンモス道場、『魔体流』の門を叩き、入門してきた一人である。


 年齢は二十歳と特別若くもない。

 才能だって目立ったものはなく、至って普通の『帯なし』――のはずだった。


「本当、急にだよな? あんな技を使い出したのは」

「俺も以前に見たことはねえな。一人で稽古しているところもまったくだぞ」

「たしか最近、ようやく【手刀(ギロチン)】を覚えたとか、その程度のヤツだった気が……」


 完全に“謎の”存在の門弟だ。


【軟弱防御】と【風圧拳】。


『魔体流』の【秘境七十二手】、その中にありそうでなかった新技だ。

 突然、この二つの『オリジナル技』を披露して、皆の度肝を抜いたのは記憶に新しい。


「しかも師範相手にってのがスゴイよな」

「俺は最初から近くで見てたぞ。いくら現役を退いたからって……一応は『黒帯』だからな」


 ――と、ここでヒソヒソと話していた三人組の話に。

 別の馴染みの門弟二人が、興味津津な様子で入ってきた。


「お前らもそう思うか。だよな。同じ階級クラスの俺ら相手ならまだしも、師範を完封しちまうとは驚きだぞ」


 彼ら『野道場』の『帯なし』を指導するのは、マルコ=ボットー師範。

 五年前に現役を退き、完全に指導する側に回った元『黒帯』の実力者である。


 当時より力は落ちたとはいえ、『焦げ茶帯』相当。

 いまだ一つ下の階級クラスの力を有するのは門弟達も知っていた。


 その師範が繰り出す攻撃も、迎え撃つ防御も。

 全力でこそないものの、それを上回った『帯なし』のベル=ベールマン。


 特に派手で鮮烈だったのは攻撃だ。


 技の性質からダメージは与えられずとも、

 足に“魔力を溜めて踏ん張る”師範を、いとも簡単に吹き飛ばしたのだから。


 もし同じことを他の『帯なし』がやろうとしても不可能だ。

 足の裏から根が張ったような師範を、一歩たりとも動かせないだろう。


 にもかかわらず、それを“無造作な手打ち”でいとも簡単に。


 一度ではなく何度もやってのけたのだから……噂になって当然の“大事件”である。


「あれほどの力があるなら飛び級で『白帯』は確実だろ。入門試験で力を隠してたのか?」

「それをする意味はないだろ。……もし隠しておきたいなら、こんなタイミングで披露しないだろうし……」

「そういや最近、“調子が悪そうだった”と同部屋のボブとディランが言ってたな。実は入門の時から悪くて……今になって回復したから技を使えるようになったとか?」


 どこで覚えたのか? いつ覚えたのか?

 そもそもアレはどういう魔力操作をすればああなるのか?


 こちらの魔力を練った攻撃は、強制的に“散らされて”無効化。

 反対にあっちの攻撃は、どれだけ耐えようとしても触れた瞬間 “弾かれて”、突風が吹いたように吹き飛ばされる。


 一言で言うなら、理解不能。

 彼らの中で、ベルという仲間でありライバルでもある存在が日に日に大きくなっていく。


 ――また、同じ話題はすでに森エリアのあちこちで起きていた。


 今や知らぬ者などいない。

『森の道場』の千四十四名、『魔体流』の三分の一を占める、一つ上の階級クラスの『白帯』にまで広がっている。


 つい数日前まで、ただの“百二十五名の中の一人”だったというのに。


 いつもなら自分の技のことばかり話す門弟達の中心は、確実にベルになっていた。


「というかアイツ、基本の【手刀(ギロチン)】も【岩己(ロック)】も使えないみたいだけど……。一応、技は二つあるからどうなるんだ?」

「さあな。でもすぐに『白帯』に上がれるだろ」

「どう考えたって一人だけ“難しいこと”をやってるわけだしな」

「同感だ。アレは本来の昇格条件を飛び越えたところにいるぞ」

「……ここは力こそ全て。アイツが上がれない可能性はゼロだと思うな」


 最底辺でもがく『帯なし』からはじまり、頂点に立つ『拳聖』まで。

『魔体流』に在籍する全“三千百二十一名”の門弟の中で。


 誰にも真似できない“唯一無二の技”。


 それを使えるのは、技の威力や完成度の差こそあれど、拳聖とベルの二人のみ。


「あと技もそうなんだけどさ……。アイツ、あんなに獣人好きだったっけ?」


 真剣な空気から一転、呆れるような声で一人が言う。


 なぜなら、彼らの視線の先にいるベルはというと。

 川で顔を洗い終ったと思ったら、近くにいた熊人族のルディをモフり始めたからだ。


 しかも全力で。『森の長距離走』で力を温存していたのかと思うほどに。


 同部屋のボブとディラン兄弟が止めようとしても、効果なし。

 逆に人間を軽々と吹き飛ばす、あの【風圧拳】を受けて川にダイブさせられる始末である。


「……実は俺も気になることがあってな。アイツがよく言う“リアルガチ”って何だ?」

「……たしかに口癖みたいに言っているな。たまに“カオス”ってワードも聞くぞ」

「……それはまだ分かるだろ。僕はさっき“無理ゲー”とかいう謎のワードを耳にしたぞ」

「……まあ未知の技の使い手だからな。色々と変わってなきゃ納得できんだろ」

「……そうそう。あれこれ考えるだけ無駄だな」


 技だけでなく言動も謎。

 良くも悪くも他の門弟とは違う特別な男。


 ――だから彼らは知らない。ベル本人さえ知る由もない。


『魔体流』二百年の長い歴史の中であっても、本来は存在しない二つの技は、

 ブラックな会社や上司への“反発心”と、耐え切れない数々のストレスを“発散”したいと願う心。


 劣悪な労働環境より生まれ、異なる世界に飛び超えたことで覚醒した“奇跡”であると。


 だが、これは神のみぞ知る真実。

 本人も異世界の住人も、誰一人それを知ることはないだろう。


 とにもかくにも、そんなベル――を器にした異世界から来た人間の存在によって。


 もう一つ確実に言えるのは、彼らの稽古に対するモチベーションがさらに上がったということだった。

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