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第5話 初日終了

「つ、疲れた……」


 一日の稽古が終了した。

 デスクワークから一転、肉体労働(?)をした俺は、部屋に戻るや否や自分の布団に倒れ込む。


「おい、汚いぞベル。汗を流してからにしろよ」

「まったく軟弱者め。今日の稽古は比較的楽だったろうに」


 心も体もヘトヘトな俺に、同部屋のボブとディランが苦言を呈する。


 ……まったく、これだから体育会系は困る。

 型の稽古から始まり、実戦形式の稽古に、さらに『肉体強化』として森の長距離走と筋トレだぞ?


 唯一、『魔力循環』というあぐらをかいた状態での精神統一。

 この時間については楽だったが……トータルで考えたらどう見たってキツイだろうに!


「お前らリアルガチでバケモノかい。アレが楽とかどうなってんだよ……」


 腕や足のマッサージをしながら、俺は苦笑してしまう。


 体は別人で、皆と同じく鍛えられているから大丈夫かと思ったら、

 使い方が悪かったのか? 特にふくらはぎ辺りがかなり張ってしまっているぞ。


 ――あ、ちなみにコイツらに引き続きタメ口なのは、兄のボブと同世代だからだ。


 ベル=ベールマン。二十歳。

 この秘境の奥にあるマンモス道場、『魔体流』に入ったのは、つい二ヶ月前らしい。


 朝食と昼食を食堂(寮の目と鼻の先にある巨大な天幕)でとった時、そこら辺は教えてもらっていた。


 ただ、逆に言えばそれだけ。

 どうやらベルという人物は自分のことをあまり語っておらず、素性はだいぶ不明である。


「いや、それを言うならベル、お前の方がバケモノだろ」

「同感だ兄貴。あんな未知の技を、しかも師範相手に使うなんて……。つうか何で今まで隠してたんだよ!」

「……ふっふっふ、敵を欺くにはまず味方から、というじゃないかね!」

「「はあ? 意味分かんねえよ!」」


 イケメン兄弟の問いには適当にふざけた感じで答えておく。


 ……実はあの後、結構大変だったのだ。

 俺の『技』について門弟達の興味が集中し、稽古がまさかの一時中断。


 何せ本来なら制止するはずの師範も一緒だからな。

 しばらくは人生で経験したことがない質問攻めの嵐だったぞ。


 とりあえず記憶喪失(設定)もフル活用して、のらりくらりと。

 不審がられないように答えて、何とか皆に納得してもらうのは……長時間の残業並に大変だった。


「(“ただ純粋に強さを求める”か。たった一日だけど、そこの貪欲さは伝わってきたぞ)」


 俺がいたブラック企業とはまるで違う。


 嫌々でやっているヤツ、死んだような顔のヤツなんかいない。

 誰もが強くなろうと、上に行こうと、“良い意味で”必死に頑張っているのだ。


 部活動での青春――。

 彼らは人生をかけているから少し違うだろうが、俺としてはそう感じていた。


「うん? 何をブツブツ言ってんだよベル。とにかくメシの前に風呂いくぞ風呂!」

「お、おう。そうだな。俺達汗臭いままだったか」


 ボブに言われて、ヘトヘトな体を布団の上から起こす。


 続いて、部屋に一つだけある木製タンスから。

 一番下の俺専用の段より、麦色のタオルと普段着である灰色の貫頭衣を取り出した。


 そして汗臭い道着姿のまま、兄弟と一緒に部屋を出ようとして――、


「あれ? そういや洗濯ってどうするんだ?」


 ここでふと疑問が一つ。


 ほぼ毎日稽古はすると聞いているのだが……。

 同じ支給品のタオルや貫頭衣とは違い、道着(薄い麻製)は今着ている一枚しかない。


「出たな記憶喪失め。洗濯は寮長が【洗濯魔法】をかけてくれるから問題ないぞ」

「いつも風呂に入ってる時にパパッとやってくれるんだよ。もし忘れられても、一階の寮長の部屋に持っていけば大丈夫さ」

「おお、了解した。……けどまさか、初めて聞く魔法が【洗濯魔法】とは……」


【火魔法】でも【水魔法】でもなく、【洗濯魔法】。


 聞けば【生活魔法】の一種で、最も身近で多く使われている魔法らしい。


 ……まあ、場所を考えれば変ではないか。

 ここは魔法学校でも冒険者ギルドでもなく、“拳で語る道場”だからな。


 とにかく、今日は慣れないことを頑張ったのだ。さっさと一っ風呂浴びるとしよう。


 俺は道着を肩にかけた半裸の兄弟に続き、汗を流すべく部屋を出ていく。



 ◇



「――で、でけぇええ!?」


 風呂に着いた。

 食堂と同じく寮の外にあるというので、背の高い木々が茂った森の中を進んだところ、


 木の板で簡単に仕切られただけの、もうもうと湯気が立ち上る場所を発見。

 そして下駄箱がある入口から草履を脱いで中に入り、脱衣所で素っ裸になってすぐ、今の発言だ。


 あったのは大自然的な“岩風呂”。


 テレビの温泉特集ならまず紹介されそうな、デカイ露天の大浴場がドドン! と存在していた。


「まあこれくらい広くないとな。『帯なし』(百二十五名)と『白帯』(千四十四名)が共同で使うからな」

「むしろ全員が一度に入れないから狭いって言うヤツもいるぞ。女湯の方は人数が少ないからたしかに狭いけど」

「ま、マジか……。恐ろしや異世界、恐ろしや『魔体流』……」


 イケメン兄弟の発言に、後半は小声となって驚く俺。


 まさかここまできちんとした風呂があるとは。

 てっきり五右衛門風呂か、最悪、森に流れる川で水を浴びるだけだと思っていたぞ。


 しかも、だ。

 兄弟の言った通り、すでに多くの門弟達がその大浴場に。


 道着を脱いだバッキバキの野郎共が、体を洗ったり湯に浸かったりしているではないか。


「……何ちゅうカオスな景色だよ。汗かいてなかったら回れ右で帰ってるぞ」


 と不満を言いつつも早速、俺達も入ることに。


 さすがにシャンプーはなく、若草色の石鹸らしきもので頭と体を洗い、いざ巨大岩風呂へ。

 体育館が丸々一個入りそうな湯船に、疲れ切った足をチャポンと入れる。


「…………、」


 正直に言おう。気持ちよくはないと。


 ……いや、湯自体は広いし適温だし気持ちいいのだ。

 元の世界では忙しすぎ&ユニットバスだから、シャワーでササッと済ませていたしな。


 だからこうして足を伸ばして、湯に浸かれるのはリアルガチでありがたい。

 ありがたいのだが……どうにもコレはいかんのだ。


 理由はハッキリしている。他の門弟達の“視線”だ。


 まるで男風呂にグラビアアイドルが入ったのかと錯覚するほどに。

 湯けむりの向こう側から、皆が俺をじーっと見ているのだ。


「(注目されてるなベル。けど、あんなことがあったんだから仕方ないって)」

「(『白帯』がいる『森の道場』にまで噂が広がっちゃったしな。謎の【フニャフニャ防御】と【吹き飛ばし攻撃】(仮)を使う『帯なし』が現れた、って)」


 遅れて湯に浸かってきた兄弟が、視線に気づいて耳打ちしてくる。


 ……マジか。さすがに噂が広まるのが早くないか?

 格上の先輩ゴリゴリ数百名が一斉に凝視してくるとか、これちょっとした拷問か何かですよ。


 まだ異世界転生初日。

 こういう場合は極力目立たないのがセオリーだが……早くも崩れてしまったようだ。


「(ええいッ! こうなりゃ自分の気を逸らすだけだ! こんなモンまともに受け止めてられるか!)」


 というわけで、俺は近くにいた一人の門弟のもとへ。


 湯をかきわけてスイスイと進み、俺は俺で標的ターゲットをロックオンする。


「おーベル、今日の稽古はお疲れさんだべな」


 同じ『帯なし』で、兄弟を除けば今日最も喋った人物。

 濃紺の剛毛に二メートル半の体躯を誇り、一人だけ道着のサイズが違った――“熊の獣人”だ。


 つまり、人間の顔に耳と尻尾だけが獣、という可愛らしいタイプではない。

 二足歩行をして喋る獣、“リアルガチ”な獣人の方だ。


「まあ、俺としてはこっちの方がいいけどなッ!」

「ぬおっ!? 急に何だべ、べルぅううう!?」


 湯けむりの中、手をわきわきさせて俺は熊の獣人君に跳びかかる。


 えっ? 男に欲情したのかって? しかも獣人に?

 んなわけあるか。異世界にきて別人になっても俺はノーマルだ。


「ずばりモフモフー! ちょっと硬めだけど、俺の中のモフり衝動は止められん!」

「や、やめるべぇえ! 何かくすぐったいべよぉおおお!」


 努力のあとにはご褒美を。


 こっちの世界には愛飲するストロング缶などないからな。

 風呂上がりのコーヒー牛乳もないし、自分へのご褒美はこのモフモフをモフって堪能することだ!


「な、何やってんだベル!? つうかモフり衝動って何だ! おいちょっと……皆も見てないで止めろッ!」

「けど気をつけろ! 油断したら師範みたいに吹っ飛ばされるかもしれないぞ!」

「は、早くぅ! オラのお腹がねじれてしまうべよぉおお……!」


 そんな兄弟と獣人君の叫びが、森の中の男風呂に響き渡った。

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