第4話 オリジナル技
「お前……今、何をした?」
技を使えない俺に怒り、師範がキツイお灸を据えようとした結果。
遥か格下の俺がなす術なく斬られる、と思いきや、
まさかもまさか、“無傷でかつ師範を吹き飛ばす”という謎の展開になってしまった。
……いやいや、何をしたって言われても……。
俺にだって分かるわけがない。むしろ勝手にアンタが真後ろに吹っ飛んだんじゃないのか?
「し、師範が……」
「ふ、吹っ飛んだ……?」
俺と同じく、近くにいるボブとディラン兄弟もポカンとしている。
さらに、振り向いて周囲を見てみれば。
稽古中だと言うのに、他の門弟達が全員、こっちを見て動きを止めていた。
……うむ、これは断言できるぞ。リアルガチで変な空気になっていると。
吹いている風は穏やかでも、今の『野道場』の空気に効果音をつけるのなら、“ざわざわ……!”以外に適当なものはないだろう。
「答えろ。……今、お前は何をした?」
「え? あ、いや……。何をしたと言われてもですね……」
立ち上がり、師範がまた滑らかな擦り足で近づいてくる。
その恐怖と不安、加えて他の門弟達に注目されてしまった緊張によって。
新しい俺の体はもうガチガチ、一歩もその場から動けなくなってしまう。
「答えられんか。……まあいい。もう一度試せばいいだけの話ッ!」
「うっ!?」
こっちが固まっていたら、さっきとは比べものにならない鋭さで踏み込んできた師範。
素人ではとても反応できない速度だ。
まさに目にも止まらぬ速さとはこのことで、振り上げた右の【手刀】でまた胸を狙ってきた。
――だが、
「!? またか……!」
聞こえたのは刃が胸を斬り裂く音、ではなくて。
“ただの手刀”が俺の胸(道着)をなぞって擦れる音と、師範の口から漏れた声。
「っ?」
俺は何をしたわけでもない。
斬られる恐怖に固まり、襲いくる痛みに怯え、素人全開で突っ立っていただけだ。
なのに、視線を落として見てみても胸に斬り傷はない。血の一滴も出ていない。
帯すら締めていない棒立ちの素人は、立ち位置すら動いていなかった。
……だから何と言うか、非常に言いにくいのだが……。
この初対面な師範さんが、リアルガチでふざけているだけではないのか?
そうのん気に思っていたら(無傷だから仕方ない)、次にきたのは左の【手刀】。
今度は斜めではなく水平に振られた一撃だ。
一切の予備動作がなく、速すぎて肘から先がブレて、またも反応できずに完璧に喰らうも――やはり結果は“無傷”と同じ。
「ぐッ!?」
そして師範が吹っ飛ぶ。
反射的にまた右手を突き出し、遅れて師範の胸に当たった瞬間。
まるで突風にでも吹かれたように、師範の体が宙に浮いて五メートルほど飛んでいく。
「師範の攻撃で無傷だと!?」
「つうか逆に師範を吹き飛ばすとか……!?」
「あれ? 俺は夢でも見ているのか?」
今度はきっちりと最初から最後まで見ていたからか。
百名以上の門弟達から、どよめく声が次々と上がった。
「お、おのれ!」
尻餅をついていた師範が険しい顔で立ち上がってくる。
いやもういいって。勘弁してくださいよ!
心の中で“くるな!”と強く念じても――やはり師範としてのメンツはあるのだろう。
距離を詰め、【手刀】を振るい、無傷な俺がビビって腕を突き出して吹き飛ばす。
――という一連の流れを繰り返すこと、さらに二回。
元の世界の小太りクソ上司よりはマシだが、この師範さんもちょっとしつこい……と思い始めた頃。
「くっくっく……ハーッハッハッハ!」
「!?」
突然、地面にあぐらをかいて座ったまま笑いだす師範。
ついさっきまでの怒りはどこへやら、腹を抱えて大声で笑いながら立ち上がると、
「やるではないか。お前、名前は?」
接近して六度目の攻撃と思いきや、下から手を出してがっちりと“握手”。
さらに背中をバシバシと叩かれ、なぜか名前まで聞かれてしまう。
そこでまたザワつく周囲の門弟達。
中には驚きすぎたのか、アゴが外れた熊の獣人すらもいる。
「あ、俺は鈴木一男――じゃなくてベルです。えっと、ファミリーネームの方は記憶喪失で分かりませんです。ハイ」
「フッ、また記憶喪失か。……だがまあ、今回は今の“素晴らしい攻防”に免じて勘弁してやろう」
師範は目尻にさらなるシワを作り、ニカッと白い歯を見せて笑う。
そして、俺の手を力強く握った、使い込まれたゴツイ手を離してから。
「ベルよ、ワシが気になるのはただ一つ。お前のその『技』に興味がある」
どこか少年のようなキラキラした目で、六十代の外国人顔な師範はそう言った。
◇
「え、『技』ですか……?」
「おいおい、そこもとぼけるつもりか? たしかにワシは五年ほど前から指導する側に回ったが……。見ての通り、一応は『黒帯』だ」
「は、はい」
「そんなワシを最底辺の『帯なし』が軽々と吹き飛ばしたんだぞ? しかも本気でないとはいえ、こっちの攻撃は全く効いとらん。これをお前の『技』と言わんで何とする」
予想外なワードに戸惑う俺に、師範は前のめりな様子で言う。
……マズイ、こっちはこっちで大変マズイぞ。
自分のこと(ベルという人物)をまだ把握していないのに、明らかに興味を持たれてしまったらしい。
どこで覚えた? どういう稽古を積んで習得した?
異世界道場で怒りの鉄拳制裁の次に俺を待っていたのは、師範からの質問攻めだった。
「と言われましても……。すいません、リアルガチでちょっと分からないんですよ」
「リアルガ……? まさかそれも記憶喪失か」
「そ、そういう感じだと思われます……」
おそらく俺は仕事で凡ミスをした時以上に。
非常に申し訳ない気持ちで、興味津津な師範の問いに答えた。
実際、何のこっちゃ分からんしな。
師範の繰り出す攻撃が“普通の打撃”で、やたら簡単に、それこそ人形みたいに吹き飛んだ以外に俺が知る情報などない。
「なるほど。……そういうことですか」
と、そんな中。
百人超の門弟がいる『野道場』の中で、丸眼鏡をかけたインテリ君っぽい一人が。
丸眼鏡をクイっとさせて、俺の顔を凝視しながら近づいてきて言う。
「“体を硬化しない防御技”と、打撃とも斬撃とも違う“吹き飛ばし技”――。一体どういう魔力操作でやっているのかは分かりませんが……それが君の『オリジナル技』というわけですね」
一人うなずき、頭のてっぺんから足の先まで俺を観察する眼鏡君。
その彼に続いて周囲の脳筋……ではなく『帯なし』門弟達も、俺を囲むように近づいてくる。
「えーと、あのー……」
師範と眼鏡君を中心に、完全に興味を持たれてしまったようだ。
……まあでも、よくよく考えれば仕方ないか。
二つの基本技をまず覚えるべき初心者講習(?)で、未知の技を披露。
しかも遥か格上の師範に対して使い、きっちり“結果”まで出したヤツが現れた。
そりゃ彼らからしたら異常事態だぞ。
仲間がお灸を据えられると思ったら、まさかの反撃成功(?)の形になったのだから。
特に、地味な防御よりも“派手な攻撃”。
ダメージは全然なさそうだが、あんなに勢いよく人間が飛ぶのはちょっとした衝撃映像である。
「…………、」
たしかに、指摘されて思い出してみれば、
攻撃を受けた時も右手で押した時も、魔力が“変な感じに動いた”気もするし……。
――ええい、とにかくだ。もう後は流れに任せるとするか。
「あはははー。み、みたいだなー」
とりあえず今の変則カオスな空気には耐えられないので。
俺はただヘラヘラと笑いつつ、眼鏡君の言葉に首を縦に振っておいた。




