第39話 帰還
「――と、いうわけです。ウソみたいな話ですけど、リアルガチですヘイゼル師範」
「なるほど、まさか元凶は不死族だったとはのう。……じゃがそれ以上に、何という無茶をしおったんじゃお前達は……」
『谷底に叩き落とす大作戦』を成功させた俺達は、二日半ほどかけて森エリアに戻った。
そこからさらに登山を開始。
キツイ斜面の『剣山』に敷かれた、『灰帯への道』を進んで山エリアへ。
そうして到着してすぐ、顔を出してから風呂場に直行。
汗でベタベタの体を流して、食堂で昼過ぎながらも料理番達に食事を用意してもらい――久しぶりに腹一杯食べた後。
俺達カミラ班は『山の道場』にて、ヘイゼル師範に報告を行った。
数百名の『灰帯』門弟達が、稽古を止めてじっと見守る中、
ここ数日で経験した異変の真相を一から全て話した。
「ともあれ、全員無事でよかったわい。……してベルよ、その左目は大丈夫か?」
「あ、いやコレは……ダメっぽいですね。やっぱり不死族相手に無傷とはいきませんでした。稽古不足の力不足です」
「ふむ。まあ相手が相手じゃから仕方あるまい。むしろお前じゃからその傷で済んだのかもしれんのう。とにかく今日は皆しっかりと休め。……今回の森の調査と解決、本当にご苦労じゃった!」
「「「「はい!」」」」
いつもは厳しいヘイゼル師範の労いを受けて、俺達五人は道場を出る。
その際、ぞろぞろと集まって話しかけてきた門弟達はというと、
直後の師範の喝によって、後ろ髪を引かれながらも稽古に戻っていく。
……まあ、気持ちは分かるけどな。俺達全員、疲れているのだ。
今日の夕食の時にでも、カミラさん辺りが皆に何があったか説明してくれるだろう。
「にしても、リアルガチで大変だったな。しばらく魔物は勘弁だぞ」
「うん、だねベル君。今回の件で自分に足りないものも分かったし、基本の稽古を中心に精進しないと」
「とはいえ、今日のところは師範の言う通り休ませてもらおうぜ。……ウチの部屋で一緒に寝るかベル?」
「ぶッ!? な、何を言ってるんですかカミラさん! 森の中じゃあるまいしもう寝ないですよ!」
「アハハッ! 冗談だ冗談。あんな恐ろしい『闇属性』を持ってるくせに……顔を赤くして可愛いヤツめ!」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
そんな悪戯なカミラさん(風呂上がりでいい匂いが……)に肩を組まれながら。
『練武の庭』を突っ切って、ホーム感のある道場の門をくぐる俺達。
――あ、そうそう。
言い忘れたが、今の俺の格好は“ピカピカの新品”の道着姿だ。
『魔体流』の激しさゆえ、草履と同じく道着も一応“消耗品”。
今回の俺みたいに、あまりにズタズタになったら交換らしい。
基本的には各エリアに数着ほどストックがあって、それを渡されて着用していた。
「おーうベル! やっと報告は終わったか。んじゃ、そろそろ行くぞー」
と、木造の門をくぐって外に出たと同時。
皆が寮に向かって歩き始める前に、ピケとスメイアさんの姿が。
この二人については道場での報告にはついてきていない。
もし道場の中に入ろうものなら……騒ぎになるのは確定だしな。
本来なら会うはずもない、遥か格上の黒帯筆頭。
“強さこそ全て”の『魔体流』で、そんな尊敬の対象&憧れを前にしたら……驚きと興奮で稽古どころではなくなるぞ。
「……はい、お待たせしました。では行きましょうか」
俺はうなずき、その二人の方に合流する。
もう明るささえ感じない、暗闇に染まった左目。
この傷を治すために、俺はこのまま二人についていく予定となっていた。
本音を言えば、皆と同じく寮で即行、布団に入って休みたいが……。
「せっかくだし高原エリアで夕飯を食って泊まろーか」と、ピケの意見ですぐの出発となっている。
「治療のためとはいえ、何か違和感があるけど……。まあ、この機会に上のエリアを先に見てくるか」
「うん、行ってらっしゃい。帰ってきたらどんな感じだったか教えてね!」
「じゃあまたなベル。その間に俺達はもっと強くなってるぞい!」
「兄じゃの言う通り。『闇属性』にあぐらをかいてたら抜かれるんだぞい!」
「あ、そうだベル。どうせだし向こうでまた派手に『道場破り』を決めちまってもいいんだぜ? アッハッハ!」
そんな皆の声(一人だけ物騒だな)を受けて。
俺は命を預け合った仲間の顔を、一人一人改めてしっかりと見る。
……何だかんだ、ここに嫌いなヤツなどいない。
力をつけて俺も少し脳筋になったからか? また皆と一緒に稽古や飯を食べたいとリアルガチで思えるぞ。
「――んじゃ、ちょっくら行ってくる」
心を許した仲間に見送られて、次に待つのは森ではなく山越え。
ここ『剣山』を越えて、暗くなる前に『茶帯』&『焦げ茶帯』の高原エリアに着きたいところだ。
――こうして、俺は失明した左目の治療のために、まず一つ上の高原エリアへと出発。
傷の程度が程度なので、高位の【回復魔法】でも治るかどうかは分からないが……まあダメ元でいこう。
最終的に目指すは“町エリア”。
一流の『黒帯』門弟達の『本道場』がある、『魔体流』で第四のステージだ。
秘境の奥なのに町があるの!? という、至極当然の疑問はあるが……。
とにもかくにも、そこでしばらくお世話になる予定である。
「さてさて、次はどんな怪物が出てくるのやら」
不安半分楽しみ半分。……いや、やはり楽しみの方が大きいか。
疲労は抜けきっていないのに早まる足。
魔力回路が焼けてまだ少し痛む左腕さえも、しっかりと腕を振って山の斜面を登らせてくれる。
そんな思いのほか元気な俺は、ピケとスメイアさんとともに、さらなる秘境の奥を目指していく。




