第38話 作戦終了
不気味で毒々しい花火が澄んだ明け方の空に描かれる。
森の遥か向こうから顔を出した朝日を浴びて、醜悪かつ縮んだその姿は深い谷底へと落ちていった。
「……ハァー」
繰り返したダッシュの疲れのせいか安堵のため息か、俺の口から曖昧な吐息が漏れる。
……終わった。ついに終わったぞ。
最後の相手の奥の手、予想外な自爆攻撃(?)にはヒヤリとさせられたが……。
異世界に来てからは初めてとなる徹夜作業の末に、何とか無事にノルマ達成できたのだ。
にしても、リアルガチのリアルガチで疲れたぞ。
ぐったりという言葉は……まさに今の俺のためにあるようなものだろう。
――と、その時だ。
両膝に手をついた俺の右肩に、ポンと労うような誰かの手が。
振り返るとそこにはピケがいて、穏やかな笑顔を浮かべている。
「よっくやった。最後のアレはすっげー焦ったけど皆、無事だ。……いやー正直、途中までは半信半疑だったが――やるじゃねーの」
「ありがとうございます。……でもぶっちゃけ、自分自身でも驚いてますよ」
小さくとも頼れる先輩の言葉に、俺は少し照れくささを覚えつつ礼を言う。
お互いの道着(ピケは羽織も)はもうズタボロだ。
それを見ると、改めて今回の作戦の大変さ、不死族という魔物の枠から外れた存在のカオスさが分かるぞ。
「もうこれで……大丈夫ですよね? 爆発はしましたけど、縮んだだけで消えてはませんでしたし……。這い上がってくるとか勘弁ですよ」
「ま、そこは大丈夫だろうぜ。あの様を見るに、しばらくは縮んだままだ。もし元のサイズに戻っても、それはそれであの巨体だ。翼があろうと『大地の傷』からは脱出できねえさ」
遥か三百メートル下まで落としてなお、少しあった俺の心配に。
今度はカミラさんが俺の肩に手を置き、大丈夫だと告げてきた。
……ピケもそうだが、今回はカミラさんにも世話になったな。あともちろん、イサクと大福兄弟も。
強化された破裂攻撃を喰らいまくった俺やピケと比べれば、道着はキレイな状態であるものの、
ジャイアントナーガやキラーベアなど、遭遇した邪魔者を何度も討伐してくれたからな。
「ありがとうございます。皆のおかげで何とか成功できましたよ」
「いや、俺っち達はそんな大したことはしてねーよ。なあ、カミラ?」
「ええ、今回の殊勲は間違いなくベルです。まさか片目を潰されてもやり遂げるとは……」
「ははは、どうもです。これで潰したかいがあった感じですね」
「おうよ。だから誰よりも頑張った褒美を――お姉様からくれてやるぜ」
「へ? 褒美って何です――ふぎゃあッ!?」
カミラさんから褒美なるワードが出た、わずか三秒後。
チュッ、と。
急にカミラさんのエキゾチック美人顔が近づいたと思ったら、左頬に柔らかい感触が。
――ち、ちち“チッス”とな!? 今のは完全に“チッス”だよな!?
ブラックリーマン時代には忘れていた、学生時代以来の素晴らしい感触が――俺の見えない左目の死角から襲ってきたのだ!
「アハハッ! 喜んでやがるな。まあこれくらいは安いもん……ってオイ、大丈夫かベル!?」
「べ、ベル君どうしたの!?」
直後。そのカミラさんとイサクから心配の声が。
理由は単純明快。突然のキスをされた俺が……変な感じで地面に倒れたからだ。
「……こ、ここ腰抜けた……」
多分、疲労が溜まった体が奇襲(?)を受けて驚いたせいだろう。
変なタイミングで変な力が入った瞬間、フッと力が入らなくなってしまっていた。
「うははっ! 情けねーなベル。とても前代未聞の大作戦をやり遂げたヤツにゃ見えねーぞ!」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
「まーでも、よっくやったことに変わりねーからな。スーちゃん、最大の功労者を頼む」
「はい。かしこまりましたピケ様」
地面に尻をついたままの俺の隣に、指示を受けたスメイアさんが座る。
そして、何度もお世話になった【回復魔法】を発動。
淡くて優しい温かな光を宿す両手をかざし、魔力回路が焼けて痛みが酷い左腕を治療してくれる。
……とはいえ、さすがに無茶をしすぎて完全には治らない。
失明した左目よりは全然マシらしいが、時間をかけてゆっくり治す必要があるとのことだった。
「――とにかく、これで一件落着ってーわけだな。あとは自然消滅までの百年間、時の流れに仕事をしてもらやいーさ」
「……ですね。改めて見ると、このグランドキャニ……じゃなくて『大地の傷』の過酷な大自然なら、たしかに大丈夫そうです」
目の前に広がる赤土の“一本谷底”を見る皆の顔は、全員が晴れやかなものだった。
周囲の空気も軽くて柔らかいものに変わっている。
『始まりの森』に訪れていた異変は、これで終息することになるだろう。
「さて、じゃあ帰ろうぜ。ウチもさすがに風呂で汗を流して、布団の上で寝たいしな」
そんなカミラさんの心からの一言があり、完全同意な俺達はやっと帰路につく。
ちなみに、なかなか抜けた腰が治らない俺は……仕方ないのでおんぶされることに。
何とも情けないが……そこは転んでもただでは起きない俺。
体格的に大福兄弟のトロイかテッドになりそうだったところ、イサクを強行指名。
おんぶされながら頬ずり&手でさわさわと、これ幸いとモフモフを堪能させてもらう。
――こうして、俺達は『大地の傷』に吹く風を浴びながら、まず森エリアに帰るべく来た道を戻っていく。
予想外な真相と強敵が待っていた、魔の領域での“外稽古”はキツかったが……。
前の人生も含めて、最も達成感のある大仕事となったのだった。




