第34話 ハードワーク
「いい調子だ! そのエグイ属性はスゲー気になっけど……いけっぞベル!」
「はい! このままお任せを!」
不死族スライムの巨体を飛ばし、俺達は勢いづいた。
触れる瞬間の気持ち悪さは我慢しつつ、俺はまた『闇属性』つき【風圧拳】を叩き込む。
ブオォオオン――!
強烈な風を携えて、黒ずんだ紫のブツブツ巾着な“災厄”が――小雨の空を勢いよく飛ぶ。
正確に計測するヒマなどないが、確実に百メートル近い飛距離が出ている。
「ベルさん! 『魔仁丸』はどうしますか!?」
「まだ大丈夫です! あと二十発はいけるかと!」
付き人のスメイアさんの横を通り過ぎ、俺とピケは飛んでいった不死族スライムを追う。
その先にはすでにカミラ班四人の姿が。
飛ばした先で待機してもらい、少しの間だけ敵の注意を引き、俺達が追いついたらまた先に行ってもらう形だ。
「うははっ! そんなんじゃ当たらねーっての!」
ヘイトを集めて誘導するピケに、怒れる(?)不死族スライムが触手を伸ばす。
説明が遅れたが、この触手攻撃はただの打撃とは違う。
“強酸性”の危険極まりない打撃。
漂う悪臭的に毒か何かだと思ったら、ジュワァア! と。
被弾した倒木や草があっという間に“溶解”。
完全に原形を失ったことから、硫酸のような液体を伴っているようだ。
そのカオスな攻撃を【心眼】――目を閉じた状態のピケがヒラリと躱す。
最も危険な囮&誘導役を、限界ギリギリの距離まで近づいて実行してくれている。
「リアルガチで助かる! やりやすいったらありゃしないぞ!」
だから後ろから打つ俺は余裕アリ。
何度も何度も追いついては飛ばし、追いついては飛ばしの単純作業だ。
「――っとお!? 危ねッ!」
……ただ、油断はできないけども。
たまに思い出したかのように、スライムな触手がグニュン! と二、三発。
こっちに向かって伸びてくるため、慌てて地面を転がるように回避する。
その反撃に込められた、魔力の量や質を感じ取れば分かってしまう。
さすがは災厄、魔物の枠から外れた存在か。
危険で厄介な強酸性の部分を除いても……単純な威力は前のワイバーン(デカイ方)の滑空攻撃くらいありそうだ。
――カミラさんに手当てしてもらった、脇腹の傷は大丈夫。
途中で傷に気づいたスメイアさんに、まさかの【回復魔法】もかけてもらったしな。
とにかく、もう新たな傷を作らないように。
たまの反撃を頭に入れて、その挙動の一つ一つに集中していこう。
まだまだ目標の『大地の傷』までは二十キロ以上あるからな。
焦らずじっくりと、頼れる仲間とともに確実に距離を稼ぐとしよう。
◇
魔物達が跋扈する広大な森に、木々がなぎ倒されてできた一本の道。
その道に沿ってスライムな体が飛ぶという、極めてカオスな光景が連続する。
「ベルさん!」
「ありがとうございます、スメイアさん!」
作戦の最中、不死族スライムを飛ばした隙に『魔仁丸』を受け取る俺。
スメイアさんの容姿が女騎士風(つまり美人)なので、まるで女子マネージャーからポ○リをもらうエース気分で……俺は一気にそれを飲み干す。
正直、ここまで飛ばしてきて手応えはある。
魔力消費はだいぶ早まるものの、『闇属性』がなければ確実に無理ゲーだった作戦が、下手なミスをしなければ遂行できる空気になっているぞ。
「よし、もう一発――」
「ちっと待てベル! 何かくっぞ!?」
「え?」
と、また両手打ちの『闇属性』つき【風圧拳】を打ち込もうとした時。
不死族スライムを挟んだ反対側のピケから、警戒の声が飛んできた。
――直後、“それ”は起きた。
すぐ目の前にある、変わらず気持ち悪いスライムな体が。
正確には無数にあるブツブツが膨らみ――その全てが爆ぜた。
「「!?」」
そして、弾け飛ぶのは“強酸性の雨”。
タチの悪い凶悪な魔力も含まれたつぶてが、四方八方へと飛び散っていき――。
ジュワァアッ! と、耳に残る溶解音を辺り一帯に響き渡らせた。
「ッぐぅ! リアルガチで何だよオイ……!」
当然、至近距離でそんなものを避けられるはずがない。
俺はとっさに後ろを向いて、やむなく背中で受けることに。
結果、薄い麻製の道着はいとも簡単に溶かされて、
【軟弱防御】が発動した体も、威力のせいか技の性質のせいか、結構な痛みが背中に走った。
「おーおう、間一髪だ! 大丈夫かベル!?」
「は、はい何とか! 普通に火傷を負いましたけど……って今の避けたんですか!?」
まともに反撃をもらい、痛みと回避したピケへの驚きで顔を歪めつつも。
俺は右脚を軸にくるっと回り、破裂し終えた不死族スライムに向かい合う。
……やってくれたな、こんにゃろうめ。やはりそう簡単にはいかないか。
変形しての触手攻撃以外にも敵を仕留める方法あったようで、これでかなりやりづらくなったのは間違いない。
「――けど、ビビって腰が引けてる場合じゃないぞ!」
段々と雨足が強くなってきた中、怒りの叫びとともに。
俺は黒く染め上げた、両手打ちの【風圧拳】を不死族スライムへと返す。
今の“破裂攻撃”に対する仕返しとして、思いきり空へと打ち上げる。
少し力んで角度をつけすぎたが……まあ誤差の範囲内だろう。
「んで、休む間もなくダッシュだダッシュ!」
そうして、ひたすら同じことを繰り返す。
触手攻撃を避けながら、飛ばして飛ばして――また表面のブツブツが破裂。
「んぐぉ……!」
ただ今回は膨らんだ瞬間に回避行動へ。
破裂までは二秒とない。
だから異変が見えた時、即座に近くの木に全力ダッシュで隠れた。
ジュワァア! と強酸性の雨を木越しに聞いて、肝を冷やしたまま、また不死族スライムに接近する。
……お、おのれ。ただでさえ走りまくるハードワークだってのに……!
この緊急動作も入るから、より一段階ハードになってしまったぞ。
「どーした『異端者』! もうバテちまったか?」
「ハッ、冗談を! これで走れなくなるほど、ヤワな門弟なんか『魔体流』にはいないでしょうに!」
いまだ楽しそうなピケに発破をかけられ、俺は笑って【風圧拳】を叩き込む。
実際、まだバテてはいないしな。
そもそもとして命の危険はあれど、この程度のハードワークなど大したことではない。
元の世界での仕事(地獄)と人間関係(悪夢)に比べれば、笑顔でこなせる案件だろう。
「自分で提案した仕事は必ずやり遂げる! それがベル=ベールマンという男――ん? 何か前方が騒がしいな……?」
そう気合いを入れて、不死族スライムの着地点に向かおうとしたら。
先に百メートルほど進んでいるカミラ班。
カミラさん、イサク、トロイとテッドの大福兄弟が……何やら慌てた様子で声を上げているではないか。
何だどうした? まさか着地と同時に連続で破裂攻撃を見舞われたのか?
少し不安を覚えて、ピケに続いて俺も急いで道を進んでいくと、
「うはっ、こりゃーツイてねえ! 見ろよベル!」
「え? ……あ、本当だ!」
森の中に延々と続く、木々がなぎ倒された道にいたのは。
頼れる仲間達と吹き飛ばした不死族スライム――そしてとぐろを巻いた“大蛇”だった。
「ここでナーガか! リアルガチで厄介この上ないぞ……!」
現れたのは、正式名称“ジャイアントナーガ”。
木の幹みたいな胴周りを誇り、全長は軽く十メートル超え。
ワイバーン並の鋭さがある上顎の牙を持ち、サイズだけなら不死族スライムさえ丸飲みにできそうな、深緑色の大型の魔物だ。
ランク的には中位の魔物で、ワイバーンよりは落ちるが……。
『灰帯』にとっては一人では立ち向かえない、『大地の傷』の先のエリアでは最も危険な存在である。
つまりは亜種。ただデカくなった通常種ではない。
今回の森の異変とは関係がない、ここ『始まりの森』の“本来の王者”だ。
「チッ、間の悪いヤツだぜ! 雨が降り出して穴から出てきやがったか。――イサク、トロイ、テッド! ウチらも仕事に取りかかるぞ!」
対して、カミラさんは冷静に対応する。
イサク達に指示を出して固まって動き、道から外れて鬱蒼と茂る木々の中へとジャイアントナーガを誘い込む。
「こっちは任せてベル君! すぐに追いつくから先に行ってて!」
「おう、じゃあまた後で! 必ずだぞ!」
森を駆けていく皆の姿と、地面を這って追う大蛇を確認して、俺はコクリとうなずく。
これで全員、命懸けの戦いに身を投じることになってしまったようだ。
……まあでも、きっと大丈夫。俺以上に鍛えて経験もあるから、四人だけで討伐して戻ってくるだろう。
「――んじゃ、しばらく二人でいきますか先輩!」
「だなっ。気合い入れていこーか後輩!」
互いに闇と炎を体に纏い、再び標的である不死族スライムを視界の真ん中へ。
予想外な反撃とか邪魔者の登場とか……ちょっと色々あったけども。
不死族ドラゴンやオーガ亜種とかの絶望セット(?)と比べれば、スライムと蛇などまだ可愛いものだ。
「日が落ちる前にもっと進んどかないと。さっさと来た道戻れよお前――ワッショイ!」
激しくなった雨が森を打つ音を響かせる中、生きる災厄はまた灰色の空を飛んでいく。




