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第33話 大作戦

「作戦名は置いといて……すっげー面白いじゃねーか」


 ひらめきからの俺の提案を聞いて。

 ピケは白い歯をニカッと見せると、何とも楽しそうな顔となった。


 ……多分、いや絶対にこの提案は突拍子もないものだろう。

 それでも、ピケ以外の皆も驚いた顔はしているものの……明確な反対意見は出てこない。


 俺というより、“俺の技”を多少なりとも信頼してくれている感じか?


 あんな重そうな巨大スライムであっても、

 強力な“飛ばし技”の【風圧拳】ならあるいは――と半信半疑な顔だ。


「なるほどだぜ。けどベル、んなこと本当にできるのか?」

「うーん。多分、見た感じではいけると思いますけど……。問題は絶対に途中で“魔力切れ”になることですかね」

「おいおい。そりゃリアルガ……大問題だろ!」


 そう正直に答えると、カミラさんから強めの返しが。


 ……たしかに、魔力の問題は大きい。

 何せあの奈落、『大地の傷』からはもう三十キロ以上は離れているからな。


 相当な回数の【風圧拳】が必要となる一方で、俺の魔力量はというと、

 稽古で少しづつ増えてきてはいても、あくまで“平均より上”程度だ。


 なので勢いよく提案はしてみたが、よくよく考えてみれば……。


「まっ、そこは俺っちが囮になって誘導する手もあるしな。上手くいきゃー、最後の最後にベルが一発入れるだけで済むかもしれねーし」

「――僭越せんえつながら私からも。もし技を連続で使う必要があっても、魔力切れの点については “コレ”がありますので」

「ん? コレって……?」


 一人だけ白いチュニック&黒ズボン姿の、ピケの付き人であるスメイアさんが。

 ここで何やらゴソゴソと、腰に提げた巾着袋をお腹の前へ。


 何だ? そう思って見ていたら、スメイアさんが小さな巾着袋に“肘まで腕を突っ込んで”――『魔仁丸まじんがん』を取り出した。


「え? どういう原理それ!?」

「うははっ! マジックバックは初めてかベル? 俺っちは一つも使ってねーから、まだ大量に残ってるぞ」


 まるで手品みたいな現象を見て、驚く俺にピケがケラケラと笑う。


 す、スゴイなオイ……。リアルガチで初めて見たぞ。

 異世界の定番とはいえ、絶対に高価な代物だろうし……。


 ピケは黒帯筆頭だから持っているのか? そう思って聞いてみたら、

「いや違ーよ。じっちゃん(拳聖)のお下がりだ」との答えが。


 どうやら地位は関係なく、ただボンボンだから持っていた、ということらしい。……何かちょっと腹立つな。


「つまり、これで魔力の心配はかなり減ったわけだね。ベル君、もう準備はできてる?」

「おうイサク、俺はいつでも大丈夫だぞ。自分で提案しといて何だけど……ちょっと緊張してきたな」


 ――と、いうわけで。

 ずっと黙っている大福兄弟も、親指を立てて力強くうなずいたので。


 すべては森という大自然を守るために。

“放置”という対処ではなく、カオスな不死族スライムを『大地の傷』へと“叩き落とす”ことが決まった。


 ……まあ、もし失敗しても撤退すればいいだけだしな。思い切ってやってみよう!



 ◇



 オオオオォ――!


 深い森の中で強風めいた不気味な音が鳴る。

 非戦闘員のスメイアさんを除き、俺達カミラ班とピケが後ろから接近すると――名もなき不死族スライムは敵意を向けてきた。


 ワイバーンと比べても、格段の差がある存在感と威圧感。

 見た目だけなら“中ボス”だが、その中身は確実に“大ボス”だ。


 ――そこに加えて、頭上からは鬱陶しい小雨も降り始めてくる始末。


 こう聞くと一見、幸先の悪いスタートに見えなくもないが……。

 その嫌な印象は、作戦が始まってすぐに消え去ることに。


「うはっ! そーだ、こっちだ木偶の坊! お前の敵はここにいっぞ!」


 魔物という枠を超えた“災厄”を前にして。

 囮役を引きうけたピケが、道着の上の羽織をマントのように揺らして、無駄に楽しそうに不死族のヘイトを集める。


『火属性』の『属性付与(エンチャント)』。


 注ぐ燃料は“己の魔力”一つだけ。

 音を立てて燃え上がるその炎の両腕で、チョイチョイ、と挑発しまくっているぞ。


 ……やるなアイツ。さすがは黒帯筆頭か。

 グニュングニュン! と黒ずんだ紫色のスライムな巨体が、触手のように伸びて攻撃してくるも、全て回避。


 炎で赤いからか、まるで“闘牛士”。

 華麗に避けまくって、なおかつ来た道を戻すようにしっかりと誘導している。


「え? つうかあの人、目を瞑ってないか!? なあイサク、アレってまさか……」

「うん、【心眼】だね。僕達『灰帯』じゃまず習得できない高等技だよ」


 完全に目を閉じて、まったく危なげなく不死族を誘導するピケ。


【心眼】によって相手の動きを一瞬、“早く見ている”ために。

 巨体から伸びる触手がピケの小さな体に当たる気配はない。


「子供っぽくても、さすが黒帯筆頭だぜ。こりゃベル、本当に最後の一発だけで済むかもな」

「で、ですね。この間の戯れはキツかったけど、味方になると頼りになりますね。……オラ、ワクワクすっぞ!」

「いや急にどうしたのベル君? あとしれっと僕の尻尾をモフらない!」


 現黒帯筆頭、『小炎帝』ピケ=ジュライム。

『魔体流』で“一流”とされる『黒帯』の中で、トップに位置する拳聖の孫は――やはり相当な実力の持ち主だった。


 次の昇格試験で『茶帯』確実と言われるカミラさんでさえ……隣で苦笑いしているほどだ。


 オオォオ――!


 また強風が吹いたような不気味な音が響く。

 不死族スライムの巨体から放たれる膨大な魔力が、空気を震わし圧力となって届いてきた。


「チッ、ついてはくっけど少し足が遅えーな。おまけに臭えーしイライラすっし……おいベル!」

「は、はい! 何でしょう?」

「これだと時間がかかりすぎる! 日が暮れる前にもっと進みてーから、お前ちっと【風圧拳】を打ち込んでみろ!」


 完璧に回避しながら、ここでピケから先行している俺に指示が飛ぶ。


 それを受けて、俺はすぐに仲間達の中から飛び出す。

 不死族を誘導するピケの横を通り過ぎ、巨体の後ろへと急いで回り込む。


「んじゃいきます! ちょっと離れててください!」

「おうっ!」


 ピケが大きく進行方向へと進んだのを確認して、俺は掌に魔力を集中させる。


【風圧拳】。

 俺の『オリジナル技』の一つで、【空爆拳】ほどではないにしろ、実はこっちもピケ戦から威力が増しているのだ。


 ――というか、いざ目の前にすると思ってしまう。


 間近で不死族スライムの黒ずんだ紫色や無数のブツブツを見ると……まったくもって触りたくないぞ。


「つっても、言いだしっぺは俺だしな。吹っ飛べ! ワッショイ!」


 そうして逡巡した後、覚悟を決めて打つ。


 股を割って腰を落とした力士みたいな真正面の構えから。

“左右同時”で二つの掌底を、わずかに突き上げる形でしっかりと当てた。


 瞬間、両の掌とスライムな巨体が反発し合って離れる。


 ッ! やはりリアルガチで重いな!

 かなりの手応えが手首から肩まで返ってくるも――結果的には成功だ。


 ズズゥン! と地面から浮く不死族の巨体。

 スライムな体が打点から大きくへこみ、威力を吸収するように変形してしまうも、


 両手を使っての本気の吹き飛ばしに完全には抗えず。

 緩やかな放物線を描きながら、十メートルほど飛んで地面へと着地した。


「むっ、けどこれだと――」

「ちっと威力(飛距離)が足りねーぞ!」


 と、俺の声を途中で代弁したピケが、また誘導しようと不死族スライムに接近しようとする。


「いや大丈夫です! “通常の”【風圧拳】で十メートル飛ぶならッ!」


 ニヤリと笑って、ここで俺は“奥の手”を出す。


属性付与(エンチャント)』。

 魔力よりもドロドロとした、体の奥底に眠る『闇属性』を目覚めさせる。


 体の毛穴一つ一つから噴き出す奇妙な感覚――。

 ワイバーンをも簡単に仕留めた、禍々しい漆黒の闇のオーラを全身に纏う。


「ハッ!? おいベル、何だそりゃ!?」


 そして、一瞬にして黒く染まった俺を見て。

 当然のごとく、反対側にいる炎の赤で染まったピケが驚くが――。


「説明は後で! ちょっとまた退いててください!」


 叫び、へそに力を込める。

 大きく深く息を吐いてから、俺はまた両手で掌底を打つ。


「『闇属性』つき――【風圧拳】!」


 相手の黒ずんだ紫よりも遥かに黒い、黒一色の掌が触れると同時。


 攻撃力ではなく “反発力”。

 頼れる闇のオーラは使う技に合わせて変質し、【風圧拳】を力強く支えてくれる。


 打ち込まれた不死族スライムは何の抵抗もできない。

 ゼリー状の柔らかい体で衝撃を減らされても、まったくもって問題なし。


 宙に浮いたそれは、さっきの十メートルをあっさりと通り過ぎて、

 その先にいるカミラ班までも追い越して、自分でなぎ倒した道の上を、空を飛んで戻っていく。


「何をしても死なないとか反則だけど――反則なのは俺も同じ!」


 軽く“百メートル近く”吹き飛んだ不死族スライムが、空の旅を終えて着地した瞬間。

 叫んだ俺はまた打ち込むべく、草履を履いた足に力を込めて道を走る。


 ――さあ、ここからが本当のスタートだ。


 暗黒ブラックリーマン時代にもなかった、とてつもない大仕事に取り掛かるとしよう。

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