第32話 不死族と
「ふ……“不死族”とな?」
一夜明かし、木々がなぎ倒された不審な道を進んだ末に。
俺達カミラ班は、ついにその原因に追いついた。
幅四メートル、高さ三メートルの黒ずんだ紫色で、無数のブツブツがある巨大スライム。
それを見て驚き、鳥肌を立ててドン引いていたら――カミラさんから不死族なるワードが。
「……そうだ。ありゃアンデッドなんて可愛いもんじゃねえ。煮ても焼いても決して死なない、マジもんの不死族だぜ」
「僕も聞いたことがあります。元から魔素が濃い場所に、ごく稀に現れる“災厄”ですね」
発見してすぐ、道の脇の草むらに身を隠しながら。
顔半分だけをひょいと出して対象を観察する俺達。
三十メートル先にいる悪臭を放つそいつは、人間が歩く速度でバキバキィ! と。
木々をカオスすぎる巨体で飲み込み、蟻でも潰すかのように進んでいた。
「アレが不死族……。改めて確認ですけど、リアルガチで異変の元凶はアレなんですよね?」
「ああ、間違いねえぜ。これだけの大森林でも、不死族が一体いりゃそれだけで魔素から何から変わっちまうぞ」
「死んでいたワイバーン……上位寄りの中位の魔物でも、不死族が相手なら納得だね」
カミラさんもイサクも、不死族から視線を外さないまま断言する。
……なるほど。真相はそんな感じだったのか。
不死族のせいで濃くなった魔素にワイバーンが誘われ、結果的に返り討ちにあったと。
色々な知識があるサバイバルな班長と副班長が揃って言うのなら……もう確定だな。
――とはいえだ。RPG好きとしても、あまりに存在が“謎”すぎるので、
俺はヒソヒソと、さらに詳しく二人に話を聞いてみると、
どうやら不死族というのは、本当にカオスでヤバイ存在らしい。
世界中どこでも、魔素が濃い場所なら突発的に現れる可能性が。
長い時間をかけてその場所の空気が淀み、“腐った魔素の成れの果て”とされる。
ただ発見例は少なく、せいぜい“四、五十年に一度”程度。
その姿形は様々らしいが、能力については共通する点が一つ。
それが“不死”。
いかなる魔道士の大魔法でも殺せず、それは我ら『魔体流』も同じ。
拳聖や高弟クラスが『奥義』を叩き込もうと、撃退はできても討伐はできない。
「けど、一つだけ救いはある、と」
何をされても絶対に死なない災厄だが――百年も経てば“自然消滅”するらしい。
だからもし人里離れたところに出現すれば“放置”。
人里近くに出てしまった場合は、その国の軍が総力を挙げて追いやるのが基本だ。
「……つうことは、今回の場合は……」
「放置だな。……さあ帰ろうぞい」
「だな兄じゃ。触らぬ神に祟りなし、だぞい」
両隣りの大福兄弟は、鼻をつまんでこれ以上ない渋い顔だ。
一番、朝食をガッツリ食べたからか? よほど臭いが堪えるようで涙目になっているぞ。
「通常の魔物じゃないなら仕方ねえぜ。消滅まで『始まりの森』の被害は甚大になるが……まあ、森の再生力は高いからな」
「不本意ですが、それしかないですね。スライム系といっても、不死身というのを含めると上位の魔物ですし、僕らにできることは……」
もはや害しかない存在を前に、カミラさんとイサクで軽い話し合いが。
どうやらここまできたものの、元凶を把握しただけでUターン。
討伐はせず(というかできないので)、情報だけ持って帰るようだ。
……まあ、何せ不死身だからな。“生物的に最強”なら仕方あるまい。
その存在はだいぶ衝撃だったが……ここは異世界、しかも秘境だ。
今回はサバイバル生活を体験して、森の知識も入って、個人的にはいい経験になったと思う。
ワイバーンと戦ってなぜか『闇属性』も獲得したし、普通に稽古するよりも大収穫だぞ。
「にしてもアイツ、リアルガチで見た目がな……。何だよあのプルキモ激クサなスライムは――――ん?」
まさに汚物を見るような目で、俺が不死族を見ていたら。
そこから約十メートルほど右。
全てがなぎ倒された道ではなく、木や草が茂る森の中に――“別の影”が。
そしてそれは、不死族をうかがうように、慎重に近づいていって……。
「「「「「!?」」」」」
俺だけでなく、他の四人も見つけて一斉に息を飲む。
ようやく顔が分かるくらいになった時、身を隠す俺達の前に現れたのは、
若草色の羽織を着て、腰に締めた『黒帯』。
身長は百四十センチ程度と低く、浅黒い肌で短髪の一人の男だ。
「「「「ピケ様!?」」」」
「ピケじゃん!?」
……まさかもまさか、厄介な不死族の次に姿を現したのは。
『魔体流』で黒帯筆頭を務める『小炎帝』――ピケ=ジュライムその人だった。
◇
「いや何してんの、あの人!?」
ピケの姿を確認した直後。
俺達は不死族に発見されないように注意しつつ、ピケに向かって激しく手招きをして、
それに気づいたピケ……ではなくて。
その後ろの付き人のスメイアさんがピケの腕を引き、ぐるっと回って俺達の方へとやってくる。
「うはっ! 誰かと思えばベルじゃねーか。あとカミラも!」
「……お久しぶりです。まさか皆さんもおられるとは……」
再び出会って合流したピケは威勢よく、スメイアさんは疲れた様子だった。
とりあえずピケの方は無視をして、だ。
妖艶なカミラさんとはまた違う、“本来なら”女騎士みたいな凛としたスメイアさんの今の顔と声を見るに……。
「まさかずっと森の中に? あれから十日は経ってますよ!」
「さっすがベル、ご名答だ。ずっと調査してたんだが全ッ然、異変の元凶が掴めねーの何のって」
という、俺とピケのやりとりを聞いて、またカミラ班から驚きの声が。
スメイアさんこそ平静を務めているが……。
付き人は稽古漬けの門弟ではないので、やはりこの場の誰よりも疲労の色が。
――で、だ。
一旦、不死族から離れて、黒帯筆頭のピケの話を聞いてみると、
俺達と遊んだ後、山を下りて広大な森を調査するも、探せど探せど見つからず。
スメイアさんが一度、『本道場』に戻って仕切りなおそうと進言するも聞かず、ムキになって探し続けていたらしい。
「「「「「…………、」」」」」
それを聞いて、のん気に笑うピケを除いて全員が思う。
何やってんだコイツ、と。そもそも最初から一人でやる仕事じゃないだろ、と。
何より、付き合わされたスメイアさんが可哀そうすぎて。
ついブラックリーマン時代の俺の姿とダブって見えてしまったぞ。
……まあ、でもなあ。
他の『黒帯』と比べれば、絶対にアレなヤツだから――あの炎の拳で大火事が起きていないだけマシなのか?
「とにかく、やっと俺っちの努力が報われたっつーわけだな。……けどまさか、不死族とは夢にも思わなかったけど」
「ピケ様。ウチらはこの情報を早急に道場に持ち帰ろうと思います。ピケ様の方は――」
「ん、カミラか。元気にしてっか? お前の姉ちゃんには世話になっ――」
「オッホン! それで、ピケ様はどうするおつもりで? やはりここは放置ですよね?」
「お、おー。だな。さすがに不死族はお手上げだし」
カミラさんとピケの責任者(?)二人で、どうするか話し合いが行われる。
それを隣で俺、イサク、大福兄弟、スメイアさんが聞いているのだが……。
「――あの、なら“封印”しちゃえばいいんじゃないですか?」
と、ここで割って入る格好で発言したのは、何を隠そう俺である。
話を聞いていて、不死族のことを考えていて、
ふと思ったことがあったので、挙手しながら言ってみた。
「あーん? 封印つったって……どーやるんだよ?」
「だぜべル。魔物を、それも不死族を封印するなんて、熟練の魔道士が束になってもできねえぞ」
対して、二人が怪訝な顔で返してきた。
カミラさんはともかく、ピケは階級が三つも上の存在だ。
元ブラックリーマンとしては怖じ気づきそうだが……今回は引かない。
「あ、いや、とりあえず封印とは言いましたけど何というか……。森に放置して、消滅するまで環境破壊させるよりはいいかな、と」
「「「「「「……?」」」」」」
今度はイサク達まで怪訝な顔に。
それでも俺は引かずに、思ったことをしっかりと先輩に伝える。
「だから“落とす方がいい”かなと。ちょうどいいのがこの『始まりの森』にはありますし」
「……まさかベルさん、それは『大地の傷』のことですか?」
「そうです、スメイアさん。せっかくあんな断崖絶壁があるんですから、利用しない手はないかなあ、と」
言って、皆の顔を見るも……ポカンとしたまま。
……むむっ、いかんな。ちょっと言い方が回りくどかったか?
俺は慌ててせき払いをして、自分の出した結論を――拳を突き上げて言う。
「ずばり! 俺の【風圧拳】で“吹っ飛ばして叩き落とす大作戦”です!」




