表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/40

第31話 不穏な空気

前半は第三者視点です。

「……参ったのう。結局、一人も帰ってこんとは……」

「「「「「ワッショイ!」」」」」


『灰帯』達が汗を流す『山の道場』。

 一日の始めに行う型の稽古を見ながら、師範を務めるヘイゼルは困惑していた。


 昨日、朝早くから行われた森の一斉調査。

 下の階級クラスの『白帯』と『帯なし』も動員されたその大規模な調査は、見事なまでに空振りに終わり――いまだ森の異変の原因は掴めていなかった。


 ……だが、仏頂面に深いシワを寄せたヘイゼルの心配はそこではない。


『灰帯』だけでも百を超える班の中で、ただ一つ。

 一夜明けて稽古が始まっても、いまだに帰ってこない班があったのだ。


 カミラ班。人数は五名。


 次の昇格試験で“合格確実”と言われる、女門弟カミラ=スミスが班長を務め、

『灰帯』で一番の足技の使い手、イサク=ストレットンが副班長を務める班である。


「「「「「ワッショイ!」」」」」


 そして、『異端者』ベル=ベールマン。


 現時点で数少ない二つ名持ちの一人で、唯一無二の『オリジナル技』使い。

 誰にも真似できない、爆音を伴う“規格外”な攻撃技を持つ門弟もいる。


 彼らは編成された班の中でも、一、二を争うほどの戦力を有する班だというのに……。


(ワイバーンと遭遇しおったか? だがヤツらの力なら、楽ではなくとも討伐できるじゃろうし……)


 任せたのは森の南西部エリア。

 周囲と比べて魔素が濃く、ワイバーンの目撃情報もあった危険な方角だ。


 だからこそ、ヘイゼルは信頼してカミラ班に任せたのだが……。

 森を区切る『大地の傷』の先から、まさか一人も帰ってこないとは予想外だった。


「「「「「ワッショイ!」」」」」


 木の香りが漂う『山の道場』に、門弟達の気合いの入った掛け声が響く。

 すでに彼らもカミラ班が帰還せず、“行方不明”となっている状況は把握している。


 ――とはいえ、あまり心配はしていない。


 何か異変の正体を掴み、野営覚悟で森の奥まで進んだ可能性もある。

 さらにはカミラ班の戦力――。師範のヘイゼルと同じく、彼ら五人の力を信じているのだ。


 何度も魔物に襲われているだろう。……だがそれを素手で倒すのが『魔体流』だ。

 歩き続ければ腹も減るだろう。……だが森の恵みを正しく受け取れば、一日どころか一年だって生き残れるはずだ。


(すでに捜索隊も放っておるしな。心配せずとも待っておれば、何か情報を持って帰ってくるじゃろう)


 そう考えて、ヘイゼルは師範として指導に熱を入れる。


 腰が入っていない者にはバチン! と尻を叩き、

 目が覚めきっておらず魔力が練られていない者には、ゴツン! と拳骨を落とす。


 そんないつも通りの稽古が続き、午前の稽古全てを終えて。

 腹を空かせた門弟達が食堂で食事を取っていた――ちょうど昼時。


「――ヘイゼルよ! 下から手紙が届いたぞ!」


 焼けた肉やパンのにおいが充満する巨大天幕の中で。

 八百名以上の門弟に混じり、同じく“山盛りの食事”を取っていたヘイゼルを呼ぶ声が。


 声の主は『にわとり荘』の寮長だ。

 仏頂面なヘイゼルとは正反対の柔和な顔で、同い年(六十五歳)で飲み仲間のジグ=ライアーである。


 そんな寮長ジグが慌てた様子で食堂を走り、門弟達の視線を集めながら、ヘイゼルに一枚の手紙を渡す。


 ……ちなみに、この手紙は“伝書烏”を介したものだ。


 離れたエリアをわざわざ行き来するのは面倒なため、全階級(クラス)のエリアで飼育。

 緊急の連絡をはじめ、エリア間での情報共有には非常に便利なものである。


「何っ!? 『大地の傷』の吊り橋が……落ちておるじゃと!?」


 渡された手紙を読み、ガタッ! とイスから立ち上がるヘイゼル。


 また、注目していた周囲の門弟達も、続くように立ち上がっていた。

 師範の口から漏れた言葉を聞いて驚き……食堂内が一瞬にして騒然となる。


 ――手紙の内容はこうだ。


 今朝早くから捜索に出た『白帯』(熊人族など数名)が、『大地の傷』の異変を発見。

 対岸の岩壁の損傷具合から、ワイバーンが破壊した可能性が高いとのことだった。


「まさか谷底に落ちたか? ……いや、そう決めつけるのは早いのう」


 もし橋と同時に落ちていれば……助ける術はなし。


 だが、逆に渡った後に落ちただけなら?

 森深くまで進んだカミラ班が、まだ帰ってこないのもうなずける。


 全長五十キロを超える、神が創ったとされる『大地の傷』。

 そこに一本しかない吊り橋が落ちた場合、地道に歩いて“迂回”するほか手はないのだ。


(無事でおれよ五人とも。お前達はこんなところで終わる器ではないじゃろう?)


 手紙を強く握りしめながら、ヘイゼルは仏頂面のまま教え子を思う。


 ――こうして、一日ほど遅れて情報は山エリアへ。


 彼らができることは、カミラ班が無事に戻ってくるのを祈るだけだった。



 ◇



「(これは多分……そろそろ近いな)」


 調査二日目。

 一時間交代の見張りで、暗くて不気味で危険な夜を無事にやり過ごした俺達。


 日が昇ってからしっかりと朝食も取り、脇腹の傷をまたカミラさんに処置してもらってから、俺達は再び森を歩いていた。


 道は当然、昨日からずっと続く木々がなぎ倒された道だ。

 何が通ればこうなるのか、幅が四メートル近くあるその獣道(?)を進んでいたところ、


 森に生えた木々や草花――は変わらずとも。

 明らかに森の空気が、昨日までよりもさらに変わってきていた。


「……やたら魔素が濃いな。お前ら、ここからは特に気を引き締めていくぜ」

「「「「はい」」」」


 班長のカミラさんを先頭に、俺達は少し速度を落として慎重にいく。


 空気中の魔素が濃くなり、肌に纏わりつく感じは湿気に似ている。

 あまり体には良くないのか、微妙に右脇腹の傷が疼くが……もう前に進むしかない。


「うっ……」

「ん? どうしたイサク?」

「いや、ちょっと“嫌な臭い”が出てきてさ……」

「に、臭いとな?」


 と、ここで。

 獣人ゆえに、誰よりも鼻が利く狐人族のイサクが急に顔をしかめる。


 まだ俺達人間には分からないが、聞けば“腐敗臭”が道の先から漂ってきているらしい。


「つうことはアンデッド系の魔物か? ……まあ実際に会えば分かるか」


 言って、カミラさんが腰の『灰帯』をキツく締め直す。

 その両腕には一段と魔力が込められ、早くも臨戦態勢に入っている。


 ――ただ、他の魔物については“全然いない”。


 魔物は本来、魔素が濃ければそこに集まるはずなのに……。

 あるところからパタリと姿が消えて、非生息域にでも入ったのか? と錯覚するほどだ。


 ここにも元々は魔物はいたはず。

 頭上からは木漏れ日が差して緑が鬱蒼と茂る森の中、今回の異変の元凶によって、逃げたか追い出されでもしたのだろう。


 ずっとあった鳥の気配や鳴き声も消えて……どんよりとした重い空気が漂っているぞ。


「! もう近いよ。あと二百メートルもないかもしれないね」

「……ぐっ、これか。リアルガチで何か臭ってきたぞ」

「は、鼻の奥までガツンとくるぞい……」

「だな兄じゃ。朝飯を食ったから余計に耐えがたいぞい……うえぇ」


 イサク以外の俺達も、感知できた臭いに一斉に鼻をつまむ。


 たしかに腐敗臭、生ものが腐ったような臭いだ。

 そんな悪臭に顔をしかめながらも、我慢して森の中を歩いていけば――。


「……マジかよ。こりゃ考え得る限り“最悪の元凶ヤツ”じゃねえか……」


 そう呟いた、先頭をいくカミラさんの視線の先。


 そこには鋭利な牙や爪……はなく、血走った獰猛そうな目……もなく、ただただ“黒ずんだ紫色の塊”が。


 ドドン! となぎ倒したばかりの木々の上、深い森の中に異質なものとして存在していた。


「スラ……イム? けど何だ、あのカオスな姿は……」


 横幅四メートル、高さ三メートルはあるだろうそいつ。

 毒々しい色もそうだが、巨大な巾着袋のような体は土で汚れているものの……よく見ればプルプルのゼリー状だ。


 その表面には無数の細かい吹き出物みたいなものが。

 正直、鼻をつく酷い悪臭以上に、鳥肌レベルの気持ち悪さを覚えてしまう。


 ……いやいや、リアルガチで何だよアレ?

 あまりのバケモノ加減に、俺がつい無意識に一歩、本能から後ずさってしまった時――。


 班長のカミラさんがゴクリと唾を飲み込み、震える声で俺達に告げる。


「ありゃただのスライムじゃねえ。アンデッドよりも遥かにタチの悪い――正真正銘の“不死族”だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ