第30話 サバイバル生活
「……これはアレだな。もうリアル藤○弘探検隊だぞ……」
夜になった。
元々の作戦ではすでに戻っている予定の時間に、“当たり”を引いた俺達カミラ班は森の奥深くにいた。
場所的にはワイバーンの死体があった窪地から南。
まるで重機が一台通ったような、木々がなぎ倒された道を進んできたのだが……。
「長えな……。まさかまだ着かずに野営するとは思わなかったぜ」
「もう『大地の傷』から二十キロは歩きましたよね……。ワイバーンの件も含めて……さすがに疲れますね」
カミラさんとイサクの口から、今日初めて弱音が漏れる。
日頃から『山の道場』で心身ともに鍛えてはいても、だ。
さすがに一日中、深くて険しくて余裕でターザンできそうな森を歩きまわるのはキツイからな。
――加えて、何度と起きた戦闘。
ゴブリンやコボルト以外にも、猪突猛進なワイルドボアや頭上から急襲するフォレストモンキーなどなど。
元の世界の野生動物を“巨大&凶暴化させた”魔物(コイツらも低位の魔物)との戦いを繰り返していた。
「かあー、リアルガチで風呂に入りたいぞ。俺なんか血もついたままだし……」
門弟の証である麻製の白い道着。
たった一枚しかなく、毎日【洗濯魔法】をかけてもらうそれはもう汚れだらけ。
なぜか『闇属性』を獲得した後、一応はケガ人なのに普通に戦闘に加えられたので……汗もスゴイぞ。
「まあ、今日の主役はベルだったからな。さすがは属性持ちだぜ」
「いやカミラさん、褒めるより休ませてくださいよ。結局、フル稼働じゃないですか!」
「何言ってんだベル。強力な属性持ちを遊ばせとく余裕はないぜ。……つうか一人だけ“ほぼ動かずに一発迎撃”だったじゃねえか」
平の班員である俺の抗議に、カミラさんが指摘をする。
……ぐ、ぐぬぬ。たしかにカミラさんの言う通りではあるか。
もうもうとした禍々しい闇のオーラ。“魔力以外の何か”も煮詰まったような漆黒の中の漆黒。
正直、これさえ纏っていれば万事解決。
使えば(相手に触れれば)魔力消費が多いという面はあるものの、
【軟弱防御】も【空爆拳】もいらなくね? と攻守両面で思うほどだったし。
俺の姿を魔物側から見たら……きっと相当なカオス野郎だっただろう。
――とまあ、そんな感じで。
捜索や戦闘や歩きやらで大忙しだった調査初日ではあるが――。
「とにかくメシだメシ。腹が減っては何とやらだ!」
「うん、そうだねベル君。……だから『闇属性』は危ないからしまっておこうね」
「……あ、すまん」
つい油断して闇のオーラが出ていた俺に、イサクが優しく注意する。
その横で大福兄のトロイがササッと起こした火に枝をくべると、
弟のテッドが傘みたいに大きな葉を開いて、包んでいた食材を出す。
実は森を進む中、“食材の調達”も並行して行っていたのだ。
一本しかない吊り橋は崩れ落ちて、もう絶対に今日中には帰れない。
そこで森の恵み、あちこちに群生するキノコ類を中心に色々と採集していた。
「(やっぱりキノコって多いんだな。これに関しちゃ元の世界と同じか)」
「ん? 何か言ったかベル?」
「いや何でもないです、カミラさん。――さあ、早いところメシを作っちゃいましょう!」
『始まりの森』の魔物の領域には、本当に数多くのキノコが存在している。
そこで活躍したのがカミラさんとイサクの知識だ。
これは毒があるとか、魔素が濃すぎてマズイとか、無知な俺(あと大福兄弟も)は言われたやつのみ採集していた。
他の食材については、やはり二人が食用可と言った果実と野草を。
あと当然、皿や鍋といった必要なものも、代用する葉っぱを現地調達だ。
ただ、包丁だけは【手刀】があるからな。
鍛えた技で代わりが利かないものだけ、森にあったもので用意した。
「じゃあベル、お前はノミズの実を潰して水を鍋に溜めてくれ」
「了解です」
そんなこんなで、全員腹ペコだから調理開始。
今日だけで何度もお世話になった、ノミズの実(水分だらけの果実)を握り潰して、不燃性のモエズの葉で形作られた鍋に溜めていく。
……ちなみに、調理担当はまさかのカミラさんだ。
ご存知の通り、『魔体流』の門弟がやることは稽古だけ。
普段は食堂の料理番に作ってもらっているから、ほぼ全員が料理などできない。
ところが、何とカミラさんは普通にできるらしい。
肩まである艶やかな金髪を適当な蔦で後ろに縛ると、切り株のまな板を用意。
そして応急処置の時と同じく、トントン、ザクザク、と。
鼻歌交じりに、慣れた手つきでキノコや野草を【手刀】(指二本バージョン)で切り始めた。
「おおう……まさかの女子力発揮かい」
ただの美人な悪女先輩と思いきや、女性らしい部分もあるとは驚きだぞ。
実はワイバーンの一撃で切れた帯も、何やらパパッと直してくれたしな。
異世界事情はよく分からないが……もしかしてカミラさんって良い家柄の出だったりして。
「どうだイサク。塩加減は大丈夫か?」
「はい、問題ないです。キノコの出汁も相まっていい感じですね」
さすがに塩はないので、塩気のある果実をイサクが投入。
早くもグツグツと煮立ってきて、食欲をそそる香りとともに、特製キノコ鍋ができ上がった。
これでメイン料理は完成だ。
さらに大福兄弟が担当したワイルドボアの肉串も焼きが上がったので――ではでは、いざ夕食タイムといこう。
◇
「う、美味い。五臓六腑に染みわたるぞ……」
「うん、よくできているね」
「まあ素材がいいからな。よほどの下手じゃなきゃ失敗しねえぜ」
「ハフハフハフ……!」
「フガフガフガ……!」
噛んだ瞬間、口の中に広がるキノコの味と香り。
大自然の中で、かつ疲れた体で食べているからか、余計に美味しく感じるぞ。
あとやはり、 “温かい”というのも大きいか。
季節(晩春)的にも場所(東の秘境)的にもあまり寒くはない。
だが日も沈んで多少、気温は下がったから、冷めたものよりは全然いいぞ。
また肝心の味や食感についても、キノコの種類によってだいぶ違う。
味付けが塩気のある果実だけとは思えないほど、深くて優しい味だった。
多分、味噌があればもっと完璧だったな。
それでも充分、大満足な味で――皆がすぐにおかわりをしてペロリといただいた。
そうして腹を満たした後は、巨大露天岩風呂でひとっ風呂……はここにはないので。
腹を休めるヒマもなく、寝床の準備に取り掛かる。
場所は外敵から身を隠せる巨大樹の洞の中だ。
そこへカミラさんとイサクに指定された枝や落ち葉を、大福兄弟が中心となってせっせと集めていく。
――――…………。
そして俺も働くこと、二十分。
「おお、即席にしては上出来だな。……微妙にデコボコだけど」
五人が寝れる大きなベッドを作り、寝転がってみるとなかなかの寝心地だ。
寮の敷布団に比べれば劣ってしまうが、この程度なら背中や腰を痛めずにすみそうだぞ。
「つうか灯りがない分、いつも以上に星がキレイだな。こればっかりは毎日、感動するぞ」
「あ、ベル君また言ってる。そんなにいいものかなあ?」
洞の入口から、無限に広がる満天の星空を見てご満悦な俺の隣に、イサクがバフッ、と倒れて寝転がる。
熊人族なルディとは違う、狐人族の柔らかい赤茶色のモフモフは……まるで毛布みたいな肌触りだ。
「よいしょ。んじゃ明日も歩くし休むとするか」
「ふお……ッ!?」
と、ここで。
空いている俺の右側に、束ねていた髪を解きながらカミラさんが横になる。
……おいリアルガチか! いいのかコレ!?
たしかにベッドの数と状況的には、男とか女とか言っていられない状況だけども……!
「じゃあ最初の見張りは俺がやるぞい。一時間後に交代だテッド」
「おう。分かったぞい兄じゃ」
俺が一人、冷静と興奮の間にいると、傍で大福兄弟がそう言った。
ここは森、正確に言うと魔物の領域だからな。
魔物が近くでウロついているから、やはり交代交代で見張り(と火の番)はしなければならない。
「……くぅー……」
「って、もうスヤスヤじゃないですかカミラさん……」
いつもの男勝りな感じはなく、イビキも掻かずにおしとやかに眠る我らが班長。
すぐ右隣にいるから良い匂いも……っていかんいかん。あまり考えると変な気分になってしまうぞ。
「それじゃ、俺達も寝ますか」
「うん、今日はだいぶ疲れたしね」
「お休みだぞい皆…………ふごぉおおお」
というわけで、波乱続きの調査初日はこれで終了――。
変わった鳥の鳴き声(怪鳥?)と、カミラさんと同じく即行で寝た大福弟のイビキ(同部屋だからもう慣れた)をBGMに。
俺はもう一度だけ星空を見てから、ゆっくりと目蓋を閉じて明日に備える。




