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第29話 班会議

「お、恐るべし『闇属性』……。恐るべし『属性付与(エンチャント)』……」


 ワイバーンの二体同時討伐という無理ゲーをクリアした直後。

 無意識にそう言葉を発した俺は、耐え切れずに両膝から地面に崩れ落ちた。


 ……い、いかん。リアルガチで血を流しすぎたっぽいぞ。

 魔力と『闇属性』は体の中にある一方で、活動に必要なエネルギーがちょっと足りない感じだ。


「ベル!」

「ベル君!」


 と、戦闘が終わってすぐ。

 見守っていたカミラさん達が、滑り下りて再び窪地の中へ。


 三体のワイバーンの死体を尻目に、大福兄弟が俺の両脇を抱えて、ひとまず窪地の上へと連れていってくれる。


「何とか逃げ……じゃなくて勝てましたね。遅れて心配をかけ――」

「喋るなベル。今すぐ止血してやるから安静にしてろ」


 謝罪をカミラさんに止められて、森を少し入った平坦な場所に寝かされる俺。


『灰帯』からすれば格上となる、中位の魔物のワイバーンは倒せたが……だいぶマズイか?


 すでに闇のオーラを収めた体は、右脇腹を中心に道着が真っ赤に。

 素人目に見ても、かなりの血が流れ出したと分かる。


「大丈夫だよベル君。出血量は多いけどこれなら何とか……。【回復魔法】の使い手はいないけど、ここには“森の恵み”があるからね」

「お、おう……?」


 心配そうな顔をするも、イサクがそう言った――数秒後のこと。


 ザン! という物騒な音が近くで聞こえたと思ったら、

 続けてドスゥウン! という、静かな森には不似合いな派手な音が。


 仰向けに寝かされたままなので、背中に震動を感じながら、一体何事かと思えば……。


 一時的に離れていたカミラさんが、金髪をなびかせながら小走りで戻ってくる。


「よし、今から手当てするぞ。少し染みるけど男なら我慢しろよ」

「……は、はい」


 俺は言われるがまま、片手に何かを持ったカミラさんのすることを見る。


 どうやらさっきの音は木を切り倒したらしい。

 その木の一部、正確に言うと“糸を引いた樹皮”を指で裂くと、


 いくつかの茶色の樹皮(腐ったさけるチーズ?)を、傷口にペタペタと貼り付けていく。


「よかったなベル。おかげで血は止まったみたいだぞい」

「ま、森の恵みってのは食いものだけじゃないってわけだい」


 カミラさんの手慣れた処置を見ていた、トロイとテッドの大福兄弟が安堵の息を吐く。


 ……たしかに、二人の言う通りだ。

 ただの樹皮かと思いきや、接着剤みたいな強力な粘液によって。


 鉤爪にやられた傷口は――何ということでしょう、完璧に塞がってしまいましたとさ。


「(おお……スゴイな異世界の森は)」


 地球の森にはこういう類のものってあったっけ? ……都会育ちだからよく分からんな。


 ――とにもかくにも、異世界の素材と知識のおかげで。

 俺は勝利の後に出血死、というバッドエンドは避けられたのだった。


 ……ただ、どうしても最後に一つだけ。


 カミラさんよ。素早い処置は感謝するが……使うの樹皮だけなら木を切り倒す必要なくね?



 ◇



「――さて。んじゃ詳しく、正直に聞かせてもらおうか?」


 その後。

 手当てが終わり、イサクが野生動物(野うさぎ)を狩ってきて捌き、新たな血肉として補給した俺達。


 そうして、軽く腹を満たしたところで。

 班長のカミラさんは、真面目なトーンの声で俺に聞いてきた。


「へ? 聞かせてもらうって……?」

「バカ野郎。属性についてに決まってるだろ。何で急に『属性付与(エンチャント)』を、それも珍しい『闇属性』を使ったんだよ」

「そうだよベル君。というか、そもそも“属性持ち”ならどうしてずっと隠していたのさ?」「あと属性の強さも異常だったよな。あれなら『道場破り』は余裕だったはずだろい」

「あの硬いワイバーンを一撃で葬るとか……。下手したら『奥義』並の威力だぞい」


 パチパチと、肉を焼くために起こした火が爆ぜる中。

 脇腹の傷の心配から一転、皆が問い詰めるような空気になる。


 ……ただ、そこまで怒っている感じではない。


 むしろ興味津津というか、早く教えろ気になるだろ! 的な感じだぞ。


「いやイサク、違うって。『闇属性』を獲得したのはさっきの戦闘中だぞ」

「え? そうなの!?」


 俺の答えに、狐な顔を驚愕に変えるイサク。


『魔体流』の常識から考えれば、とても信じられないだろうが……。

 異世界においても、事実は小説よりも奇なり、である。


「『オリジナル技』と同じさ。“なぜか使える”。それ以外の答えはリアルガチで持ってないぞ」

「……ふむ、つまり何だ。特定の『闇属性』の魔物を倒さずに、“自力で獲得”したってことかよ?」

「ですねカミラさん。――あ、もちろんウソはついてませんよ。理由は不明ですけど、そういう感じなんです」


 別に俺も、異世界人だという点以外は隠すつもりはない。


 だが、リアルガチにわけ分からないからな。

 最初から使える『オリジナル技』といい、今回の『闇属性』といい。


 これが異世界転生をしたヤツの“特別仕様”か何かだろうか?


「まさかさらなる謎な成長を遂げるとは……。さすがは『異端者』ベル=ベールマンだい」

「同感だ兄じゃ。もう一人だけ常道から外れすぎて……ベル風に言うならまさにカオスだい」


 と、大福兄弟が何とも言えない表情で俺を見る。


 ちなみに、今しれっと出た『異端者』とかいうワード。

 道場で最近、呼ばれ始めたこの不名誉な“二つ名”については……とりあえずスルーしておこう。


「ま、ベルは記憶喪失の困ったちゃんだからな。思い出したら即、教えてもらうってことで。――んじゃ、そろそろ本題に入るぜ」


 俺の『闇属性』獲得の質問はここまで。

 ここからは班長のカミラさんを中心に、緊急の班会議が始まることに。


 本来は生息しないワイバーン(通常種)は倒した。

 一見、コイツらのせいで森の異変が起きたと思いきや、実は違うらしい。


 カミラさんいわく、


 中位の魔物のワイバーンも、他のゴブリンなど低位の魔物と同じく、“影響を受けた側”とのことだ。


「ほぼ間違いなく、最初から窪地にあったワイバーンの死体――アレをやった野郎が元凶だな」

「たしかに、そう考えるのが妥当ですね。ただでさえ『大地の傷』の先は魔素が濃いのに、あの周辺だけより濃かったですし」

「ああ、ワイバーンはそれに引き寄せられただけだ。魔物は魔素が濃い場所を好むからな」


 森の異変について、美人班長とモフモフ副班長で真剣な会議がなされる。


 ……え? 残る俺と大福兄弟はって?

 そりゃもちろん、大人しく聞き役に徹していますよ?


「翼竜様を倒して一件落着とはいかねえか。ベルの属性獲得で吹っ飛びそうだったが……ここからが本番だぜ」

「はい。森の奥に続く、木々がなぎ倒された道を辿っていけばきっと……」


 ――こうして、班会議の末にカミラ班の行動が決定。


 窪地から森のさらに奥(南)に続く、重機が通ったような意味深で不気味な道を追っていくことに。


 ……だが、その前に。


「あの、カミラさん。全然触れてませんけど、橋は壊れたのに帰りはどうするんですか?」


 ここでたまらず挙手をして、俺は頼れる班長に聞く。


『大地の傷』に一本しか架かっていない唯一の吊り橋。

 それはワイバーンの空気を読まない最初の襲撃で破壊されてしまったからな。


 対して、カミラさんは何だそんなことか的な顔をして、


「迂回するに決まってるだろ。調査を終えたら、南側からぐるっと回って帰るルートになるな」


 と答えると、すくっと立ち上がって早速、調査を再開しようとする。


「ちょ、ちょっと待った! 迂回するって……戻るのにどれくらい掛かるんですか? 『大地の傷』って全長五十キロ以上って聞いたような……」

「んー、そうだな。まあ森エリアまで歩いたら、三日近く掛かるだろうぜ」

「え、三日も……!?」

「おう。だからその間は、魔物と仲良くサバイバルって感じだな」


 そんなカミラさんのお気楽な返答を受け取って。

 すでに疲労困憊な俺は、ついガクッとうな垂れてしまう。


 また他の三人、イサクと大福兄弟も大したこととは思っていないのか、


「それより調査を頑張ろう!」と、帰りの心配はゼロで……むしろ気合満々だぞ。


「何ちゅう鋼メンタルを……。さすがにこの危険な森でサバイバルとか嫌だろ普通……」

「ったく、情けねえな。ベルお前、一人でワイバーン二体を倒したのを忘れたのかよ?」


 言って、バシバシと俺の背中を叩くカミラさん。


 さらに悪戯&妖艶な笑みを浮かべると、

「史上初の“黒帯筆頭未満での属性持ち”。もう最大戦力として頼らせてもらうぜ。アッハッハ!」と、上機嫌に森を歩き出した。


 ……ま、マジか。

 まだ短い付き合いだが、表情から察するに本気で頼りにしているっぽいぞ。


 まあでも、たしかに一理あるか。

 傷を負って万全の状態ではないものの、ドン引きレベルの強力な『闇属性』を得て、個人的には大幅強化されたからな。


「やっぱり俺の新しい運命って……リアルガチで呪われてないか神様?」


 一難去っても多分、また一難あるはず。


 終わりの見えない調査と帰り道に、俺は鉛みたいに重い足取りで仲間達についていく。

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