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第28話 闇属性

「……へ?」


 カミラさんの口から放たれた、まさかの発言。

 そのまったく想定していなかった内容に――俺は心底、困惑してしまう。


 属性って……あの属性か?

 一週間ほど前、黒帯筆頭のピケが俺達に見せた、『火属性』に代表されるあの属性なのか?


 ――俺の記憶がたしかなら、アレは黒帯筆頭以上に許されたもののはず。


属性付与(エンチャント)』という魔法とは似て非なるものであり、

『拳聖の庭』なる『灰帯』とは無縁の秘境の奥の奥の場所で、“特定の強力な魔物を狩り続けること”でのみ獲得するはずだ。


 つまり、この時点で俺が獲得する理由は“ゼロ”である。


「いやこれ、どう受け止めれば……」


 突然、体に違和感を覚えて、全身の毛穴? から黒い靄が現れた時の衝撃。

 それと同じくらいの衝撃がまた、俺の頭にガツンとくる。


 ――さらにここで、カミラさんの隣にいたイサクが、


「しかも『闇属性』って……。現役の門弟にはいない“希少属性”だよ!?」


 全身の赤茶色の毛を逆立てて、俺の方を凝視していた。


 ……お、おおう!? 何か怒涛の新情報の嵐だな!?

 一つ一つの衝撃のそれが、右脇腹の傷口に染みて……少し痛みを覚えてしまう。


「けど、これはもしかして……」


 カオスで無理ゲー気味だった、『大地の傷』の先の窪地での戦い。


 そこに光(『闇属性』だけど)が差したと思うのは――決して楽観的なわけではないはずだ。


 最初はただの恐ろしい黒い靄。一瞬、呪い殺されるのかと思ったくらいだからな。


 その正体が実は、なぜか自然に獲得できた稀少な『闇属性』。

 そう知らされてからは……得も言われぬ力が体に漲っている気がするぞ。


「カミラさん! 俺の分の『魔仁丸まじんがん』をください!」

「お、おう……!」


 となれば、すぐに行動再開。

 いまだ血が流れている状況で、一刻も早く動かねば。


 俺は上から投げられた小さな粒をキャッチ。

 決して美味しそうではない群青色の『魔仁丸』を、水なしでゴクンと飲み込む。


 初めて飲むのだが……スゴイなコレ。

 胃に落ちた瞬間、乾ききった体に広がる命の水がごとく、新たな魔力が急速に体に浸透していく。


「――準備完了。何で急に属性を獲得したのかは疑問だけど……。まあ、それを言ったら『オリジナル技』も同じだしな」


 体力は削れたままでも、魔力を回復させたからか。

 しばらくボーッとしていた頭が、少しだけクリアになっている。


 一方、心の方は属性を得たせいで変な“自信”さえ生まれていた。


 圧倒的でリアルガチな“黒”と“禍々しさ”。

 道着の上から新たに鎧を纏ったような、あるいは拳銃でも持ったような……。


 属性一つでこんなに心境の変化があるものなのか?

 だが思い返してみれば、ピケの『火属性』は実際に受けてみて強烈ではあったしな。


 ――グルォオオ……ッ!

 ――グルァアア……ッ!


 と、ここで敵側もまた動き出す。


 もはやセットな大気を震わす咆哮をしてきたと思ったら、

 大小どちらのワイバーンも、二体同時で【風迅の翼】を放ってくる。


「!」


 変わらずに二対一。それでも問題は――多分ない。


 俺の感覚が、『闇属性』を獲得した体が、迎え撃てと訴えてくる。


 刹那、ヴォオオオオ……! と。

 どこか唸り声のような音を上げながら、俺の体からまた大量の黒い靄、改め“闇のオーラ”が。


 それを両腕に携えて、上空から撃ち下ろされた【風迅の翼】を――【空爆拳】で叩きにいく。


 ドバンドバァアアン! と響く、より重々しくなった複数の“轟音”。

 外れたものだけは無視をして、当たりそうな攻撃だけを相殺させる。


「ッお!?」


 その結果を受けて、俺は自分でやったことながら面食らってしまう。


 闇のオーラを纏った拳に衝撃はあっても、痛みはなし。

 発砲した銃口から出る煙のように、ただ拳からは闇のオーラが立ち上るだけ。


 空気の塊で風の暴力な【風迅の翼】を、“正面”から“何発”も打ち返しても、生身の体を打ったような衝撃しかない。


 一方で威力は予想以上だ。

 歯を食いしばって我慢はしても、右脇腹の痛みでしっかりと腰を回せないのに、


 叩き出された威力は、急激に成長した元の技より数段上の高火力で――。


「――ははっ」


 自分の黒く染まった攻撃(闇落ち?)を見届けて、俺はつい笑ってしまう。


 ……スゴイな『闇属性』。ヤバイぞ『属性付与(エンチャント)』。

 さすがは黒帯筆頭以上にしか許されない、これぞ特殊な力って感じだぞ。


 ハッキリ言って“チート性能”。


 使った瞬間、いつもの倍は魔力を持っていかれてしまったが……。

 体力や技が微妙でも、これなら属性頼みで誰でも上の階級クラスに上がれるのでは?


 ついそう思ってしまうほど、天(いや地獄?)から与えられたものは想像の上をいっていた。


「いわゆる“属性ダメージ”ってやつか。……とはいえ、あまり時間はないからな。さっさと倒して腹の手当てをしないと……!」


 もう気持ちは倒せるかどうかではない。

“どれだけ早くワイバーン二体を倒すか”という話に変わっている。


「来いよ。そんなデカイ図体してても、丸腰のチビ一人に突っ込めないのか?」


 禍々しい闇のオーラに乗せられて、纏いながらどこか悪っぽく呟いた後。


 表情から挑発の意図が伝わったのだろう。

 地鳴りのような咆哮を上げて、勢いよく突っ込んできたワイバーン二体。


 初めての同時での滑空攻撃だ。

 どちらも破壊された鉤爪とは逆の足を突き出し、俺を串刺しにしようとする。


 鋭利な鉤爪四本が生えた足が二本。それを二本の腕で迎え撃つ。

 なぜか獲得してから自由自在に扱える、漆黒の闇のオーラを両腕に集めた状態で。


「『闇属性』つき――【空爆拳】!」


 叫んだ瞬間、爆ぜる闇のオーラと低い轟音。


 拳に手首、腕に肩にと衝撃が走り、互いの一発の威力が相当なものだと理解させられる。


 と同時、明確な“勝敗”についても。

 左の拳とぶつかり合った、最初からいた小さい方のワイバーン。


 この個体に関しては、手応えと闇のオーラが“通った感触”から、俺が勝ったとすぐに分かった。


 打ち合った鉤爪は、“片足丸ごと”弾け飛んで見るも無残な姿に。

 また翡翠色の鱗に覆われた体には、闇のオーラが怪しげに纏わりつき――ずっと溢れ出ていた濃密な魔力がワイバーンから“消失”。


 上空からの突進も止められて、ガクン、と巨体が地面に落ちていく。


「――で、お前は……逃がすかよ!」


 そしてもう一体、より強力な乱入してきたデカイ個体はというと。


 同じく全身に走っただろう衝撃と、翼の先端まで纏わりついた闇のオーラによって。

 粉砕された片足以上の目に見えない属性ダメージを負い、深刻な状況となっていた。


 ……ただ、まだ死んではいない。


 全身を覆う翡翠色の鱗の大部分が、上から黒に塗り変えられていても。

 そのまま墜落した個体とは違い、翼を羽ばたかせて再び空へと戻ろうとしている。


「痛ぅ……もう、一丁!」


 俺は俺で脇腹の痛みに耐えながら、あと一発、必要な攻撃を。


 まだまだ感覚的に湧いて出そうな、反則級の闇のオーラを体から放出。

 白も赤も塗り潰して、道着をまた黒一色に染め上げてから。


「ワッショイッ!」


 背を向けて飛び上がり始めたワイバーンに、ジャンプ一番、跳び上がる。

 跳躍系の技は使えないからシンプルに身体能力で、頼れる拳――はもうギリギリ届かないため、


 リーチに勝る蹴りを一発。

 まだ習得できていない【海蛇】でも何でもなく、ただの強引な右の蹴りをワイバーンの背に叩き込む。


 踏ん張れない空中でバランスも崩れ気味で、普通ならダメージなど入らないだろう。

 ……だが、今の俺の脚は色的にも魔力的にも“普通ではない”のだ。


 骨の髄まで闇のオーラが詰まったような真っ黒い右脚。

 それがぶ厚く硬い、翡翠色の鱗(尻部分)と触れ合った瞬間――。


 ドムッ、と。大した打撃音もなく、ただただ静かに。


 闇のオーラが一気に“浸食”した数秒後――ワイバーンは翼を失ったように地に落ちた。

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