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第27話 負の覚醒

 ――グルォオオオッ!

 ――グルァアアアッ!


 ……そこから、どれだけの時間が経ったのだろうか。


 ズキズキと痛む右脇腹を抑えて、【風迅の翼】や滑空攻撃を回避・防御するが……。

 一気にでこそないものの、確実に積もっていくダメージと疲労。


 肉体面だけでなく、徐々に徐々に精神面でも追い込まれていき――。


「おいベル! しっかりしろ! 大丈夫か!?」


 ずっとカミラさんの声は飛んでいる。イサクと大福兄弟もそうだ。


 ただ、少しづつ聞こえづらくなっていないか?

 足に力は入るし、魔力操作も問題ないが、何か頭の方がボーッとし始めていた。


 また耳だけでなく、視界の方まで調子が悪い。

 イサクや大福兄弟が、必死の形相で剛速球の石を投げているが……。


 援護をする仲間の姿と、当てられたワイバーン二体の姿が微妙にブレていた。


「血を流しすぎた……のか」


 ふと脇腹を再確認すると、前よりも道着の赤く染まった部分が増えている。


 切れた帯ごと右手で強く抑えても、血は止まってくれない。

 一秒一秒と経つにつれて、流れる血とともに意識も遠くなっていく。


 ……あれ? もしかして俺……このまま死ぬのか?


『道場破り』や遊び半分だったピケの襲撃とは違う。

 今度こそ本当の意味で“バッドイベント”だったのか?


「……、」


 ――その時、なぜかストンと心の中で“何か”が落ちた。


 いまだ一人、あの世に片足を突っ込んだ危機的状況にあるというのに、

 諦めなのか何なのか、自分でもよく分からない感覚が突然、芽生えたのだ。


「……?」


 さらには体。

 脇腹を中心に痛みは感じるも……なぜかそれだけではない。


 心も体も明確に“死”を意識してから。

 体の内側に、いや奥底に、得体の知れない“何か”が生まれた。


 ――魔力とは違う。アレは体中をサラサラと流れて巡っていくものだ。


 それよりももっとドロドロとした、粘っこい液体みたいな感覚である。


 異世界道場生活で一度も感じたことのない、“異物”とも言えるもの。

 それがへその奥(?)を中心に、徐々に手足の末端にまで広がっていく感覚が。


「あ、れ……?」


 そして、一呼吸置いてから。――それは“一気にきた”。


 まるで知覚できる汗のように。

 全身の毛穴という毛穴から、ドロドロとした感覚のそれが噴き出してくる。


「んな――」


 瞬間、俺の視界が“真っ黒”に染まった。


 目などつむっていない。瞬きさえしていない。

 傷を負っても力強く空に羽ばたく二体のワイバーンを見ていた視界が――黒一色に塗り潰されたのだ。


 ……一体何が? 急にどうなっているんだよ?

 俺の疑問を一切無視して、それは体の内から皮膚へ、そして体外へと次々に放出。


 黒い“もや”みたいなものが突然、現れたと思ったら……俺の体全てを飲み込んでしまった。



 ◇



「(何だ、これ……?)」


 脇腹に傷を負い、窮地に陥っていた俺の体に。

 痛みともダメージとも疲労とも違う、新たな“緊急事態”が起きていた。


 ……いやリアルガチでどうしたっていうんだよ?

 血を流しすぎて頭がボーッとしているのを差し引いても……今の状況は意味が分からない。


 突然、俺の体から噴き上がった“黒い靄”みたいなもの。


 それによって一時的に視界が真っ黒に染まり、そして今は少しだけだが元に戻っている。


 極寒の中で運動した際、体の放熱から出てくる湯気。

 それと似たような感じで、道着を着た俺の体からは、真っ黒な靄がゆらゆらと出ているのだ。


「つうか、今のは……?」


 あと、もう一つ。

 謎の黒い靄に包まれた時――なぜか元の世界の“ブラックリーマン時代の記憶”が蘇った。


 クソな小太り上司やクズな先輩の顔に、ほか数名。

 さらには深夜のサービス残業に、ぎゅうぎゅう詰めで身動きが取れない満員電車の状況まで。


 こちとらもう、永久に忘れ去りたいというのに。

 噴き上がる黒い靄と一緒に、それらが一斉に脳内でフラッシュバック。


 呼吸が詰まるほどに胸が締め付けられる思いがして……だいぶ気分が悪いぞ。


 ――って、今はそれどころではないか。……少し冷静になろう。


 俺は急いで意識と視線を空に向ける。

 すると王者のごとく滞空したまま、こっちを睨むワイバーン二体の姿が。


 ……おそらく、向こうも突然の事態に驚いたのだろう。


 例えるなら“怪奇現象”か。

 あれだけ俺(獲物)に隙はあったはずなのに、何も仕掛けてきていないからな。


「ベルお前!?」

「ベ、ベル君!?」


 そして、驚く者は他にもいた。

 というか俺やワイバーンよりも、窪地の上にいるカミラさん達の方が驚いている様子で……?


 まるで【岩己(ロック)】でも使ったかのように、体だけでなくその表情まで固まっていた。


 ……とにもかくにも、だ。俺の中に急に生まれ落ちた謎の黒い靄。

 体内に流れる、もはや慣れた魔力とは違い、ドロドロとした液体みたいな感覚は残ったままだ。


 ――グルォオオッ!

 ――グルァアアッ!


 空中にいるワイバーンは威嚇してくるも、まだ仕掛けてはこない。


 むしろ逆だ。

 よほど黒く染まった俺を警戒しているのか、さっきよりも少し距離を取っている。


 少しだけ冷静さを取り戻した今、自分自身から感じるのは“禍々しさ”。

 色的にも雰囲気的にも、こんなカオスなヤツを前にしたら……そりゃ迂闊には手出しできないのも納得だ。


 ――――…………。


 結果として訪れた森の静寂。ついさっきまで激しい攻防が行われていたとは思えないほどだ。


 そんな中、次に言葉を発したのは班長のカミラさん。

 至極戸惑った様子で、絞り出すような声が――戦場である巨大窪地に響く。


「ベル、お前何で……“属性を獲得してる”んだよ!?」

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