第26話 乱入の行方
「ぐぬぅ……ッ!」
別のワイバーンが乱入し、カオスな状況に陥った俺達カミラ班。
戦場となった直径三十メートル以上の窪地から、まずイサク達を逃がすべく俺とカミラさんが囮役となる。
……のだが、そう簡単にはいかず、
ズドドドォッ! と。
ワイバーンの固有魔法、【風迅の翼】が連発されて頭上から襲いかかり――まだ誰も逃げられていない。
「チッ! さすがにこの猛攻で逃がすのはキツイぜ……!」
連発される空気の塊を避けて、金髪をなびかせながらカミラさんが言う。
滑空攻撃ならまだしも、遠距離かつ連発可能な【風迅の翼】では隙がなし。
囮の俺達だけでなく、逃げることに納得したイサク達にも降り注ぐ攻撃。
一体だけならまだ何とかなるが……二体を同時に相手にしては厳しい。
「くそっ、【空爆拳】を警戒してるのか……?」
地上にいる俺達に向けての魔法の連打。
基本は二体同時だが、たまに片方(最初の小さい個体)だけが、滑空攻撃を狙ってくるも――俺には“絶対に仕掛けてこない”。
……どうやら、ワイバーンは想像以上に頭が良いようだ。
ゴブリンやコボルドといった低位の魔物との差は、別に戦闘力だけの話ではなかったらしい。
空中での立ち位置一つ取ってもそうだ。
最初はただ並ぶだけだったのに、今では常に挟み撃ちの位置関係を保っているぞ。
「ここは凌ぎどころだぜお前ら! 魔力消費は多いからどこかで必ず休む。そこで一気に駆け上がれ!」
「「「は、はい!」」」
イサクと大福兄弟は答え、襲いくる【風迅の翼】と滑空攻撃を回避。
避け切れない攻撃は急所だけは避けて、【岩己】や【鉄己】で何とかガードしている。
二体合わせて『灰帯』十人と同等以上――。
片方のサイズを無視した上での単純計算でも、俺達の倍以上の戦力を前に、回避と防御に徹して隙をうかがう。
「――! 今だ走れッ!」
猛攻を耐え続け、怒声にも似たカミラさんの声が響くと同時。
二体ともが滑空攻撃の動作に入ったところで――イサク達が背中を向けて走り出す。
日頃から鍛えているから駆け上がる筋力は備わっている。
あとはほんの少し、数秒でいいから時間を稼ぐだけ。
「ベル!」
「おうっ!」
即座に俺は滑空中の一体の方へ。
モフモフ狐なイサクを狙った、デカイ方(ハズレ)のワイバーンの正面に陣取って――。
グルォオオオッ!
「【空爆拳】!」
直後、真正面からぶつかり合った鋭利な鉤爪と小さな拳。
どちらも自身の魔力が漲り、攻撃性を宿したそれは、ドパァアアン! という強烈な破裂音の発生源となる。
「痛ぅ……ッ!」
そして拳に走る痛み。
思わず顔をしかめ、相手の攻撃の勢いのまま転がされてしまうが……。
顔や首にかかった赤い飛沫。
視界の隅でぶつかり合った箇所を見れば、鉤爪の一本が根元から粉砕されていた。
――つまり、俺の勝ち。それも完全に、だ。
拳を少し痛めたものの、【軟弱防御】が発動した俺よりもダメージは向こうが上。
そして、何よりも。
「や、やった!」
「うおおぉいっ!」
「何とか成功だぃい!」
なかなかに傾斜がキツイ窪地から、イサクと大福兄弟が脱出。
走った勢いのまま、三人揃って森の中へと逃げ込んでいく。
……よし、万事上手くいったな。カミラさんの方も足止めに成功したようだ。
「あとは俺達、ですね」
「だな。こっからが正念場だぜ」
これで二対二。囮役はもういない。
ここから生きて帰るならば――自力で何とかするしかない。
◇
――第二ラウンド開始。
倒すのではなく逃げるべく、残る俺とカミラさんは空の支配者と対峙する。
ちなみに、ここで明確な“ある変化”が。
途中で乱入してきたデカイ方のワイバーンが、完全に俺だけをロックオン。
やはり自慢の鉤爪……だけでなく翼竜のプライドも傷つけたからか?
目は血走ってノドは唸り、鼻息荒く上から俺を睨みつけているぞ。
「何ちゅうカオスな顔とオーラだよ……。爬虫類の比じゃないぞアレ」
この異世界にきて、黒帯筆頭のピケに次ぐ圧力と恐怖だ。
……ただ、そのピケは遊びだったので……実質、コイツが一番か。
そんな怒れるワイバーンから、荒々しい【風迅の翼】の連射攻撃が。
もう標的が俺だけになり、その連射が集中した結果――。
「ぐおッ!?」
避け切れずに右肩に一発だけ被弾。
最初の個体よりも全てが大きいせいだろう。
より重くて強烈で、一瞬、息が詰まるほど体に響くものだった。
く、くそ! できれば【軟弱防御】での魔力消費は抑えたいのに……!
支給品の『魔仁丸』は、班長のカミラさんが腰に提げているとはいえ、だ。
所詮は五粒だけなので全然、無限でも何でもないしな。
「ったく、上からズルいな! ビビってないで下りてこいっての!」
肝心の【空爆拳】は通用する。
だが上空からの攻撃だと、こっちはまるで手出しができない。
ここで俺は久しぶりに、魔法さえ使えれば……とないものねだりをしてしまう。
「――ワッショイッ!」
と、その時だった。
カミラさんの掛け声が聞こえて、自分の敵を視界に入れつつ見てみたら。
行われたのは道場の門弟、というより“サーカスの団員”。
ワイバーンの滑空攻撃の噛みつきを避けたと思いきや、カミラさんは片方の翼を掴んで――曲芸みたいにクルクルと。
厳しい体勢ながらも放った、【かかと落とし】の反動も利用。
上昇する途中にタイミングよく翼から手を離して、窪地の斜面の中間地点に着地した。
そして敵が見失った隙に、残りを駆け上がって上まで到達してしまう。
「す、すごっ……!?」
軽やかな動きで、お先に危機を脱したカミラさん。
それに俺も続きたいところだが……さすがにアレの真似は無理だ。
「ベル、早く上がれ! ここまできたら援護してやる!」
森には入らず、カミラさんは窪地の上で待ったまま。
さらに一度は森に入ったはずのイサク達も、再び出てきて上にいる。
……どうやら最後の俺のために、ワイバーンの注意を引くつもりらしい。
遠距離攻撃はないから、これが皆ができる最大のサポートだ。
俺は仲間の姿を見てうなずくと、二体の強敵に視線を移す。
「……おいおい」
が、しかし。
現実は厳しく、仲間の存在も空しく。
鉤爪を破壊されたデカイ方も、最初からいた小さい方も。
どちらのワイバーンも、背後にいる仲間の死体ごと俺の方だけを睨み、威嚇していたのだ。
――そこへ再び降り注ぐ【風迅の翼】。
まだ魔力は余っているらしく、仲良く二体同時での発動だ。
「や、べ……!」
全ては避け切れない。
俺は急いで回避行動を取り、ここで“壁”としてワイバーンの死体を利用。
飛ばされた空気の塊の一つ一つが大きく、何発か肩を掠めるも、
信頼と実績の【軟弱防御】により“そこそこのダメージ”でやり過ごす。
「(二対一は無理ゲーだな。……リアルガチでさっさと脱出しないと!)」
覚悟を決めて、身を隠した死体から出る。
その際、技を一つだけ。
【風圧拳】を死体に打ち込み、動かぬ巨体がザザァッ! と三メートルほど移動。
大した時間稼ぎにはならないが、わずかに巻き上がった土埃も含めて一瞬、意識がそっちにいけば儲けものだ。
そして全力で走る。
毎日の『山道ダッシュ』で鍛えた足で、一か八か背を向けて駆け上がる。
――グルァアアアッ!
拓けた窪地の空間に響く咆哮。
背後から感じる圧力から、滑空攻撃を仕掛けてきているはずだ。
「させるかタコ助!」
ここで俺は振り返り、拳を【空爆拳】の状態に。
接近してきた小さい方に――寸でのタイミングで鉤爪と衝突させる。
ドパァアアン――!
今日イチの轟音が鳴り、ワイバーンの鉤爪ごと右足が弾け飛ぶ。
急反転からの反撃を受けて片足を失った相手は、バランスを崩してそのまま窪地の側面に激突した。
「よっしゃ――」
「おいベル……ッ!」
その直後。仲間の声と共に。
カウンターが決まり、つい喜んでしまった瞬間。
棒立ちとなった俺の全身に、立て続けに凄まじい衝撃が走った。
……犯人はデカイ方のワイバーン。
空中から狙いすましたように、これ以上ないタイミングで【風迅の翼】を撃ち込んできたのだ。
「ぐはァ!?」
何発当たったかは不明。
だが一度に複数回当たったために、【軟弱防御】がダメージすべてを発散しきれない。
「べ、ベル君!」
「ッ!?」
さらにピンチは終わらず。
デカイ方のワイバーンは急降下して――破壊された鉤爪とは逆足の鉤爪を突き出してくる。
「しまっ、」
痛みで動きが止まったところに、決まってしまう鋭利すぎた一撃。
わずかに上体を振って回避を試みるも、右脇腹と激突し――。
体中を駆け抜ける激痛。
そのすぐ後、この世界にきて初めて、攻撃を受けた箇所からじわじわと血が溢れ出す感覚が。
……ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ……!
チラッと右脇腹を見てみれば悲惨の一言。
引き千切られた道着と帯に、その周囲もすでに真っ赤に染まっていた。
「くッ……!」
痛みに耐えつつ、俺は一度窪地の底まで戻って再び死体の陰に隠れる。
周囲の状況を確認すれば、デカイ方のワイバーンは空に戻ってこちらを睨み、
足ごと失った小さい方も、血を流しながらも空に舞い戻っていた。
結局、状況は大して変わらず。……いや悪化したのか。
どっちの個体にも傷は与えても、俺自身もまったく軽くない傷を負ってしまったのだから。




