第25話 対空戦
「やるっきゃないか。きやがれドラゴンモドキめ!」
吊り橋を越えた先の窪地にて、ワイバーンとの戦いが始まった。
向こうも引く気はないらしい。
もう一体の死んでいた同族を、俺達が殺ったとでも思っているのだろう。
グルルァアア――ッ!
飛び上がり、空中で咆哮してからまた降下してくる。
足の鉤爪を突き出す姿勢で、中央に陣取るカミラさんをまず狙ってきた。
「「「「「!」」」」」
その迫力ある攻撃は、そばにいた俺達も含めて難なく回避。
鉤爪や図体が大きくても、動作も大きいために問題なしだ。
「けど、この感じ……!?」
空振った滑空からの攻撃を見て、伴う強烈な風も感じて、すぐさま理解させられた。
これは……喰らったらマズイな。
大きな魔力が『魔体流』の門弟みたいに足(鉤爪)に集中し、圧縮された一撃は相当な威力だぞ。
「お前ら下手に受けるなよ! 【前蹴り】よりも威力は数段上だぜ!」
カミラさんの注意も飛び、改めて気を引き締める俺達。
一方、完璧に回避されたワイバーンはというと――再び飛び上がり、同じ攻撃を仕掛けてくる。
「ッ!?」
ただし、さっきよりも断然“速い”。
たった一回の攻防で当たらないと判断したのか?
より近い間合いから、空中での助走をつけずに鉤爪を突き出してきた。
瞬間、ガガッ! と擦ったような音が発生。
見れば回避したカミラさんとイサクが、二人同時に【手刀】を上手く合わせたようだが……。
「硬えな!」
「硬いっ!」
結果はすぐに二人の口から知らされた。
その反応と今の音を聞く限り、あまり効いていないようだ。
……マジか。予想以上に纏う鱗が硬いらしい。
ナチュラルに【鉄己】でも使ったような硬度が、あの翡翠色の鱗にはあるってわけか。
――加えて、懸念材料としてはそれだけではない。
「くっ! リアルガチで戦いづらいな……!」
相手はワイバーン、つまり空を飛んでいる。
いつもなら人間か獣人、二足歩行のリザードマンが相手のところ、
今は常に視線も首も上に向けて、空中の相手と初めてやり合う状況だ。
何か跳躍系の技が使えれば楽なのだろうが……残念ながら俺達の中には使い手がいないからな。
『魔体流』の門弟として一月近く。
改めてだが、この相手に肉体一つで挑むとはスゴイ話だぞ。
「【風圧――拳】!」
だからこそ、持っている手札で何とかせねば。
また上から飛び込んできた巨体を避けて、俺は頭を下げて翼の下を潜りながら。
すれ違いざまに【風圧拳】を一突き。
捉えた掌底から巨体を弾き、ワイバーンのバランスを崩して――。
「!? ――って持ち堪えるのかよ!」
たしかに翼膜部分に当てはした。
だがこれまでの相手の中で最も巨大で重く、何より真っすぐ的確にヒットできなかったために。
一瞬、バランスが崩れただけ。
二つの翼が空中で激しく羽ばたき、瞬時かつ器用に体勢を立て直されてしまう。
バランスを崩して墜落させ、五人で一斉にタコ殴りにするつもりだったのに……見事に失敗に終わったようだ。
◇
「気をつけろベル! ――くるぞ!」
「えっ?」
俺の作戦が失敗したその時。近くのカミラさんから声が飛ぶ。
何かと思って上を見ると、その場に“滞空”していたワイバーンが――片方の翼を大きく振るった。
直後、バチン! と全身に走る衝撃。
【軟弱防御】で威力は自動で発散させるも、かなり重たい一撃を受けて俺の体が吹っ飛んだ。
「ッぐ……!」
勢いのまま背中から着地して、すぐに立ち上がって攻撃を放った相手を見る。
【風迅の翼】。
技ではなく、ワイバーンという種族が持つ“魔法”の一つだ。
翼を振るって空気の塊を高速で撃ち出す、種族固有の【風魔法】である。
「思ったより重いな……! こっちもリアルガチか!」
頼もしい【軟弱防御】があっても、だ。
滑空攻撃と比べれば軽そうでも、そう何度も受けたくはない一撃だぞ。
それが立て続けに放たれて、次は硬化した大福兄弟からガキィン! という被弾音が。
その音を聞けば、この魔法攻撃もかなりの威力だと耳で分かる。
「マズイですね。上空から連発されたら、あっちは攻撃し放題で……」
「いや、そこは大丈夫だイサク。アレは結構、魔力を食うからな。基本はさっきの滑空からの接近攻撃だぜ」
イサクの心配に、班長らしくカミラさんが冷静に答える。
それが正しいと証明するように、ワイバーンは翼を羽ばたかせると、
一気に急降下して、強靭な顎での噛みつき攻撃を行ってきた。
動作は多少、大きいために誰にも当たらない。
逆にこっちはタイミングを合わせて、カミラさんとイサクが足技のカウンターを当てるも……やはり威力不足を露呈してしまう。
――となれば、どうするか。自然と皆の視線が俺の方へと向く。
時間をかけて、同じ個所を執拗に攻撃すれば崩せはするだろうが――。
「了解。ピケ戦から急成長した、俺の【空爆拳】の一発なら!」
他の『灰帯』と比べて、基本の体術やスピード、反応速度は負けている。
門弟としての総合力も、まだ下から数えた方が早いと思う。
だが一点、“攻撃力”。
唯一のダメージ技である【空爆拳】については、今や『灰帯』でも“圧倒的”との評価だ。
グルァアアアッ――!
ワイバーンが咆哮して空気を震わせ、また急降下してくる。
太くて鋭利な四本の鉤爪を突き出して、一直線に接近してきたところに、
人差し指と中指の付け根を中心に込めた魔力。
親指は握り込み、縦拳の形で――脇を締めて拳を突き出す。
「【空爆拳】!」
ギリギリを見極め、リスクを冒して胴体に近づき、決めようとした瞬間。
ブォオン! と。
あの強烈すぎる破裂音ではなく、ワイバーンの翼が空気を叩く音が鳴る。
――当たる寸前、避けられた。
真っすぐきていた巨体が、急浮上して空へと舞い戻ったのだ。
……迎え撃った攻撃は空振りで失敗。だが、俺はつい笑ってしまう。
攻撃を中断してまでとった、初めての緊急回避行動。
それはつまり、ワイバーンが“危機”を覚えたからに他ならない。
「なるほどね。お前のその巨体と鱗の鎧でも、喰らったらマズイってか」
どうやら活路は拓けたらしい。
まだ当ててもダメージを与えてもいないが、たしかな自信が俺の中に生まれた。
◇
――グルルォオオオ……!
「……は?」
中位の魔物のワイバーンとも充分、やり合える。
そう思って自信を持った矢先、それは俺の耳に届いてきた。
……微妙に違うが、間違いなくワイバーンの咆哮だ。
相手を威圧させる、もはや音の攻撃と呼んでもいいものである。
ただ、それを今さら聞いて戸惑うはずもない。……“自分達の上にいる個体から”であれば、だが。
「ウソだろオイ!? ざけんなって……!」
今日初めて、カミラさんが本気でうろたえた。
そしてそのカミラさんも、俺もイサクも大福兄弟も。
揃って班員全員が、咆哮がした方向を見てみれば、
翼を横一文字に広げて、徐々に近づいてくる物体の影――。
そう、ここにきてまさかの――“二体目”(死体を含めれば三体目)の登場だった。
しかも、皆で唖然としてその姿を見ていたら。
どう見ても一回り大きな巨体。
死んだワイバーンと襲撃してきたワイバーン、三メートル超えのどちらも“子供だった”と思わせるようなサイズがあった。
「む、無理ゲーだろこれ……」
本当のゲームだったらコントローラーを叩きつければいいだけの話。
だが残念。これは正真正銘、現実だからな。
一体で『灰帯』五人と同等以上。なのにもう一体、追加されたらどうなるのか?
……バカでも分かる。どうやっても勝てないと。
たしかに【空爆拳】という、相手を倒せるだろう『オリジナル技』はあるが……。
まだ当てていないので、一発でどの程度効くのかは未知数だ。
「……お前ら、逃げろ。ウチが囮になるから、その隙に窪地を駆け上がって森に逃げ込め」
「!? 何言ってるんだよカミラさん!」
カミラさんの言葉、というか命令に、俺はつい声を荒げてしまう。
もう一体が乱入したこの状況で戦い続けるのはキツイ。
背中を見せて、隙を生んでも逃げた方が生存確率は高いだろう。
――だが、
「なら俺も残ります。自分で言うのも何ですが、俺の存在は相手からしたら厄介ですから」
「ハァ!? 何言ってんだベル! 班長命令は聞けとヘイゼル師範も――」
「お断りです。『道場破り』でハメられた恨み――今ここで“命令無視”で晴らします!」
「! おまっ……!?」
慌てた様子のカミラさんをスル―して、俺は低く半身に構える。
すでにワイバーンは現場に到着し、空中で最初の個体と並んで滞空していた。
とにかく、だ。
イサクと大福兄弟を逃がして、このカオスな状況を一人でも多く突破しなければ。
「なら僕も――」
「ダメだ。誰かがまず逃げなきゃ全員で戦うのと変わらないだろ」
と、毛が逆立ったままのイサクを目と言葉で制する。
同じく、何か言いた気な大福兄弟も制して……感情を飲み込んでもらう。
「仕方ねえ。ならウチとベルで足止めするぜ。その隙にお前らは森まで駆け上がれ」
「そういうこと。まあ、遅れて合流したらたっぷりモフってやるさ!」
「ふ、二人とも……!」
ワイバーン二体と三人の直線上に、俺とカミラさんは立ち位置を移す。
……さあ、もうやるしかないぞ。多分、これが最善の手だろう。
こうして、足止めする者と逃げる者――二手に分かれて戦いは仕切り直しとなった。




