第23話 森を調査せよ
「各班ともに準備はよいな? では森の安寧のため――いってまいれ!」
『本道場』よりお達しがきて、森エリア周辺の魔物の領域の調査が始まった。
狩り出されたのは当事者である『白帯』と『帯なし』。
そして、一つ上のエリアで隣接する俺達『灰帯』だ。
「“これも稽古の一つと思え”ねえ。たしかに経験値にはなるか」
「だねベル君。何せ低位の魔物だけでも、エリア近くで群れているって話だしね」
屈伸しながらの俺の声に、隣のイサクがやる気に満ちた声で言う。
『魔体流』から『灰帯』を授かった全八百四十名。
それが百以上の班を組み、今回の調査に当たるのだ。
――で、俺はまさかの陰キャで仲間外れ……なんて恐ろしい事態はなく。
イサクにトロイ&テッドの大福兄弟に。
同じ釜の飯を食い裸の付き合いもある、いつも一緒の面子と組んでいるぞ。
「じゃあいくか、お前ら。お姉様の忠告はちゃんと聞くんだぜ?」
そして、もう一人。
『灰帯』を指導するヘイゼル師範が“最低でも五人”と決めたので。
あと一人足りないところに入ったのは――言動全てが男勝りな女性門弟だ。
そう、あの金髪エキゾチック顔でプルプル唇でモデル体型な、『道場破り』で俺をハメたカミラさんである。
「どうしたベル? んな番犬みたいな顔して。さてはウチと一緒で嬉しいんだな!」
「いや違う! むしろ逆! この『魔体流』イチの悪女め!」
「おいおい、酷い言いようだな。まあとにかく、ウチがいるから安心しろって。アッハッハ!」
と、俺の態度も何のその。
カミラさんは男っぽく笑い、肩をポンポンと叩いてくる。
……たとえ美女でも正直、気持ち的には複雑だぞ。
ただ、“命を預け合う”仲間と割り切れば……たしかに頼もしくはあるけど。
悔しいかな、実力的には俺達の中で一番上。
次の昇格試験で『茶帯』確実と言われているので、文句なしに班長となっている。
その班長から副班長に指名されたのはイサクだ。
俺や大福兄弟と比べると、冷静で視野も広いから適任だろう。
んで、俺はただの班員だが……一応『灰帯』の一員だからな。
今回の合同調査は実力的に考えて、俺達『灰帯』が中心となってやる感じだ。
「下の階級と違って『魔仁丸』も配布されたしな。これは大事に使わないと」
班長のカミラさんの細い腰に提げられた布袋。
そこには一人一粒、計五粒の丸薬(飲み込んで魔力回復するやつ)が入っている。
なのでいつもと比べれば、魔力切れの心配は薄まったと言えるだろう。
――というわけで、準備はオーケー。装備に関しては、そもそも道着と草履だけだ。
料理番達にも、安全祈願の塩を頭に振ってもらったしな。
日頃から稽古漬けの八百四十名の『灰帯』は、一斉に『剣山』の中腹から下りていく。
◇
「ウチらの担当は“南西”か。こりゃ他と比べると厳しめだぜ」
行列となって『灰帯への道』を下りて下山した後。
道場や寮がある森エリアまでは南下せず、麓から各地に散っていった他の班を見ながら、我らが班長のカミラさんが言う。
「え、何か方角で違いがあるんですか?」
「そりゃそうさ。山にも生息分布があるように、森にも場所や方角ごとに違いはあるぜ」
俺の疑問に、カミラさんが首を縦に振る。
現在、異変が起きて魔物の生息域にズレがあったとしても。
これから俺達が向かう南西は、変わらず魔物の数が多く、密集度も高いと思われる。
『大地の傷』と呼ばれる巨大な亀裂。
断崖絶壁のような場所が存在し、そこは特に魔素(魔力の源)が濃いようだ。
「ワイバーンが目撃されたのも南側だしね。皆、いつもの稽古以上に気を引き締めていこう」
副班長のイサクがキリッとした強い目で森を見る。
……早くも赤茶色の尻尾の毛が逆立っているぞ。
山エリアを出た時よりもさらに気力に満ちていて……今、モフったらリアルガチで怒られそうだ。
「(まあ、この分なら大丈夫そうだな)」
ぶっちゃけ、完全に止んでいる風は不気味ではある。
『帯なし』の時は結構、ピューピュー吹いている印象だったからな。
それでも、この面子と人海戦術があるのだから――きっと問題ないはずだ。
俺はカミラさんやイサクに続き、大福兄弟と並んで森の中へ。
相変わらず無秩序かつ鬱蒼と茂る木々。足元は根や石でデコボコしていて、視界的にも足場的にも、山より少し戦いづらいだろう。
カミラ班が担当するエリアはまだまだ森の奥。
まず手前の『白帯』の担当エリアを抜けるべく、等間隔で幹に刻まれた印を辿って進む。
「――ん? あれはまさか……ルディとイケメン兄弟とヤ○―知恵袋じゃないか!」
と、進み始めて数分と経たず。
森の異変の調査の前に、思いもよらぬ発見が。
俺達が突っ切るルート上のエリアを調査する班の中に、仲良くしていたヤツらがいたのだ。
しかも、全員が『白帯』。
同時期に昇格したルディ以外の三人も、腰に帯を締めているではないか。
「こらベル。よそ見すんなって。もう魔物の領域だぞ」
「あ、すいませんカミラさ……って顔近ッ!?」
つい気がそっちにいってしまった俺に対して。
カミラさんがずずい、と顔(と胸)を近づけて注意してきた。
お、おのれ……! ここでもしれっと色仕掛けか!?
恐るべし悪女先輩め。髪から香る女性の匂いも相まって、気を抜けばクラッといってしまいそうだぞ。
……とまあ、仲間に精神を揺さぶられても、鋼の精神で集中集中。
ルディ達と久しぶりに喋りたい気持ちを抑えて、引き続き『始まりの森』を南西に向かう。
「む、ゴブリンか。――よし、やっちまえ野郎ども!」
その道中、全身トゲトゲのゴブリンの群れ(もちろん亜種)と遭遇。
班長のカミラさんの指示を受けて、俺達男衆がそれぞれ討伐に当たる。
ザグン! ザシュザシュッ! ――ドパァアアン!
亜種でも所詮はリザードマンにも及ばぬ低位の魔物か、あっさりと一撃で死亡。
緑の小鬼の体は、手に持つ棍棒で抵抗の一つもできずに沈んだ。
「……ねえベル君。何かピケ様と拳を交えてから……一段と威力が上がってない?」
「同感だい。あれから一週間にしては技の練度が……」
「あと兄じゃ、“音”もな。やたら鼓膜にビリビリくるぞい」
俺の【空爆拳】を見て、なぜか少し引き気味(?)なイサク達。
むむっ、そうなのか?
稽古の時はあまり当たらないし、今回は相手が弱すぎたから……どうもピンとこないな。
まあでも、破裂音に関しては納得だ。
俺自身も顔をしかめるほどクソうるさいと思うし。
「いいねえベル。成長してるじゃねえか。この後も頼りにしてるぜ」
カミラさんからはお褒めの言葉を貰い、戦闘を終えたらすぐにまた前進。
苔の絨毯を越え、蔦のカーテンをくぐり、齢千年の大樹も通り過ぎて。
ゴブリンやコボルトとの戦闘を挟みつつ、鍛えた足腰で森を踏み締めて目的のエリアを目指す。
「おおっ!」
そうしてたどり着いたのは――急に拓けた“とある場所”。
鬱蒼とした木々が途切れたと思ったら、目の前には断崖絶壁、巨大な亀裂が現れた。
「ふう、やっとか。マジで遠かったぜ……『大地の傷』!」
先頭を歩くカミラさんの声が、その巨大な亀裂に響き渡る。
麓から歩いて三時間。ここがまず目標の第一ポイントだ。
「り、リアルガチでデカイな……」
「深さ三百メートル、幅二百メートルはあるからね。全長なんて五十キロ以上もあるんだよ」
「まさに自然が、いや神が創りし特別な場所だい」
「体を固めりゃ骨折で済むが……。這い上がれないから結局、落ちたら終わりだい」
雄大な自然を前に、それぞれの口から感想が漏れる。
元の世界で言えばグランドキャニオンか。
全面赤土色で、緑が一時的に途切れた乾いた大地は……凄まじい迫力だぞ。
「ウチらの担当はここから先だ。あそこの橋から渡るぞ」
「え? あ、アレですか……」
カミラさんが指し示した橋を見て、俺の上がったテンションがガタ落ちする。
正確には“吊り橋”だ。
鉄筋コンクリートではなく昔ながらの木造の吊り橋が、どうやったのか二百メートル向こう側まで渡されていた。
「……む。何かいるね、渡った先に」
と、ここで。
『大地の傷』に沿って吊り橋に近づく途中、前にいるイサクが狐な鼻をヒクヒクさせる。
「もしかしてワイバーンかイサク?」
「はい、そのようです班長。でもこれは……?」
カミラさんの問いに、イサクが困惑した様子で答えた。
聞けば翼竜独特の臭いに、“血の臭い”が色濃く混ざっているらしい。
「とにかく渡って確かめるか。ビビんなよベル?」
「だ、大丈夫ですって。こちとらカオスな『道場破り』を経験したんですから!」
俺はつい強がってしまうも、本音を言うと少し怖い。
危険なワイバーンではなくて、高所恐怖症からくる吊り橋の方がだ。
とはいえ、渡らない選択肢はなし。
班長のカミラさんの後を進み、吊り橋のところまできて、深呼吸してから一歩踏み出す。
――ギシギシィ……。
不安を煽る音と揺れが足元から伝ってくるが、前を歩くイサクの尻尾だけを見る。
幸い魔物は吊り橋にはいない(ここで襲われるとかゲームだけ)なので、癒しのモフモフのみに集中する。
――グルァアアア――!
「「「「!?」」」」
「……ウソーん」
だが、それはちょうど吊り橋の中央付近まできた時に起きた。
このまま無事に渡りきれる、と思いきや。
その望みを打ち砕くように突然、強制イベントが発生。
後方から待ってました! とばかりに、恐ろしい咆哮が耳に届いてきた。
おい勘弁してくれよ!? いるのはこの先じゃないのか……!?
急いでバッ! と振り返れば、青空には雲以外の物体が。
その小さな敵影はどんどんと大きくなり、真っすぐに吊り橋を目指して飛んできている。
もはや説明不要。事前に存在も把握していたしな。
まさかもまさか、考えうる限り最悪のタイミングで――中位の魔物のワイバーンが現れたのだ。




