第22話 魔物の領域
前半が第三者、後半が主人公視点です。
「これぞリアルガチ! オラの真の力だべ!」
「くッ!? なんてカオスな攻撃だ……!」
『魔体流』第一のエリア――『始まりの森』。
その円形広場にある『森の道場』に、今日も激しい技と声が響く。
……中でも技・声ともに激しいのは、熊人族のルディ=クゥだ。
誰よりも恵まれた、濃紺の毛に覆われた二メートル半の巨体をもってして。
手合わせする稽古相手(『白帯』)を、真正面から力で押して圧倒している。
「アイツ、リアルガチでやるな……」
「最近上がってきたばかりなのに……。たしかにリアルガチで強いぞ」
そんなルディの動きを観察して。
口を揃えて驚くのは、腰に『白帯』を締めた先輩門弟達だ。
すでに習得している基本技の【手刀】と【岩己】は、威力も精度もさらに上昇。
また、早くも新たな技を一つ習得済み。
もう一つの取りかかった技の方も形になりつつあるなど、目を見張る急成長を見せていた。
「ワッショイ! だべ!」
「ッおう……!?」
ルディの実戦形式の稽古での圧倒は、相手が入れ替わっても同じ。
攻めても受けても迫力ある技と体。
普通ならついていくのがやっとの先輩門弟相手に、昇格したてのルディが危なげなく倒していく。
――その濃紺の巨体には、誰が見ても気力と魔力で満ち満ちている。
ただ、それは圧倒する側のルディ以外も――他の門弟達も同じである。
あと一月を切った『灰帯』への昇格試験。
ルディも他の門弟達も、いきなりその『灰帯』へと上がった“どこかの誰か”に触発されて。
いつも以上に気合いが入り、稽古量もかなり増えていた。
「今回こそ必ず受かる! リアルガチで受かってやるぞ!」
「お前がかあ? そりゃ無理ゲーってもんだろうよ!」
「いやいや、そういうお前もだろ。二人は落ちてカオスな空気に、逆に俺は受かって天国気分さ!」
……そして、もう一つ。
これまたどこかの誰かの影響で、『森の道場』に流行し始めたいくつかのワード。
『帯なし』の『野道場』も似たようなもので、もはや半数近く(五百名以上)の門弟達が、きちんと意味を理解して使っていた。
「「「「ワッショイ――!」」」」
とにもかくにも、年三回行われる『灰帯』の昇格試験まで、あと一月を切っている。
『白帯』達の頭の中はそれ一色であり、他のことに構う余裕などなく――。
「大変だ! 森エリアの奥の方で――大変だぁああああ!」
そんな中、その報告は午前最後の稽古となる『森の長距離走』終わりに起きた。
森の小川で『白帯』達が休憩していたところ、同じ『白帯』の門弟一人が。
血相を変えた全力疾走で森を駆け抜け、汗だくとなって仲間のもとへと合流してくる。
「どうした? んなデカイ声を上げて」
「あと何だよ、その敗残兵みたいな表情は。とりあえずホレ、水でも飲めって」
「お、おお! ありがとう……!」
竹筒に入った水を渡され、その門弟は乾いたノドに勢いよく流し込む。
そうして一息ついたところで――周囲にいる仲間達に向けて言う。
「リアルガチで大変なんだよ……! 森エリアの奥で“ワイバーン”が出たんだよ!」
◇
「わ、ワイバーン……?」
「そうなんだよベル君。森エリアの外に広がる魔物の領域に、あのワイバーンが現れたみたいなんだ」
その情報は森を越えて、北にそびえる『剣山』にいる俺達のもとまで届いてきた。
本来はいるはずのない中位の魔物、ワイバーン。
それが森の上空に姿を現したことは、衝撃の情報として『灰帯』全員にも共有された。
「ピケが前に言ってた森の異変ってやつか? 結局、アレってどうなったんだ?」
「ピケ様ね、ベル君。……うーん、どうだろう。特にあれから大きな動きはないみたいだし……」
俺の問いにイサクが首を傾げる。
原因不明の緊急事態を受けて、あれこれと考えているらしく、
密かに道着から出た尻尾をモフっても……空を見上げたまま気づかないほどだ。
――ちなみに、今は『山道ダッシュ』を終えての休憩中。
イサクと並んで地べたに座り、俺もない頭で考えてみる(もちろんモフりは続行中)。
黒帯筆頭のピケがこっちまで下りてきた“事件”はちょうど一週間前。
あれからきちんと調査はしたのだろう。
だがイサクの言う通り、特にどうなったかは情報として何も入ってきていない。
「つうかそもそも、“魔物の動きに異変があった”だけだろ? ゴブリンとかコボルドとか低位の魔物を中心に、生息域がズレたとかそういう話じゃ……」
「うん、だからワイバーンの出現は……だいぶ予想外だね。“高位に近い中位の魔物”まで出てきたら、事の重大性が跳ね上がったのは間違いないよ」
イサクは重々しくうなずき、狐人族なモフモフな腕で腕組みをする。
……ふむ、たしかにそうだよな。
しかも下から上がってきた話では、ワイバーンは亜種ではないらしい。
森も山も高原もその先も。
『魔体流』があるこの秘境の奥には、例外なく“亜種の魔物しかいない”のだ。
そこに“通常個体”が飛来したとなれば……まあ何かしら良くないことが起きているのだろう。
加えて、タイミングも悪すぎる。
森エリアの『白帯』は昇格試験が近いからな。
元の世界の受験生と同じく、彼らにとっては一番大事な時期なのだ。
我がモフモフ一号のルディとか、稽古に対する集中力が乱されていなければいいけど……。
「多分、近いうちに本格的な調査があるかもね。ピケ様の調査では原因は突き止められず、けど異変はより大きくなってしまった、と」
「ふむふむ。ピケは美人な付き人と遊んでたのかって話だよな」
「……だからベル君、ピケ様ね。もしかしたら、その時は隣接エリアの『灰帯』の僕達も狩り出されるかもしれないよ」
「おお、そうなのか。まあ下手に放置して、山の方にも異変が出たら困るしな」
どうやら今回の件、大事になりそうな予感がするぞ。
“俺っちがきたから大丈夫”――。
黒帯筆頭としてあれだけカッコつけといて、結局、一人じゃ解決できなかったピケは……って、まあ仕方ないか。
『始まりの森』の魔物の領域って凄まじく広大だしな。
この前『にわとり荘』の寮長に地図を見せてもらったが、日本でいう青木ヶ原樹海の比ではなかった。
ハッキリ言って、南米の“アマゾン級”。
このファンタジーな異世界にも、世界レベル(?)の大自然はあったようだ。
……にしても、ちょっとリアルガチで嫌な感じがするぞ。
馬車馬以上に働いてきた元ブラックリーマンだからか?
厄介なことには鼻が利くようになっているのかもしれない。
「(……あと何より、ベル=ベールマンになってからの俺の運命がなあ)」
カミラさんに誘導された『道場破り』とか、ピケの戯れとか。
結果的には良くても、基本、悪いことが立て続いたから……また何か起こりそうだぞ。
そんなイサクの予想と俺の嗅覚(と第六感)は――すぐに正しいと判明することに。
山エリアに情報が届いてから、わずか二日後。
秘境のさらに奥、『魔体流』の『本道場』より、稽古中だった俺達に対してヘイゼル師範を通して話があった。
『灰帯』・『白帯』・『帯なし』の三階級合同による一斉調査。
今回の森の異変を調べるべく、計“二千と九名”の門弟が総動員することになった。




