第20話 正体は
「う……うぅん……」
腹に残る痛みを感じながら、俺は目覚めた。
気づけば仰向けに寝ていて……視線の先には雲一つない快晴の青空が。
……あれ? 死んでいないのか俺?
謎の小さな黒ローブの男が突然、現れて、“お前らの命を頂く”と衝撃発言。
その言葉通りに襲いかかってきて、圧倒的な実力差で“敗北”したはずで――。
「おー、お目覚めか。よっく頑張ったな。褒めてやるぞー」
「……は?」
と、ここで。
横から俺の耳に届いてきたのは、あの黒ローブの男の声だ。
俺はすぐにババッ! と跳ね起きで起き上がる。
勢いをつけすぎて前のめりになりつつ、体幹で耐えて声がした方を見てみれば、
「……え?」
そこにいたのは黒ローブの男――ではなくて。
『魔体流』の白い道着に、その上から若草色の羽織を着て『黒帯』を締めた、浅黒い肌の小さな男だ。
あと、なぜか“もう一人”。
一体どこから現れたのか、男の隣に白いチュニックと黒ズボン姿の女性もいるぞ。
「うはっ、まだ全ッ然、元気じゃねーか。『オリジナル技』使いのベルさんよ」
「お疲れ様です。そしてご迷惑をおかけしました」
「よかったベル君。聞いたら一番、キツイ一発を貰ったらしいから心配したよ」
「最後にダウンした割には回復が早いぞい」
「【軟弱防御】さまさまだな。ったく、本当に羨ましい技だぞい」
さらに、その見知らぬ二人の近くに座って。
いつの間にか意識を取り戻していた、イサク達三人が落ちついた声で言う。
……おい、ちょい待てって。リアルガチでどうなっているんだよ?
ついさっきまで、“四対一の命のやりとり”をやっていたんじゃ……。
「混乱してっな。んじゃー狐人族君。また相棒君に説明よろしく」
「は、はい! かしこまりました!」
黒ローブを脱いだらしい、羽織と道着姿の男の声を受けて。
座ったままだが、直立不動みたいな感じになるイサク。
モフモフ筆な尻尾をピンとさせて、緊張した様子で男の紹介をし始めた。
――――――…………。
そのイサクの説明を受けて、飲み込んで。……俺はたまらず一言。
「げ、“現役の黒帯筆頭”ぉおおお!?」
謎の男の正体は、まさかの本物の黒帯筆頭。
『漆黒の餓狼』とかいう破門された元門弟ではなく……シンプルに現役で本物だったのだ。
『小炎帝』ピケ=ジュライム。二十一歳。
サーファーみたいな浅黒い肌と、百四十センチの低身長が特徴的なこの男は、
わずか十九歳で『黒帯』のトップに立った実力者であり――そしてさらに、
「け、拳聖の“孫”ぉおおお!?」
続けてまた一言、俺の口から飛び出てしまう。
突然、山の中に現れた小さくも強すぎる黒ローブの男。
その正体が実は黒帯筆頭で、なおかつ『魔体流』のトップに立つ拳聖の孫。
……そんな二つの事実があまりにスゴすぎて。
低身長なのは“母親が小人族”だから、という追加情報が……余計にどうでもよく聞こえましたとさ。
◇
「驚いてっなー。他の三人より反応がいいから……よっし合格! なんつって!」
「いや何言ってるんだ……ですか。そもそも何でこんな大物がここに? あんなリアルガチの芝居は笑えないですよ!」
無邪気に笑う黒帯筆頭のピケに、俺の心は安心と怒りのハーフ&ハーフだ。
本当に何だってんだよ、この貴族的(?)なお遊びは。
ハメられた『道場破り』といい、今回のニセ襲撃事件といい……。
そこに悪意はないとはいえ、俺は何か呪われているのではなかろうか?
「しかしピケ様。それなら普通に出てきてもらえれば、僕達も胸を借りて戦えて……」
「何言ってんだ狐人族君。ちゃんと格好から入って、殺気も見せないと本気の本気にならねーだろ?」
と、恐る恐るのイサクの問いに対して。
料理番お手製の爆弾(道場草餅)を食べながら、軽い感じで答えるピケ。
さらに、脇に置いてあった黒ローブを持ってひらひらさせて、
「だからコレも必要だったっつーわけだな。前にブッ倒した組織のヤツからブン取っといてよかったぞ」
「……はあ、そうだったんですか。もう完全に騙されましたよ……」
さっきまでのカオスな殺し合いが戯れと知り、ちょっとげっそりする俺。
――あ、そうだ。この面倒な人はひとまずさておいて、
俺が目覚めた時から加わった、もう一人の女性について触れておこう。
寮長や料理番以外で初めて見た、道着姿ではない金髪碧眼の彼女。
見るからに戦いとは無縁だが、凛とした顔と佇まいは女騎士みたいだぞ。
この人はいわゆる“付き人”だ。
頂点の拳聖に高弟、そして黒帯筆頭まで。
現在は上から数えて“十四人”の選ばれし者に、生活の世話をしてくれる付き人がつくらしい。
「う、うらやま……じゃなくて。そもそも何で山エリアに黒帯筆頭が? まさか俺の『オリジナル技』を見にきたわけではないでしょう?」
「まーたしかにな。あくまでベル、お前はついでさ。黒帯筆頭って結構、忙しいからなー」
俺達の分の爆弾をバクバクと食べ終えて、力水(山の湧き水)を飲んで一息ついてから。
ピケは山エリアまできた理由を説明――すると思いきや、
「よろしくスーちゃん」と、ただ一言。
やはりと言うか何と言うか、付き人の女性にブン投げた。
「――かしこまりました。改めまして、私はピケ様の付き人のスメイア=ロブと申します。ピケ様がここまで出向かれたのは、“ある情報”を掴んだからです」
美人な付き人、改めスメイアさんが説明してくれる。
実はここのところ、多くの魔物に異変が見られる――と。
最寄りの街でも、直線距離で百キロは離れている『魔体流』の秘境。
その一番手前に位置する森エリアの“外側”。
完全なる魔物の領域である『始まりの森』に、いつもと違う“不自然な動き”が起きているらしい。
「つーわけで、俺っちの登場ってわけだ。さすがにじっちゃんや高弟連中を呼ぶのはどうかと思ってな」
「なるほど、それは大変ですね。僕達は全く気づきませんでしたけど……ベル君はどう?」
「いや、特に話は聞いてないな。というか俺、森エリアの外には一歩も出てないし」
そんな噂自体も聞いてはいない。
……まあ、もしかしたらあったのかも知れないが……。
あの頃の俺は、異世界の道場生活に馴染むことで精いっぱいだったしな。
「『魔体流』は『漆黒の餓狼』の件も含めて、色々問題はあるっつーわけだ。――まーとにかく、俺っちが調べにきたから大丈夫だろ。お前ら『灰帯』は稽古だけに集中して精進しろよー」
「「「は、はい!」」」
「はい。……上には上がいると思い知らされましたしね」
イサクと大福兄弟は元気よく答え、俺はしみじみと答える。
一応、毎日の稽古で強くなった実感はあったんだけどな。
『魔体流』の門弟としては……なるほどたしかに“半人前”だ。
「んじゃー技も全部見たし、俺っち達はもーいくか」
「はい、ピケ様。今日中に森エリアの外に出て、調査拠点を決めておきましょう」
ピケとスメイアさんがすくっと立ち上がる。
そしてピケは俺達の肩をポンと叩き、その後ろでスメイアさんがお辞儀をする。
――こうして、嵐のように去っていった二人。
礼儀として山を下りて見えなくなるまで、俺達はその後ろ姿を見送った。
「……ふぅ」
少しはあった緊張がようやく解けて、俺は吐息を漏らす。
久しぶりの上司に対する部下みたいな感覚だったな。
とはいえ、元の世界の時と比べれば大した苦ではなかったけど。
“絶対的に強い”。――という、同じ門弟として尊敬できる点があるからな。
戦い自体は短かったが、『魔体流』の使い手として雲泥の差がそこにはあった。
「まさか『灰帯』の僕がピケ様と手合わせできるなんて……。これもベル君のおかげだね!」
「普通は顔すら拝めないからな。俺も感謝するぞい」
「ありがとうな! ベルが『オリジナル技』を使えるおかげだい!」
と、イサク達になぜか感謝される俺は……一人思う。
……ふむふむ、アレが付き人か。
話には聞いていたが、実際に目にすると俺も欲しくなるな。
自分が異世界人で、まだ知識と経験が完璧ではないからこそ、特にそう思うぞ。
もし黒帯筆頭以上になったらどうしようか?
ああいうキレイな人もいいけど、やっぱり俺は……モフモフだなモフモフ!
「(フッフッフ。また一つ、稽古に励むべき理由が増えたな)」
未来の付き人を想像して、俺はニヤリと笑った。




