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第18話 謎の男

「ひっさしぶりだな。きっと懐かしい気分になるだろーな」


 ――時は少しだけ遡り、ベルが初めて魔物狩りをしていた頃。


 一人の男は大きな窓の前に立ち、両手を腰に当ててうなずいていた。


「まさか……見にいくおつもりで?」


 そんな男に向けて、同じ部屋にいた女が問いかけた。


 高価な調度品が並ぶ部屋の、漆塗りにされた重厚な扉の脇。

 男の方は道着姿だが、そこに立つ女の方は道着ではなく、白いチュニックに黒のズボンを着用している。


「おう。見にいくに決まってっだろ。だってぜってー面白いはずだからな」


 大きな窓に映った男の顔は満面の笑顔だ。

 どことなく無邪気さがあるその顔を、キレイに磨かれた窓の中に見て……扉の脇に立つ女は「はあ」とため息をつく。


 そして、凛とした美しい姿勢は保ったまま。

 女性らしい小さな白い手に持っていた手帳に、羽ペンをササッと走らせると、


「かしこまりました。では準備をしますので――」

「あっ、そうだ。あと“アレ”も頼んだぞー」

「……“アレ”ですか。かしこまりました。少々お待ちください」

「おう、頼んだスーちゃん。何せ今回はせっかくの機会だからな。まー、できればもうちっと近けりゃ楽なんだけど……」


 そうボヤくも、口元に笑みは浮かべたままの男。


 腰の帯をキツく締め直して、窓から見える“賑やかな町並み”を見下ろしていた。




 ――そして、遡った時はベル達が二度目の魔物狩りを行っているところまで進む――。



 ◇



「――うん、こんなものかな。ベル君にトロイ君にテッド君、そろそろ休憩にしようか」

「おう。そうだな」


 リザードマンとの一対一を制した俺は、離れた位置にいるイサクに手を上げて答えた。


 二度目の魔物狩りは順調そのものだ。

 前と同じメンバー四人で『剣山』を登り、また標高千八百メートルを超えたトカゲどもの生息域に入って、実戦稽古兼食料確保を。


 まだ全然、習得中の新技である【海蛇】は使えないが……。


 キレと威力が着実に増した【空爆拳】によって。

 腹だろうが顎だろうが、どこを打っても爆音とともに、リザードマンを一撃で倒せていた。


 というわけで、拳に集約させていた魔力を散らしてから。


 まだ慣れない“三色マーブル”なリザードマン(『魔体流』がある秘境は亜種のみ生息)の尻尾を引きずり、イサク達と合流する。


「さて、じゃあどこか休める場所を探すかい」

「だな兄じゃ。料理番おばちゃん達に途中で食えって“爆弾”も貰ったし、早く皆で食べようかい」


 と、大福兄弟もとい、トロイとテッドのバステフ兄弟が。


 葉っぱに包まれた爆弾……と言ってもリアルガチの爆弾ではなくて。

 小麦粉と食べられる草を練った、草餅に似たものを持って言う。


 ……うむ。たしかに小腹も減ったし、ちょうどいいか。

 俺達はそれぞれが仕留めたリザードマンを荷車に乗せて、休憩場所を探して少し山を下りていく。


 ――そうして見つけたのは、木がなくなって一部がハゲ上がった場所だ。


 山の中でもここだけよく見える青空。

 心地よい風もほどよく通るので、休憩場所としては申し分ないだろう。


「うん、ここにしよう。休憩のためにあまり下りても、また登るのが大変だしね」

「だな。俺としても早くモフ……じゃなくて爆弾を食いたいし」

「えっとじゃあ、その前に力水ちからみずを――ホレ皆」

「ありがとう兄じゃ。詰まったら大変だからノドを湿らせないとだい」

「うはっ、美味そうだな。俺っちも小腹が空いてたからちょうどいーや」

「「「「――……え?」」」」


 その時だった。


 直接、地面に座り込み、いざおやつタイムにしようとした時。


 ほんの一瞬、周囲の時間の流れが止まる。

 完全にリラックスしていた俺達は、突然の“五人目”の声を受けて固まり――一斉に後ろを振り返った。


 ――そこにいたのは、突っ立って笑う一人の男。


 身長は小さく百四十センチくらいしかない。

 黒いローブを纏ってフードを目深に被り、俺達の“すぐ後ろ”に立っていたのだ。


 ……そんなバカな。一体いつの間に?


 足音はなかった。同じく気配もなかった。

 俺を含めた四人の『灰帯』が全員、揃いも揃ってここまでの接近に気づかないとか――。


「おっせーなあ、お前ら。声をかけてからとか、もし魔物だったら笑えねーぞ?」


 瞬間、ハゲ上がった広場に流れ込んだのは凄まじい“殺気”。


 ついさっきまで魔物のリザードマンと対峙していたが、その比ではない。

 百四十センチ程度の小さな黒ローブの男から、重く鋭い殺気が全身に圧し掛かってきた。


「……まー、つっても魔物より笑えねーんだけどな?」


 フードから唯一、見える男の口元が大きく開かれる。

 浅黒い肌に白い歯がチラリと見えると――俺の背筋に悪寒が走った。


「ッ!?」


 オイオイ、いきなり何だってんだよ!? というかコイツ……ヤバすぎるだろ!?


 もはやリザードマンどころか、『道場破り』の時や、元『黒帯』のマルコ師範を怒らせた時よりも――。


「悪ぃーけど、爆弾おやつを食う前に一つだけ。……先にお前らの“命”を頂こっかな?」


 突然の出来事に固まる俺達に向けて。


 小さな黒ローブの男は生み出す殺気とは正反対に、不気味なほど楽しそうに言った。



 ◇



「「「「!?」」」」


 直後。

 次に黒ローブの男から放たれたのは、言葉ではなく技だった。


 ほぼノーモーションからの横振りの【手刀(ギロチン)】。

 俺達四人をまとめて狙ってきた大振りの一撃を、寸でで全員が避けた瞬間――ヒュオン! と。


 聞いたこともない美しい風切り音が、ハゲ上がった広場に響き渡った。


「あ、ぶね……ッ!?」


 ……もう何度も見て、実際に受けてきた基本技だからこそ分かる。


 音だけを聞いても、肘から指先までに宿った魔力だけを感じても。

 これまで喰らった【手刀(ギロチン)】とは“次元が違う”と。


「何つう完成度――いやそれよりも! 同じ『魔体流』の使い手が何で襲ってくるんだよ!?」


 また禁断の『道場破り』でもしたってのか? んなわけがあるか。


 なのに目の前の黒ローブの男は、凄まじい濃さの魔力を腕に込めて。

 さらには明確な殺気とともに、俺達四人に躊躇なく技を使ってきたのだ。


「んー、今のはさすがに避けっか。なら次、いくぞー」


 俺もイサクも大福兄弟も。

 誰一人の戸惑いが解決されない中、黒ローブの男が再び動く。


 コクコクと、頭で小さくリズムを刻み始めたと思ったら――。


 またもノーモーションからの蹴り上げられた右足。

 その狙いは大福兄、四人の中で最も的として大きいトロイだ。


「――っ!?」


 気づいた時にはもう遅い。


 目にも止まらぬ速さの変則蹴り、【海蛇】がトロイの左側頭部に決まる。

 イサクのそれも相当だが、やはり速度も威力も段違いで――腕のガードが間に合わなかったトロイが崩れ落ちた。


「あ、兄じゃ!」


 すぐにテッドが助けようとするが、俺とイサクが同時に腕を掴んで引き戻す。


 ……当然の行動だ。目の前のコイツは危険すぎるのだから。

 一つ前の【手刀(ギロチン)】や今の【海蛇】、何より放たれる魔力と殺気を見ても、


 別格も別格。

 明らかに俺達とは格が違う、“帯の色の違い”を見せつけるような『魔体流』の使い手だった。


 だから、なおさら混乱してしまう。

 格好こそ白い道着ではなくても、技を使うなら同じ『魔体流』の門弟ではないのか……?


 そんな俺の疑問に答えるように。

 狐な顔に焦りを浮かべたイサクが、黒ローブの男を視界に捉えたまま、


「この格好は……『漆黒の餓狼(ギャングウルフ)』! “破門にされた元門弟”の一人がなぜここに!?」


 道着から出た全身の赤茶色の毛を逆立たせて、切羽詰まった声で言った。


「ハァ!? ギャングウル――“破門”ってオイ……!」


 イサクの言葉に、余計に混乱する俺。

 だが悠長に説明を受けている時間は……どう考えてもないようだ。


 蹴りをまともに受けたトロイは大丈夫なのか?

 そんな仲間の状態を確認するひまもなく、危機感から後ろに下がった俺達三人を見据えながら。


 こちらの混乱などお構いなしに、余裕の棒立ち状態で――小さな黒ローブの男はまたニヤリと笑う。


「――あと三人。さーて次はどいつから料理すっかな?」

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