第17話 山の道場の一日
「やるなベル! 全然“帯負け”してねえぜ――ワッショイ!」
「当たり前ッ! ハメられた恨み、今晴らさでおくべきか――ワッショイ!」
『魔体流』第二のエリア、『剣山』の中腹に位置する、山エリアでの生活が本格的に始まった。
昨日、休日を利用して行った魔物狩り。
その経験から自信を深めた俺は、『灰帯』を締めた相手の腹に技を叩き込もうとする。
今は型の稽古を終えて実戦形式の真っ最中だ。
五人一組となって回していく中で、相手は憎き女先輩、金髪をなびかせたカミラさんである。
……いくらモデル体型な美人だとしても、だ。
いまだにネロとの『道場破り』を思い出すと腹が立つからな。
追放の危機はたしかにあったわけで、俺の器が小さいわけではないはずだ。……多分。
――で、だ。
そんな女先輩を稽古でギャフンと言わせたいのだが……これがなかなか上手くいかない。
『白帯』をすっ飛ばす形で『灰帯』となり、初めて道場の床を踏み締めて。
半身に構えて後傾気味な女体に向けて、気合いの【空爆拳】を放つも――。
「ぬぅ!?」
「アッハッハ! 甘いぞベル! もう『山の道場』には、お前にナメてかかるヤツなんていねえぜ!」
何度も突き出した拳を、前にある左腕で叩き落とされて全て無効化。
捉えられずにあの強烈な破裂音も鳴らせず、逆にパァン! と。
カミラさんの【雷鳥】(音速パンチ)のカウンターが一閃。最短距離で俺の胸に直撃する。
当り前だが、技がオリジナルだろうと何だろうと、当たらなければ意味はなし。
『道場破り』の時のネロ戦とは違う。
一度も受けてはもらえず、基本の体術の差で防御、あるいは回避されてしまう。
「(ハァハァ……。改めてだけど、リアルガチで動きが速いな。元の世界なら皆、超一流アスリート以上だぞ)」
「何ぶつぶつ言ってんだベル? とりあえずお疲れさん。しっかり休んどけよ」
あっという間にカミラさんとの手合わせが終わり、俺の休憩のターンに。
乱れた息を整えながら、他の門弟の動きを観察するが……うん、やはり全員、人間の限界を突破しているぞ。
体に染みついた体術はもちろん、身体能力も反射神経も。
例えるなら“早送り”。
高速で攻撃や防御、回避をする様は、思わず見惚れてしまうレベルだ。
そうやって今のカミラ戦は避けまくられて、消化不良で終了。
一つ前のモフモフ狐人族ことイサク戦も、上体を振られたり素早いフットワークを前に、同じく回避祭りをされている。
かたやあっちの攻撃は【軟弱防御】で受けられるといえど、
『灰帯』クオリティな威力の高さで、全て受けていたら魔力消費が激しいぞ。
「……大福兄弟、アイツらはパワー系だから当たるけど、思ったほどダメージはないし……」
技を当てたら当てたで、また別の問題も。
防御技を使われなければ、『灰帯』相手だろうと一発ノックアウト。
たとえ【岩己】を使われても、大きなダメージを与えられる。
……ところが、【鉄己】。
いざこの『上位技』で肉体を固められると、俺の【空爆拳】でも簡単には倒せない。
逆にこっちは微妙に拳を痛めてしまう。
普通の打撃とは違って当たる瞬間に“緩める”が、叩く体が生身の硬さではないからな。
「……とにかく、ここで頑張っていくんだ。だから見て勉強しないとな」
さらに上の階級に上がるためにも、盗めるものは盗まないと。
ひとまずは基本となる体術の強化。次に【空爆拳】の威力アップだ。
『魔体流』において『灰帯』は“半人前扱い”でも、俺から見れば全員が“強者”。
コイツらの中で毎日揉まれて、体も技も一から鍛えていくとしよう。
「――手合わせ終了! 次、始めいッ!」
『山の道場』で指導する、仏頂面なヘイゼル=シュルト師範(六十五歳)の厳しい声が道場内に響く。
その声を受けて、一分ほどの休憩を終えた俺は再び実戦形式の稽古へ。
さて、とりあえずお楽しみの昼食まで――引き続き汗を流すとしますか!
◇
『灰帯』に昇格しても、やること自体はそこまで変わらない。
午前最初の型の稽古、激しく打ち合う実戦形式の稽古とこなした後。
肉体強化として、筋トレ(自重トレ)や走り込みが行われる。
ただ、この走り込みのみ、森エリアでは『森の長距離走』だったところ、
山エリアでは地形を利用して、『山道ダッシュ』に変わっていた。
……言うまでもなく、こっちの方が過酷なメニューだ。
足にも心肺機能にも負担がかかり、終わった後には身体能力オバケ達が倒れ込んでいるぞ。……もちろん俺も。
それが終われば、お楽しみの昼食だ。
ズラリと長テーブルが並んだ、巨大な天幕が張られた食堂にて。
道着姿のまま着席し、量も質も上がった食事から栄養を補給する。
ちなみに、最低でも定番の大鍋スープのおかわりは“二回以上”。
元の世界の相撲部屋と同じく、食べることも稽古の一つ。
皆が空いた腹にかきこみ、満足してもさらに一杯、かきこんでいく。
そうして少し腹を休めて――午後イチの稽古は『魔力循環』だ。
場所は道場ではなく、その前に広がる『練武の庭』。
砂利の上に八百四十名の門弟があぐらをかき、己の魔力と向き合う静寂の時間だ。
「(この『魔力循環』が大切なんだよな。魔力を使う『魔体流』において、一番の基礎と言っても過言じゃないぞ)」
技をスムーズに出すには、一にも二にも魔力操作だ。
昼食後で少し眠気に襲われるも……強くなるため我慢我慢。
ヘイゼル師範が見守る三十分間、魔力の流れを速くしたり遅くしたりと。
先輩門弟からの助言も取り入れて、色々と工夫しながら魔力を循環させていく。
「――よし、んじゃ“第二のお楽しみ”といこうか!」
それが終われば、稽古に限れば一番楽しい時間が。
食料確保のために魔物狩りに出かけた門弟を除いて、
各々が道場内でも庭でも好きな場所で、ひたすら“新技習得”に励むのだ。
個人的に必要なのは基本の体術と【空爆拳】の強化だが……この時間のみ誘惑には勝てず。
皆と同様に、試行錯誤しながら新技を習得すべく稽古を始める。
「食らえ――【海蛇】ッ!」
俺が新たに習得を試みるのは足技だ。
昨日の魔物狩りが終わった後に、モフモフ友人のイサクに教えてもらっていた。
……基礎中の基礎の【手刀】と【岩己】は全然だからな。
なぜか『帯なし』の時から“コツすら掴めず”。
だから『オリジナル技』以外の技として、足技にシフトしたというわけだ。
「ぐ……ムズいな。グニャっと途中で軌道を曲げるのはいいけど……。どうやったら加速するんだよ?」
「まあ新技習得はそう簡単にはいかないからね。……というか、僕からしたらベル君の【風圧拳】の方が百倍難しいよ?」
俺がイサクに【風圧拳】を教えて、イサクが俺に【海蛇】(超絶ブラジリアンキック)を教えて。……たまに尻尾をモフって怒られて。
午後は新技習得を中心に、魔力を消費して汗を流していく。
やはり新たに技を習得するというのは“最も難しい”ことらしい。
【秘境七十二手】の中では簡単な部類でも、魔力操作はミスの連続。
膝や腰の入れ具合やスタンスの幅も細かく変えてみるが……まだしっくりきていない。
……この技のレベルでこの難易度だからな。
『奥義』と呼ばれる強力な技は、一体どれだけ難しいのか見当もつかないぞ。
――そうして、午後の稽古が終われば、汗まみれで山エリアの大浴場へと直行。
さすがに森エリアよりも門弟の数は少ないので、広さこそ及ばないが……。
こちらも立派な岩風呂がドドン! と一つ。
山の中腹で湯気を上らせた巨大な湯船が、疲れた体を癒してくれる。
あと、ここで補足情報を一つだけ。
大浴場で、皆がきちんと体を洗ってから入るといっても、だ。
百人単位で入るから、湯の汚れが気になりそうなところだが……。
そこは一応、剣と魔法の“ファンタジー世界”。
『にわとり荘』の寮長が【浄化魔法】をこまめにかけて、湯を清潔に保ってくれるのだ。
どのエリアでも寮長のみ魔法を使えるらしい。
ただ【洗濯魔法】や【浄化魔法】といった、【生活魔法】だけだけど。
「――さあ食うぞ! こちとらもうリアルガチの腹ペコだ!」
「ベル君、別におかわりはしなくちゃダメなんだから。オーク肉炒めをそんなに山盛りにしなくても……」
「やるなベル。けど後で食えないと泣きごとは言うなよい?」
「兄じゃの言う通り。そこら辺を上手く調整するのがベテランってやつだい」
その後の食堂での夕食は、魔物狩りで仲良くなったイサク&大福兄弟と。
カミラさん達女性門弟グループにも誘われたが……俺は硬派な男だからな。
男女関係なく、“強いヤツがイイ男でイイ女”。
だからか、何か気に入られたっぽいけど、俺もまずはさらなる強さだけを求めよう。
……とまあ、そんな感じで。
ちょっと想定外な誘惑は出てきたものの、元の世界のブラックリーマン生活とは違って。
森エリアと同じく、山エリアでも充実した異世界道場生活がスタートした。




