第16話 正真正銘の
「そっちいったぞ! イサク!」
「任せてベル君! 絶対に逃がさないよ――僕の脚に賭けて!」
『灰帯』に昇格して初めて行った魔物狩り。
リザードマン(亜種)を仕留めて食材へと変えた俺は、引き続き魔物との戦いに身を投じていた。
場所は同じく、道場などがある山の中腹から真っすぐ登ったところだ。
単体でいた個体を倒した後、さらに登って集団と対峙している。
「――【海蛇】!」
「うおっ!? 何だそれカッコイイな!」
イサクが放った技に、俺は思わず声を上げてしまう。
『灰帯』を締めた白い道着から伸びた、モフモフで狐な脚から放たれた蹴り。
下段から蹴り上げたと思ったら、途中でグニャリと軌道が変化。
かつ蹴り足が“加速して”、反応できないリザードマンの顔面へと決まった。
これはたしか……ブラジリアンキックか。
まあ異世界仕様、『魔体流』仕様だから、威力も速度もその比ではないけど。
そんな技で顔面を蹴られたリザードマンは、上顎の牙が一本折れている。
脳を揺さぶられたのか、千鳥足のようによろめき、手で顔を覆いながら後退していく。
「これで終わりだよ――【前蹴り】!」
「うおおっ!?」
次にイサクが放ったのは同じく蹴りだ。
赤茶色の体毛がわずかに逆立った瞬間。
足技が得意と言っていた通り、続けて別の種類の足技を使ってきた。
ザグン。
初めて聞くような音が鳴り、リザードマンの胸から“一本の脚”が生える。
つまりは“貫通”。
抱えるような状態から放たれ、つま先までピンと伸ばされた右脚が、
厚みのあるリザードマンの胸に深く突き刺さり、その心臓を貫いたのだ。
「も、モフモフに似合わずリアルガチで強いな……。【貫手】より強烈な一撃――うおっ!? そっちもか!」
イサクの戦闘が終わったすぐ後。
残る他の二人、寮で同部屋でもある、ぽっちゃり顔と体の大福兄弟の方を見てみると、こちらも似たような展開だった。
何だか俺は獣人と兄弟に縁があるな……とのん気に思いつつ。
あと二体いたリザードマンも、【手刀】と【貫手】の連撃を被弾。
反撃らしい反撃もできずに、あっさりと大福兄弟の前に崩れ落ちた。
傷は首の部分だけ。
急所だけを正確に狙い、硬い三色マーブルな鱗の上から仕留めたのだ。
「……や、やるな。デカイと言っても相手は動いてるのに……」
大福兄弟は一見、ぽっちゃりでも動きは決して遅くない。
しっかりついた筋肉の上に脂肪が乗った、元の世界でいう力士やレスラータイプだ。
特に一発一発の重さは、どう見ても技術型に分類される俺やイサク以上。
対峙していたリザードマンに、圧倒的な実力差を見せつける完勝だった。
「改めて見るとスゴイというかカオスだな……。これが『灰帯』の実力か」
ネロと手合わせした時以上に、傍から見ると恐ろしい。
分かってはいたが、技の種類もキレも威力も。
帯の色が濃くなると、だいぶ完成度に差があるぞ。
この分だと……一流とされる『黒帯』とかどんなんだよ?
その上の『銀帯』と『銅帯』の高弟とか、『金帯』を締めた頂点の拳聖など、異世界基準でも相当なバケモノだと思われる。
「ふーっ。いい準備運動にはなったね。ちょっと胸の風穴が大きすぎちゃったけど、血抜きと考えればまあいいかな?」
イサクはそう言うと、嬉しそうに赤茶色の尻尾を振り振りするが……。
うむ、どうにもいかんな。
あの高速グニャ蹴りと串刺し前蹴りを見た後だと……あんまり癒されないぞ。
とにもかくにも、俺達の圧勝には違いない。
結局、新たに遭遇した二メートル級のリザードマン三体は。
俺の出番もなく、頼りになる仲間によって三十秒と経たずに狩られてしまいましたとさ。
◇
「やっぱりスゴイね。ベル君は『オリジナル技』の使い手だけあるなあ」
さらに狩りを続け、リザードマンを計九体、倒した後。
山の中にあった小さな広場の、横たわった丸太に皆で座って休んでいた時。
隣のイサクが竹筒に入った『力水』(山の湧き水)を手渡しながら、俺にそう言ってきた。
「うん? 急にどうしたよ。褒めたってモフってやることしかできないぞ」
「いやいいよ。それはベル君にとってのご褒美で――って、違う。僕は本当にベル君の技と強さに感心しているんだ」
魔物を複数狩っても傷一つないイサク。……その点は俺も大福兄弟も同じだけど。
そんなイサクが狐な顔で、真剣リアルガチな目でまた俺のことを褒めてきた。
「ベルよ。『白帯』ならまだしも、普通なら『灰帯』だと“帯負け”するもんだぞい?」
「兄じゃの言う通り。ベルは新顔どころか、『灰帯』歴半年の俺達と一緒な感じがもうあるぞい」
「……え? “帯負け”??」
と、ここで大福兄弟も話に入ってくる。
ただイサクと違い、兄弟の表情は困惑というか……何とも言えない顔をしているぞ。
――んで、だ。
気になって“帯負け”とはなんぞや? と聞いてみたところ、
『灰帯』では『白帯』以上に、昇格したての門弟と平均レベルの門弟との“差が大きい”。
だからほとんどの新顔は、腰に締めたばかりの『灰帯』が似合わない、というわけだ。
周囲と比べると拙い魔力操作に、習得しただけの技の完成度。
他にも様々な点から、白よりも存在感がある灰色に“負けて見える”らしい。
「ベル君みたいに全然、帯負けしない昇格したての人は初めて見たよ」
「稀にいるらしいけどな。そういうヤツって大概『黒帯』を越えて、高弟の仲間入りしちまうって話だい」
子供みたいな輝く目のイサクと、悟ったような目(?)の大福兄弟の兄が俺の肩を叩く。
そして、残る一人。
大福兄弟の弟はイス代わりの丸太から下りて、不意に俺の前に立ってくると――。
「でも、ベルがそうなるとは限らないぞい! ――ワッショイ!」
「うおッ!?」
突然、油断しまくっていた俺に向かって。
『魔体流』のお祭りな掛け声と共に、風を切った右の【貫手】が。
敵意は微塵もないのに、まさかの大福弟のご乱心。
その攻撃によって胸を勢いよく突かれ、俺は後ろに倒れて丸太から転げ落ちてしまう。
「おいコラ!? 危ねえだろ……ッ! 死んだらどうすんだよ大福弟!?」
「よく言うよい。隙だらけでも、ほぼ“ノータイム”で発動するそれだけの防御技があるのに――って大福弟!?」
奇襲を仕掛けてきておいて、なぜか逆に奇襲を受けたような顔になる大福弟。
そもそも大福を知らないようで……まん丸な顔の上に『?』マークが浮かんでいるぞ。
……まあ、それはさておいて、だ。
「ったく、【軟弱防御】はたしかにそうだけども……。予告なしはビビるからやめいッ! お前はカミラさんか!」
「お、おう。悪い悪い」
尻餅をついたまま怒る俺(本気ではないが)に、大福弟が手を差し伸べてくる。
鍛えられた強い足腰と背筋力で、そのままグイッ! と一気に起こしてくれた。
……話は変わるが、こういう何気ない部分でも分かるな。
腕相撲の時に握り合った時に感じる、“あ、コイツ強いな”感。
異世界に来て感覚が鋭くなったのか、筋力以上に“魔力を感知して”そう思うのだ。
「とにかく帰るか。腹も減ったしな。料理番達に魔物を納品して昼メシだ昼メシ!」
「そうだね。今日はこれくらいにしておこう」
「いい汗もかいたし、我が筋肉に栄養を与えにいくかい!」
「というかベル……大福って何だよい?」
山のそこら辺に放置してある、門弟なら勝手に使っていい木製の荷車。
それに仕留めた魔物を乗せて、生活エリアがある山の中腹まで下山を開始する。
血抜きはイサク達にやってもらったが、やはり魔物も鮮度は大事らしい。
なので、なるべく早く食堂の裏にある搬入口まで運ばねば。
――あ、そうそう。
ちなみに俺個人の成果としては、初回の魔物狩りはリザードマン三体だ。
ゲームみたいにレベルアップによる肉体強化! ……とはならなかったが、
また一つ、実戦を経験して着実に強くなった気がするぞ。
「なあイサク、帰ったらあの高速グニャ蹴りを教えてくれよ。あと移動中、ずっと気になってた“滑って歩く”やつも!」
「ああ、【海蛇】と【滑走り】のこと? もちろんいいよ。その代わりにベル君、僕には【風圧拳】を教えてほしいな」
「おう、了解した。俺が責任持って伝授してやろう。……けど、その際の多少のモフりは我慢してくれよ!」
「え、何でモフる必要があるのさ? それ真面目に教える気ないでしょベル君!」
とまあ、そんな感じで楽しく会話しつつ。
俺はゴロゴロと荷車を引いて、新しい家と職場を目指して下りていった。




