第12話 消えた白帯
第三者視点です。
「おいベル! まだか!? さっさと準備せんかい!」
『始まりの森』にある建物の一つ、『たまご荘』。
全百二十五名の『帯なし』が生活するその木造の寮に、雷のような大声が響いた。
――声の主は寮長だ。
歳相応なフサフサな白ひげに、歳不相応なフサフサな黒髪のドワーフ。
ベルに“一人オセロ”と評された、ずんぐりむっくりな体をドタドタと走らせて、
寮長であるラビオ=オーロックは、背中に褐色の大型犬を背負ったいつもの姿で、三階の三○四号室の前へ。
そして、ドワーフ自慢の腕っぷしの強さのままに。
やたらめったら豪快に、ガッチャァン! と鍵なしのドアを開け放つ。
「お前明日から『白帯』じゃろ! いい加減、『ひよこ荘』に移らんかい!」
「ガルルルゥ!」
と、小さくも威圧感ありすぎる姿で、ラビオは背負った犬ともども声を荒げて叫ぶ。
「「りょ、寮長!?」」
そんなドワーフで寮長なラビオ(と犬)を見て。
布団でくつろいでいた部屋の住人、ボブとディランのイケメン兄弟が飛び上がって驚く。
『鬼の寮長』。
そう皆に恐れられ、存在自体が寮の規律になっているラビオ。
『たまご荘』の番犬を務めるオベリスク(三歳)を背負い、日々こうして門弟達を見守っている。
そのラビオが、いきなり三○四号室に乗り込んだ理由は――さっきの発言の通り。
『オリジナル技』の使い手であり、ここ最近、急に頭角を現してきたベルである。
「お、お疲れ様です寮長。ベルのヤツは……実はまだ帰ってきてなくてですね……」
「そ、そうです。もうこんなに遅いのに……本当何やってるんですかね?」
突然、訪問してきた寮長のラビオに対し、恐る恐る口を開く兄弟。
現在時刻は夜の八時過ぎ。
食堂での夕食の時間も終わり、すでに自由時間となっていた。
「む? ここにはおらんのか。まったく、アイツはどこをほっつき歩いているんだが……」
「ガルルルル……」
てっきり部屋でゴロゴロしていると思っていたラビオはキョトンとする。
ここ最近のベルを見る限り、自由時間に稽古をしているはずはない、とラビオは踏んでいた。
――事実、その通り。
長年、寮長として多くの門弟を見てきた目は正しく、現在、ベルは稽古などしていない。
「夜遅くにすまんかったな。明日の稽古に備えて、お前達は早く休むんじゃぞ」
「ガルルルゥ!」
「「は、はい!」」
打って変って強面ながらも優しく告げて、ラビオは部屋を後にする。
なら一体、あのバカはどこに?
明日から『白帯』に上がるからと、余裕をぶっこいて森で夜遊びか?
相変わらず険しい顔で、ラビオは番犬オベリスクを背負ってドタドタと階段を下りていくと――。
「む! ルディか!」
「ガルルッ!」
「あ、お疲れさまだべです、寮長! とオベリスク!」
一階と二階の踊り場まで下りたところで。
下から上がってきたのは、紺色の剛毛に覆われた巨体を誇る熊人族。
言い方を変えるなら、今探しているベルと一番の仲良し。
そしてそのベルと同じく、明日から『白帯』へと上がる、もう一人の期待の門弟である。
「今戻ったのか。たしかお前は寮を移る準備はできておったな、ルディ!」
「ガルルゥ!」
「もちろんだべです寮長、とオベリスク。そっちは朝早くに済ませたべです!」
一人の門弟として、生活面でも優秀なルディ。
単純な腕力と真面目さに関しては、『帯なし』で一番というのが寮長ラビオの評価だ。
「うむ、よろしい。ならば部屋に戻って明日に備える――前にだ。ルディよ、ベルのやつを見なかったか?」
「ガルルル?」
「……あ、ベルだべですか……」
「そうじゃ。アイツに関しては、まだ寮を移る準備を何一つしておらんのに……。この時間になっても姿が見えんのだ」
ラビオからの問いに、ルディは少しだけ熊な巨体を縮込ませる。
言いづらそうにモゴモゴしているところに、ラビオ(とオベリスク)が重ねて聞くと、
ルディは頬をしゃりしゃりと掻き、大きな身ぶり手ぶりを交えながら、
今日あった出来事をかくかくしかじかと、一人と一匹に報告した。
……その結果、
「んな!? ベルが『道場破り』じゃとぉおおお!?」
「ガルルルゥウ!?」
ほとんどの門弟が部屋に戻り、静かな空気が流れる『たまご荘』に響く声。
さっきまでの怒鳴り声以上の、低級の魔物なら追い払えそうなほどの声量だ。
――直後、すぐに寮内に変化が訪れる。
一階と二階、最も階段近くにある部屋のドアが開く音を皮切りに、
ガチャガチャバタン! と、各階から勢いよくドアが開かれる音が連鎖していく。
続いて、ドタドタ! ギシギシ! と。
木造の廊下や階段を走る音が、静かだった夜の『たまご荘』に響き……。
『帯なし』門弟、ほぼ全員集合。
まだ誰も寝ておらず、何より壁がそこまで厚くないために。
ラビオの叫び声はばっちりと聞こえて、寮にいたほとんどの門弟が集合し、揃って豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしている。
……こうなれば当然、ルディにまた説明責任が。
寮長のラビオに引き続き、山エリアで起きたことを他の門弟達に聞かせていく。
「ハァ!? あのアホ、休日に何やってんだよ!?」
「明日から『白帯』になるのに……! その一つ格上に挑戦って意味分からんぞ!?」
「でも、ハメられたのならベルを責められないというか……」
「いや記憶喪失で知らなかったとはいえ、だよ! 何となく変だって分かるだろ!?」
「しかも相手のネロって……! たしか『白帯』の時に『魔力タンク』とか呼ばれてたよな!?」
「それで結果は!? 一体どうなったんだよルディ!」
押し寄せる津波のような反応が門弟達から生まれる。
『魔体流』の門弟である以上、知らないわけがない。
“異世界人”や“本当の記憶喪失”でもない限り、『道場破り』でどうなるかなど、誰もが分かっていた。
「だ、大丈夫だべ。追放は免れた……何とかベルは勝ったんだべよ!」
多くの視線を一身に浴びつつ、ルディは絞り出すように答えた。
敗北=追放。
同じ時期に同じ階級にいて、少なからず仲間意識はある。
だからルディから結果を聞いた門弟達は、「おおおっ!」と『灰帯』に勝利したことに驚きつつも、
ベルが追放されなかった事実に、すぐに「ふぅ……」と一斉に安堵の息を漏らした。
……しかし、その中で一人。
丸眼鏡をかけたインテリっぽい門弟が、前に出てきてルディの肩をぽんと叩く。
「でも、どうやって? 『道場破り』は倒すか倒されるか。……【風圧拳】で吹き飛ばすだけでは勝てないだろう?」
丸眼鏡をクイっとさせて、一人冷静にルディに聞く。
彼の正体は“ヤ○ー知恵袋”(byベル)。
記憶喪失設定のベルに『魔体流』やこの世界について教えて、ベルとはそこそこ仲良くなった間柄だ。
「そう、そこなんだべな。【風圧拳】で飛ばす距離が落ちていったと思ったら、急にスゴイ音が鳴って相手が倒れたんだべよ!」
皆に説明した時とは一転、思い出したのか興奮気味にルディが言う。
音速超えの【雷鳥】をも凌ぐ、鼓膜が破れそうなほどの破裂音を伴った謎の一撃。
あの後、決着がついた後にルディが本人に聞いてみたところ、
「飛ばさないように工夫してみた。いやー、でもリアルガチで上手くいくとはな!」とご機嫌な答えが。
さらに詳しく『灰帯』の門弟達(数百名)と一緒に追及したところ、
人を軽々と吹き飛ばすほどのエネルギー。
これを一点に集中させて“抑え込むイメージ”で、攻撃性を持たせることに成功したらしい。
つまりは、【風圧拳】からの『派生技』。
唯一、使える攻撃技を、ベルは決闘の間にアレンジしたのだ。
「……なるほどね。彼はそうやって勝ちを収めたのか。だがしかし……」
そうルディから真実を聞かされて。
丸眼鏡の彼は冷静な顔を保ちつつも、改めて度肝を抜かされていた。
それこそ、初めて【風圧拳】と【軟弱防御】を見たあの時のように。
いくら自分だけの『オリジナル技』だとしても、だ。
戦いの中で新たな技を生み出すのは極めて難しい――いや不可能に近いだろう。
「何つう離れ技を……。リアルガチでバケモノかよ」
小さな声で、踊り場に集まった門弟の中の誰かが言った。
『道場破り』も含めて、それほどに異常。
自分達とは違う“異質な存在”とは思っていたが……まさかここまでとは。
「「「「「…………、」」」」」
寮長のラビオも番犬のオベリスクも含めて、百人以上の門弟達が驚きすぎて押し黙る。
やたら獣人をモフりたがり、記憶喪失でもある自分達の変な仲間。
そいつはどうやら常識を打ち破るほどの、“類い稀な才能”の持ち主だったようだ。
――ちなみに、『帯なし』門弟達の評価がさらに上昇した、その本人はというと、
『道場破り』に成功して、見事一発で『灰帯』に昇格。
山エリアへの引っ越しは後回しに、十年ぶりの『道場破り』成功を祝って、向こうの寮(『にわとり荘』)で宴会に巻き込まれていた。
明日から『白帯』デビュー、のはずが飛び越えて『灰帯』へ。
今回の前代未聞な出来事は、夜が明ければ同じ森エリアの『白帯』にも知られることになるが……そこだけで収まるはずもなく。
森も山も高原エリアも越えて、さらに“上のステージ”まで届くことになる。




