第11話 試行錯誤
「(考えろ。この危機をどう乗り越えるんだよ……!)」
まんまとハメられて始まった『道場破り』。
一対一の『灰帯』との決闘は、有効打を与えられない俺が不利となっていく。
「どうした! 飛ばすだけでは仕留められないぞ!」
何度吹き飛ばされても起き上がってくるネロ。
決闘相手に指名されたこの門弟は、破裂音を伴う音速パンチ――【雷鳥】を打ち込んでくる。
「ぐ……!」
一発一発のダメージは問題ない。
鍛えられて割れた腹筋に、相手の拳が的確に当たったとしても、
ほぼ勝手に発動する【軟弱防御】により、触れると同時に魔力が“発散”。
威力をかなり軽減されて、ダウンを喫するほどではない。
――だからやはり、問題なのは“魔力の消費”だ。
回避して魔力を節約するのは無理。
基本の実力差がありすぎて、ほとんど動きについていけない。見切れない。
……これはリアルガチでヤバイぞ。
防御はまだいいとして、攻撃面では本当に手詰まり感があった。
「むぅッ!」
どれだけ踏ん張ろうと、ネロは簡単に飛ばされる。
俺の掌が触れた瞬間、逆三角形な肉体は宙に浮き、十メートルの距離を飛んでいく。
だが、これだけではダメだ。
都合良く飛ばした先に“鋼鉄の槍”でもあれば話は別だが……広がるのは砂利の庭のみ。
くそっ、せめて【手刀】の一つでも使えれば相手にダメージを――。
「無理だな。お前今、“【手刀】が使えたら”とか思ったろ?」
「!?」
また無傷に立ち上がりながら。
俺の思考を読んだのか、ネロは不敵に笑って言う。
「もし運良く使えたとしても、だ。そんな覚えたての手刀じゃ、俺はまず斬れないぞ」
瞬間、ガチィン! という鈍くて奇妙な音が。
明らかにその音は俺の前方、ネロの肉体から聞こえてきた。
何だ? 音速超えの破裂音の次は謎の音ときたか。
どうせ防御技か何かを使ったのだろうが……【岩己】でこんな音は出ないはずだ。
「――【鉄己】。『白帯』程度では使えない『上位技』だ。……だから残念、お前が攻撃技を使えたところで意味はない!」
「んな!? 岩の次は“鉄”かよ……!」
勝ち誇るように全身を硬化させたネロ。
見た目こそ変化はないが、体から発する魔力の質が微妙に変わっていた。
そうして、ネロは見せつけただけですぐに技を解除。
首をボキボキと鳴らしながら、今度はゆっくりと近づいてくる。
……なるほどな、理解したぞ。
これで完全に“奇跡の【手刀】習得”からの逆転勝利は消えたってわけだ。
万が一使えたとしても、岩ならまだしも鉄など斬り裂けるとは思えない。
なら、どうする? ――答えは多分、一つしかない。
負けて追放されるのが嫌ならば。
唯一の攻撃の手札である、【風圧拳】を“どうにかする”しかない。
「(やるっきゃないぞ俺。頭使って工夫しろ!)」
「ハッ、何をぶつぶつ言ってやがる。生意気な新人は負けて去る運命なんだよ!」
大きく一歩踏み込み、ネロが間合いを詰めてくる。
そして左右の【雷鳥】、計四発の音速パンチを打たれるが――俺は後ずさりつつも、抗うために【風圧拳】を返す。
「無駄だ! すぐに戻ってくるからな!」
後方に飛ばされながら、ネロが空中より叫ぶ。
この時間が唯一、策を練られる時間だ。
再びネロが接近してくる前に、打開策を考えなければ。
……だが、そう簡単に名案が浮かぶはずもなし。
それでも現状を変えるべく、俺は思いつくままに行動に移す。
「これなら――どうだ!」
勝手に『オリジナル技』が使えるのなら、少しくらい“アレンジ”が利くはず。
可能性的には低いとしても、試す。
俺は何発も見えないパンチで腹を殴られながら、少し変えた【風圧拳】を放った。
「チッ、ダメか……!」
結果はただ吹き飛ばしただけ。
毎度毎度、掌を当てただけで人間が飛ぶのは本当にスゴイとは思うが、
今はこれではダメ、『道場破り』という無理ゲーを成功させることはできない。
名前は風圧でも、磁石同士が“反発”するような感覚と効果を生む技。
それを何とか上手い具合に、“攻撃性”を持たせられれば……。
「くッ!?」
などと考えているうちに、戻ったネロがパンパァン! と腹へ連打を見舞ってくる。
完全ボクサーな構えから、音速パンチによる執拗なボディ攻撃。
急所のレバーを打たれてもダメージは“発散”されるが、同時に俺の魔力も消費されていく。
「どうした? 呼吸も乱れているぞ。お前の『魔体流』の門弟としての戦い、思ったよりも早く終わりそうだな!」
「ぐ、うるせこのッ!」
カチンと来たので吹き飛ばす。……吹き飛ばしてしまう。
一応はまた打ち方を変えて【風圧拳】を打つも失敗。
落下時に硬化したネロの体が、砂利の上に背中から落ちるだけ。
……とはいえ、もうこの技を試行錯誤するしか手はない。
俺はぐるぐると頭を回転させて、もはや見慣れたネロの突進を迎え撃つ――。
◇
「(――まだだ、まだダメだ……!)」
それから同じ攻防を繰り返すこと、数十回。
互いに重大なダメージは負っていないものの、確実に残りの魔力量勝負では俺が劣勢となっていた。
少し離れて、俺達を囲む形で観戦する他の門弟数百名。
彼らもそう理解しているのか、仲間の勝利を確信しているらしい。
言葉こそ聞こえないが、ほとんどの者が余裕の笑みを浮かべているぞ。
「こんなものか新人? ご自慢の吹き飛ばしも“距離が落ちている”ぞ!」
そして、戦うネロ本人の顔にも余裕の色が。
実際、ヤツの言う通り、【風圧拳】の飛距離は徐々に落ちてきていた。
「…………、」
けどまあ、勝手に吼えておけ。
別にその点については、むしろ“上手くいっている”のだから。
飛ばさないように、繊細に。
門弟としての一週間である程度は掴んだ、自分の体を流れる魔力の操作。
加えて、飛ばしやすい掌底から“通常のパンチ”に変えるなど、拳の握りも変えている。
ドムッ。
真っすぐに、力まず振り回さずに最短距離で。
また【風圧拳】がノーガード状態のネロの胸に決まり、その体が吹き飛ばされる。
今回はわずか一メートルと少し。ほぼバックステップのような動きしかない。
「おいおい、さすがにもうダメだろ。技のキレがまったくないぞ!」
直後、たたみ掛けるようなネロの【雷鳥】が。
その見えない連打と破裂音の中で、より威力の高い【貫手】を挟むなど、一気に勝負を決めにきた。
「……!」
それでも冷静に、俺は焦ることなく【風圧拳】を放つ。
次の一撃はついに飛距離が一メートルを切る。
もはや飛ばすと言うよりも、ただ押し戻しているだけだ。
――今のところ上手くはいっている。
大柄な熊人族さえ軽々と吹き飛ばす威力。
これを飛ばさずに“打撃の威力”に“変換”できれば……。
もちろん、小細工で終わるかもしれない。
そもそもこの先に何も起きない可能性もあるが……もう腹は括ったからな。
「ワッショイ!」
ここで一発、お祭りな『魔体流』の掛け声を。
完全アウェーの中で砂利を踏み締め、鋭く腰を回しての正拳突きだ。
飛距離はたった“五十センチ”。
もう【風圧拳】どころではないが――これでいい。
「終わりだな。お前の魔力が尽きる前に言っておく。――さらばだ、哀れな新人!」
飛ばされないことで、着地時に防御技を使う必要もなくなったからか。
明らかに意識を攻撃だけに傾け、ネロの連打の回転力が上がる。
……多分、感覚的にそろそろ“最後”だ。
試している小細工が完成するという意味でも、魔力が切れるという意味でも。
俺の全身には魔力切れが近いことを知らせる感覚、独特な疲労感が色濃く出ていた。
「(頼む。何か起こせよ俺の拳!)」
そう強く念じながら。
慎重に右拳の魔力操作を行い、しっかりと脇を締めて打つ。
――その瞬間、ドパァアン! と。
ネロが使う【雷鳥】の音速超えの破裂音。
それよりもさらに一段階、鼓膜に痛みが走るほどの大きな乾いた音が鳴る。
「「!?」」
対峙していた俺も、“その場に留まった”ネロも目を見開く。
俺自身は突然の音と、拳から伝ってきた“初体験の衝撃”に。
一方のネロは同じく突然の音と、おそらく“腹に受けた衝撃”に。
「バカ、な……?」
そして、最初に口を開いたのはネロだった。
口元から漏れ出た唾液と、掠れたような弱々しい声。
戸惑いが浮かんだその瞳には、敵を見据える力強さが消え――数秒後には白目を剥いていた。
「……何だ今の音は? いやそれよりも……!」
狙ってはいたが、まさか本当に“そうなる”とは。
右手首に返ってきた衝撃。弾け飛ぶような拳の魔力の動き。
幸いネロは【鉄己】を使っていない。
また大した反撃はないと油断があったからこそ、今の一撃は“完璧に”急所へと決まっていた。
至近距離で対峙していたネロの屈強な体が崩れ落ちる。
今の俺より一つ格上、『灰帯』を締めたその体は、前のめりになって砂利が敷き詰められた庭へと倒れた。
「「「「「…………、」」」」」
周囲で観戦する門弟達は、ただただポカンとしている。
勝敗を決めるはずの『黒帯』を締めた師範も、身動きせずに固まっている。
この戦いを引き起こしたカミラさんは腕組みをしたまま妖艶に笑い、
唯一の味方である熊人族のルディに至っては……驚きすぎて毛が逆立っている始末だ。
「ははっ」
そんな彼らを見て、俺は魔力切れ寸前でヘトヘトながらも、つい笑ってしまう。
……とにもかくにも、だ。
女先輩にハメられて拒否権もなく、問答無用で始まったこの決闘だが……。
戦いの場となった『練武の庭』にて、一人の『灰帯』が倒れ、一人の『白帯』が立っている。
窮地に追い込まれたものの、謎の強烈な破裂音を伴った、起死回生の“一発逆転”が起きている。
――つまりは、俺ことベル=ベールマンの勝利。
二年ぶりに行われた禁断の『道場破り』が――成功したのを意味していた。




