第10話 道場破り
「ど、『道場破り』だって!?」
ルディの予想外な発言に固まる俺。
……いやちょっと待て。リアルガチで待て。
道場破りだと? んなアホな!
俺はカミラさんに言われた通り、格下として礼儀正しく、ルールに従って挨拶したのに!?
そう疑問に思っても、“ルディが正しい”という証拠が目の前に。
稽古中だった『灰帯』の門弟達が。
途中でやめてゾロゾロと、俺達がいる門の方へと近寄ってきていたのだ。
――しかも、敵意むき出しな表情と雰囲気で。
「いやちょ……カミラさん!?」
助けを求めるべく、俺はカミラさんを見る。
ところがこの女先輩は妖艶に笑い、
「さすがは噂の新人だぜ。いきなり『道場破り』とは度胸がありやがる!」と、助けるどころか火に油を注ぐような発言が。
おいまさか……ハメやがったな!?
俺の記憶喪失(設定)をいいことに、後輩にトンデモないことをさせたらしい。
「テメェ、ナメてくれるじゃねえか。ずいぶん自分の技に自信があるようだな!」
「え、違いますって! というか同じ『魔体流』で『道場破り』も何もないでしょうに!?」
体から汗が噴き出しつつ、俺は必死に弁明する。
そもそもとして、『道場破り』などではないはずだ。
アレは “他流派の者”がいきなり殴り込むとか、そういう感じだったはずで……。
「何だと? 理解していないのか! 正真正銘、貴様の宣言は『道場破り』以外の何ものでもあるまい!」
対して、別の『灰帯』門弟(スキンヘッド)の男が怒鳴った。
さらに俺が取った行動について。
足元の砂利を蹴飛ばし額に青筋を浮かべながらも、一から全てを教えてくれる。
――いわく、こういうことらしい。
下の階級の門弟が、自分の手で上の道場の門を開け放ち、かつ腰の帯も外す。
その“命の次に大事”な帯を頭上に掲げて、名前までしっかりと名乗る。
これら全てが一致した時、『道場破り』となるようだ。
そして『道場破り』について、ここでは意味合いが違うとのこと。
通常『白帯』より上にいくには、その都度『昇格試験』を受けて合格する必要がある。
しかし、それをすっ飛ばす唯一の方法が『道場破り』。
自分の力を見せつけて、力ずくで昇格する方法だ。
「言い変えるなら、“こんな帯なんざいらねえ! さっさと同じ帯をよこしやがれ!”って感じになるんだべな……」
と、ルディが青ざめた熊な顔で言ってくる。
ちなみに撤回はできない。
宣言したら最後、指名された者と“決闘”をしなければならない。
……しかも、負ければまさかの『永久追放』のおまけつきだ。
「り、リアルガチかよ……」
消え入りそうな声が俺の口から漏れる。
異世界な道場生活一週間目にして聞く初耳学。
どうやらもう、逃げも隠れもできないようだ。
――こうして、女先輩にまんまとハメられた哀れな男(俺)は、休日返上で『道場破り』をすることとなった。
◇
「がんばれよー。お前ならできるはずだぜー」
「…………、」
『山の道場』――『練武の庭』。
目の前に広がる大きな庭の中央に立った俺は、後方からの性悪女先輩の声をガン無視する。
くそっ、ハメといて何だそののん気な声は!?
何が「だって『オリジナル技』の使い手だぜ? てっとり早く上がってこいよ」だ!
自分の稽古をサボった上に、アンタのその変則的な美人局(?)行為のせいで――。
「全力でこいや新人。今すぐ『灰帯』が欲しいなら……ここから追放されたくないのならな」
約五メートルの距離を開けて、俺と正対する男が不気味なほど静かに言う。
コイツが俺の決闘相手らしい。
ケツ顎で無精ヒゲを伸ばしたザ・外国人顔で、三十代前半くらいに見えるぞ。
「(んで、やっぱり強そうだな……)」
身長は俺とほぼ同じでも、道着の上から分かるほどの見事な逆三角形。
名前はネロといい、『灰帯』では真ん中くらいの実力者で、“膨大な魔力量”が特徴らしい。
できればさらしを巻いた巨乳の女性門弟が良かったが……まあ誰でも同じか。
食堂や大浴場で交流がある『白帯』と比べると差は歴然。
ここにいる全員が、森エリアの門弟よりも鋭くて重い雰囲気を持っている。
……というか、こうやって位置につく最中に聞いたのだが、
前に『道場破り』が行われたのは二年前。
今回の俺と同じ『白帯』で、調子づいた“若い貴族”の門弟が宣言したものの……。
あっけなく格上に敗北。
秘境の奥のマンモス道場から追放され、外(魔物の領域)に叩き出されたようだ。
「(ヤバイ。リアルガチで負けられないぞ。ここなら生活の心配はないのに……こんな異世界で一人にされたらカオスだろ!)」
まさかの異世界生活一週間目、“絶対に負けられない戦い”がここにはあったらしい。
「――ではこれより、ベル=ベールマンによる『道場破り』を始める! どちらかが戦闘不能と認められた時点で決着とする!」
ここで『黒帯』を巻いた、年老いた師範が仰々しい口調で言う。
すでにされていた説明通りだ。
そしてあと一つ、重要なのは“命の保証はない”ということ。
首から上や心臓を狙ってはダメ。それでも技がエグイから万が一がある。
ここ『山の道場』には、【回復魔法】の使い手である救護員はいるらしいが……さすがに死に至るほどの重傷までは治せないらしい。
だから追放されるか昇格するか、最悪死ぬか。その三つに一つである。
「それでは――始めいッ!」
門弟達の視線が突き刺さる超アウェーの中、運命の合図が響き渡った。
◇
「いくぞ! 『オリジナル技』使いのベル=ベールマン!」
開始直後、決闘相手のネロが猪突猛進に突撃してくる。
まだ『白帯』とさえ手合わせしていないのに、いきなり『灰帯』。
当り前の話だが、やはり『帯なし』とは段違いの迫力だ。
「けど……!」
本気ではないとはいえ、だ。
一度『黒帯』の師範(衰えて実力的には『焦げ茶帯』だが)とやっているからな。
だから恐れる必要はない。
下手な小細工はせずに、真正面からやり合うだけだ。
「【貫手】!」
先手を取ったネロが放ってきたのは突き技。
『白帯』でも使い手がいる、小さな槍のような一撃だ。
何もしなければ、簡単に人体に風穴をあける恐怖の技である。
だがそれは――俺の体を貫かない。
実力差から回避できずに脇腹に喰らうも、槍ではなく“ただの指”で突かれたのみ。
「! なるほど、これが噂の【軟弱防御】か!」
「その、通り!」
一応はある突かれた痛みに耐えながら、俺も即座に技を返す。
もちろん【風圧拳】だ。それしか使えないからな。
右の掌底をスピード重視のジャブのように突き出し、みぞおち辺りを素早く打った。
「ぬぅ!?」
そして吹っ飛ぶ。有無を言わさず吹っ飛ばす。
ネロは腰を落として耐えようとするも、足は地面を離れて宙に浮く。
そのまま抵抗むなしく、人形のように十メートル近く水平に吹っ飛ばされた。
「よし、どうだ!」
思い通りの結果となり、つい叫んでしまう。
その声に続くように、周囲の門弟達のどよめく声が『練武の庭』に響いた。
最初の攻防は俺の勝ち。
攻撃も防御も、どちらも一つ上の階級にも通用するようだ。
「……これが【風圧拳】か。たしかに『魔体流』の【秘境七十二手】にはないな。……だが、これで終わりか?」
「えっ?」
立ち上がると同時。ネロの口からは、まさかの強気発言が飛び出した。
相手は驚いた様子はあるも……大したものではない。
むしろ“この程度か”みたいな、余裕さえ感じさせる態度で……?
「ただ吹き飛ばす。なら問題はない。砂利の上に落ちるだけなら、百回やられても戦闘不能とはならないな!」
叫び、また猪突猛進に突っ込んでくるネロ。
鍛えられた太い両脚で地面を蹴り、開いた十メートルの距離をあっという間に詰めて――放たれたのは“見えない打撃”。
パンパァン! と乾いた音が響く。
音速を超えてソニックブームを生み出す、【雷鳥】と呼ばれる初見の技だ。
「ぐ、ぬ……!?」
それが俺の腹へと二発、叩き込まれる。
【軟弱防御】により大幅軽減されるも、ゼロではないダメージが入ってきた。
「にゃろうッ――!」
対して、俺は唯一の対抗手段である【風圧拳】を打つ。
さっきと同じくネロの体は宙に浮き、軽々と砂利の庭の上を飛んでいく。
――が、たしかにネロの言う通り“そこまで”だ。
全身に【岩己】をかけているため、無傷ですぐに立ち上がる。
まるで勝負が決したようにニヤリと笑うと、再び真っすぐ突っ込んできた。
「(くそっ! よく考えりゃそりゃそうか!)」
一発よりも手数が多い、音速を超えた【雷鳥】がまた俺の腹へ。
即座に反撃で【風圧拳】を見舞うも、吹き飛ばされたネロはすぐに立ち上がってくる。
……一番下の『野道場』において、俺が皆との勝負に連戦連勝できたのは、
“傷つけられなかったら勝ち”、“吹き飛ばせたら勝ち”という変則ルールだったからだ。
だが今は違う。むしろこっちが普通だろう。
“倒せたら勝ち”。
ただ相手を吹き飛ばすだけでは、今回の『道場破り』は続いてしまうのだ。
「お前の『オリジナル技』二つはたしかに素晴らしい。とても真似できないものだ。……だが残念、肝心の“決定打”に欠けるんだよ!」
「くッ!?」
繰り返される同じ攻防。
俺には確実に小さなダメージが積み重なり、魔力も消耗させられる一方、
勢いを増したネロの方は、何度吹き飛ばされてもダメージらしいダメージがない。
……このままではじり貧だ。
いずれ体力よりも先に魔力が尽きて意識を失い、戦闘不能となって敗北するのは目に見えている。
ただでさえ保有する魔力量に関しては、“平均より少し上”な程度なのに……。
相手のネロの売りは“魔力量の多さ”なので、俺よりも先に魔力切れは起きないだろう。
まだ始まったばかりで、体力も魔力も残っていても大ピンチ。
俺の中途半端なチート性能では――とてもじゃないが勝利への道筋が見えなかった。




