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第9話 休日は山へ

「よう! やっぱり『白帯』連中はいいな。若々しさで溢れてやがるぜ!」


『灰帯』。

 それは“全八百四十名”の門弟が在籍する、下から三番目の階級クラスだ。


 俺達『白帯』がようやくスタート地点に立っただけならば、

『灰帯』は一人前の手前、“半人前”と言ったところか。


 とはいえ、だ。

白帯ここ』でも充分、人間離れしたことをやっているからな。


 元の世界基準で見たら、間違いなく“バケモノの領域”にいるだろう。


「えーと、あの? 何でここに『灰帯』の人が?」

「ど、どうしてだべ……。あ、じゃなくてようこそだべです!」


 なぜ上の山エリアから下りてきたんだ?

 予想外な登場人物に戸惑う俺と、格上だからか緊張気味のルディ。


 魔物の出現に関しては、ある程度は予想(覚悟)していたが……。


 そんな感じで二人で突っ立っていたら。

 金髪エキゾチック顔&モデル体型な、『灰帯』の女性の方から下りて近づいてくる。


「驚かせて悪かったぜ。ちょろっと下に用があってな」

「はあ、用ですか」


 頼みのルディが隣で固まっているので、仕方なく俺が答える。


 階級クラスが一つ違うだけでそんなに緊張するものなのか?

 たしかに『白帯』と『帯なし』よりも、“差は大きい”と話には聞いているけども。


 まあ所詮、俺はまだ一週間しかいない異世界人だからな。

 そこら辺の感覚は他とはズレているのだろう。


「最近、どうも気になる噂があってな。森エリアに『完全オリジナル技』を使う新人が現れたって」

「「……あ」」


『灰帯』の女先輩に言われて、俺とルディは顔を見合わせる。


 ……絶対に俺のことじゃないか。

 同じエリアですぐ近くにいる『白帯』ならまだしも、まさか一つ上の山エリアにまで噂が広がっているとは……。


「んあ? その反応……やっぱり本当にいるのか、んなヤツが」

「は、はい……。ちょうどオラの隣に今」

「あん? “隣に今”?」


 背筋をピンと伸ばしたルディが答えて、『灰帯』の女先輩が隣の俺に視線をスライドさせる。


「そうですね。その噂はリアルガチ、俺のことだと思います」


 大きな瞳でじっと見られてしまったので、反射的に即、認めてしまう。


 ……ここでウソをついても仕方ないしな。

 どうせ道場まで下りてきて、どこのどいつだ? と聞き回られてバレるだろうし。


 代々の拳聖達が編み出してきた、『魔体流』に存在する【秘境七十二手】。

 その外側にいるのは、何を隠そう俺だけなのだ。


「おーマジかお前か! こりゃ本気でツイてるぜ。さらに南下する手間が省けたぞ」


 俺の返答を受けて、なぜかテンションが上がった様子の『灰帯』の女先輩。

 女性でも一目で“使い込まれている”と分かる拳二つを、コツン! と合わせて喜んでいる。


 山エリアからは結構、距離があるというのに……わざわざ俺に何の用だよ?


 そう思って訝しんでいたら、女先輩の口から――まさかの発言が飛び出した。


「今日は下は休みだろ? んじゃ早速、ウチらの庭に遊びにこいよ!」



 ◇



 麓での突然の出会いから数分後。

 俺とルディは自分達の生活エリアを越えて山道を登っていた。


 ……断れるはずがない。

 何せ用もなければ絶賛散歩中で、そもそも俺はイエスマンなブラックリーマンだったのだ。


「おおー、こんな感じになってるんですか」


 と、いうわけで。

 二つ年上で二十二歳の『灰帯』の女先輩、改めカミラ=スミスさんに連れられて進む。


 剣のごとく尖った山、名前はまんま『剣山つるぎやま』というらしいが、そこに入ると森エリアにはなかった“道”が存在していた。


 生えている木々は全く同じ。

 ただ両脇にだけ木々がズラリと並び、それがキツイ斜面のずっと上まで続いている。


 その名は『灰帯への道(グレイロード)』――こっちもまんまだな。


「麓からは歩いて小一時間か。ウチら『灰帯』の道場も寮も『剣山』の中腹にあってな」

「『山の道場』と『にわとり荘』だべですね。……いやあ、こうやって上の人に連れてってもらわないとダメだから……本当にラッキーだべなベル!」

「お、おう。そうだな?」


 まるで夢の国にいく女子みたいにテンションが高いルディ。


 正直、俺としてはそこまでテンションが上がるものではないぞ。

 ……けどまあ、一足先にどんな場所か見てみたい気持ちはあるからな。


 俺達は口調も態度も男勝りなカミラさんの後に続き、ノンストップで山を登っていく。


 標高はすでに千メートルを超えたらしい。

 ずっと魔物が出てきそうな雰囲気はあるも、近場は狩り尽くされているのか一体も出てこない。


 そうして何も起きることなく、一時間くらいが経った頃――ついに目的地に到着した。


「「おおー!」」


 テンションに差はあれど、俺とルディは同時に声を上げる。


 あったのは当然、道場だ。

 長く続いていた斜面から平らな場所に着いたと思ったら、大きくて立派な道場が存在していた。


 ――だがやはり、俺達が明日から行く『森の道場』とは違う。


 まず“門”の存在だ。

 下の道場はポツン、と広場に道場しかないが、ここは木造の門と壁に囲まれている。


 その奥にある道場も同じ木造とはいえ、明らかに上等な材質の木で造られ、高さも三階建て分くらいあった。


 ぶっちゃけ、これを歴とした道場とするなら、『森の道場』は “道場モドキ”だぞ。

 門の向こうから流れてくる空気も、森エリアと比べてさらにピンと張っている感じだ。


「す、スゴイべな……。これが『山の道場』だべか……」


 ルディは呆けたように門の前で道場を見ている。

 心ここにあらずな感じで、試しに腹をモフってみても、一ミリも反応しない。


「(おい、ベルっつったな。せっかくきたんだから『灰帯』の道場を見学していけって。今日はこっちは休みじゃねえしな)」

「え、いいんですか?」


 そんな中、なぜかボソッと耳元で言ってきたカミラさん。


 中身がだいぶ男っぽいといえど、金髪エキゾチック顔でプルプル唇の美人だから少しゾクッと……って違う違う!


 たしかに、ここまで体力を使って登山してきたからな。

 さらなる上の階級クラスはどんなトンデモ技を使うのか、その点については興味がある。


「(おういいぞ。……ただもちろん、格下の『白帯』だから細かい礼儀は必要になるぜ?)」

「わ、分かりました。粗相のないようにしっかりやらせてもらいます」


 そう言われて二重で緊張しつつ、俺はオホン! とせき払いをして気を引き締め直す。


 一方、カミラさんはずっと小声のまま、俺だけに聞こえるように、

「(まず腰の『白帯』を外して、次に門を開いてだな――……)」と、ここ『山の道場』での見学の際の礼儀について、一つ一つ教えてくれる。


 ここまでの道中で記憶喪失だと伝えてあったからな。


 何と優しい先輩か、元の世界のクソ小太り汗っかき上司とは違う。

 俺が何度聞き返しても、嫌な顔一つせずに教えてくれた。


 ――よし、理解したぞ。では参るとしますか。


 俺は粗相のないように、教えられた通り忠実に動く。

 まず自分の『白帯』を外し、続いて木造の門をギギィ……! と勢いよく開け放つ。


 そして、外した『白帯』を“見せつける”ように。

 右手に持って、取ったどー! みたいな感じに掲げてから。


「我が名はベル=ベールマン! 『魔体流』の『白帯』を与えられた者である!」


 ちょっと生意気な気もするが、教え通りに元気に宣言。


 なぜか後ろでルディが「べ、ベルぅ!?」と騒ぎ始めるも、

 振り返らずに真っすぐと、リスペクトな視線で前だけを見る。


 そんな俺の視界に映ったのは、門を開け放って現れた、立派な道場の全体像。

 さらにその前に広がっている、砂利が敷き詰められたサッカーグランドほどの広い庭だった。


 ――――――…………。


「え? ……あれっ?」


 下の階級クラスで後輩なので、言われた通り宣言したはずなのに。


 いくら待っても返事的なものはなし。

 むしろ道場や庭にいた『灰帯』を締める門弟達は、無視をしたまま――どういうわけか“一斉に睨みつけて”きていた。


「……?」


 ……おいおい、何だこの状況と漂う不穏な空気は?


 滞在一週間の異世界人でも分かるぞ。

 リアルガチにこれは“険悪な雰囲気”になっていると。


「……??」


 ここで俺の背中に冷や汗が流れる。

 マルコ師範を最初に怒らせて以来、久しぶりに流れる危機感からの嫌な汗だ。


 ――と、その時だった。

 一緒にきていたもう一人のルディが、巨体を揺らしてズンズンと俺に近づいてきて、


 思考も含めて固まった俺の両肩を掴み、ぐわんぐわん! と揺さぶってくる。


「何をやってるんだべかベル!? それは挨拶じゃなくて――完全なる『道場破り』だべよ!?」


 泣き叫ぶようなルディの声が、『山の道場』に響き渡った。

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