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「ヴィオラ、クロード、婚約おめでとう。君たちの友人として喜ばしく思うよ」
2人と話していた人が離れた隙にイザークが明るく声をかけると、やわらかく微笑んでいたヴィオラは貼り付けた笑顔を浮かべクロードもまた鋭い眼光を向けた。
「ありがとうございます、ランゴ様。いえ、今はポジート様と呼んだ方がよろしいかしら。お2人も相変わらず仲睦まじく過ごされているようで、うらやましい限りですわ」
「ああ、もちろんだとも。そうだ、以前にも言ったが私の婚約者のジュリエルを紹介するよ。ぜひ仲良くしてあげてくれ」
ヴィオラの嫌味に内心むっとしながらもおずおずと近づいてきたジュリエルを抱き寄せると、2人はイザークとは打って変わって優しい笑みを浮かべた。
「初めまして、ポジート嬢。ランゴ伯爵からポジート子爵家は皆勤勉で、受け継いだ技術と知識を元に新しいものを編み出す素晴らしい研究家の一族だと聞いている。特にお父上が作った薬草辞典は平民でも手に入りやすい素材を使っている上に調剤方法も絵を入れることでわかりやすくした画期的な発明品だと思う。良ければ調薬師の1人としてお話を伺えないだろうか」
「ふふ、こんな時でもクロードは本当に熱心ね。よろしければ私もぜひそのお話をお聞きしたいわ」
「も、もちろんです! 私もサミア様とトランクル様とは一度お話ししてみたかったんです!!」
ジュリエルは自分にもわかる話に目を輝かせ熱心に話しだしはじめた。イザークは退屈に思いながらも聞いていたが、一瞬話がとぎれた隙に素早く口を挟んだ。
「ジュリエル、このような場で自分の家のことばかり話すのははしたないぞ。2人とも申し訳ない、我が婚約者殿は社交にいささか不慣れなんだ。しかし、この通りポジート家と君たちの家は何かと共通点が多い。これからも良い付き合いをしていこう」
クロードとヴィオラは無表情でイザークを一瞥すると、イザークに叱られて縮こまったジュリエルににっこりと笑いかけた。
「ポジート嬢、貴重な話を聞かせていただき感謝する。よろしければまた話ができるとうれしい」
「今日はお祝いの言葉と貴重なお話を聞かせてくださってありがとうございます、ポジート様。とても素晴らしいプレゼントをいただきましたわ。今度は邪魔が入らないところでゆっくりとお話ししましょう」
「はいっ。私もぜひよろしくお願いします」
元気を取り戻したジュリエルが返事をすると2人はイザークには何も言わずに立ち去った。
その露骨な拒絶にイザークは屈辱に身を震わせ、澄ました顔で次々と人々の賞賛を受けるいとこと元婚約者を憎しみをこめてにらみつけた。
――何て汚い奴らだ。
クロードもヴィオラも仲が良いとはいえないが。わざわざ公の場で歩み寄ったイザークに恥をかかせ、自分たちが掴んだ幸せを見せつけてくる陰湿さに怒りと軽蔑がこみ上げてくる。
イザークは冷たい2人とは今後一切関わらないことを決めた。そして「良い方たちだったね」と能天気に笑うジュリエルにふつふつとこみ上げてくる怒りをこらえて平坦な声で言った。
「ああ、これで挨拶は一通り済んだな。私は友人たちに会ってくる。君も好きに過ごすといい」
「え? あ、イザーク、待って……」
イザークは戸惑うジュリエルを置いて友人たちの元へ行った。知り合いのいないジュリエルは傷ついた目をして追いすがってきたが、イザークが無視しているとやがて諦めたのか壁際に下がっていった。
イザークは自分が助けないと何もできないジュリエルに溜飲が下がり、久しぶりの友人たちとの会話を楽しんだ。




