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自由を求める婚約者様は恋におちた  作者: 木蓮


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3/10

3

 イザークは幼い頃から決められた自分の人生に退屈していた。

 国王陛下の信頼厚い父は嫡男のイザークにも安定した将来を築くための道を用意していた。表向きは父の期待に応えながらも、ただ決められたことを覚えてこなすだけのつまらない日々に心が膿んでいった。そして、自分と違って将来が決まっていない貴族たち、特に少し声をかければ笑顔と賞賛の言葉を向けてくる愛らしい令嬢たちとの交流を心の慰めにしていた。


 内心不満を抱えつつも父が決めた道を生きるイザークに“生きる楽しみ”をもたらしたのは、皮肉にも大嫌いないとこだった。

 サミア伯爵家の3男で継ぐ地位のないクロードは幼い頃から父にかわいがられていることを利用して、まんまと栄誉あるランゴ一族の調薬師として生きる道を掴んだ。イザークは望みのまま自由に生きるいとこを心から憎しみ、クロードもまた恵まれた立場のイザークに嫉妬し、2人は合わせ鏡のようにお互いに激しい敵意を向けあい、競い合っている。

 そんな憎たらしい敵はとあるお茶会で令嬢ヴィオラ・トランクル子爵令嬢に恋をした。

 いつものとり澄ました顔を取り繕うことも忘れてヴィオラを見つめるいとこの顔は、今でも笑えるぐらいにまぬけなものだったが、同時に自分よりも先に恋をして喜びに浸るいとこに猛烈に悔しさと羨ましさを感じた。

 イザークは自分こそがその幸せにふさわしいとヴィオラと婚約したいと父に頼んだ。父はなぜか渋ったがトランクル家との繋がりを強固にするためだと説得すると婚約を結んだ。


 しかし、その幸せはニセモノだった。

 イザークと仲の良い令嬢たちは恋愛劇に出てくるような蜜のような甘い言葉をかけあってお互いの心を満たしあっている。しかし、ヴィオラは見た目は愛らしいが気が利かずイザークがいくら手本を見せても困ったように微笑むだけだ。いつまで経っても自分を楽しませようとしない面白みのない婚約者にうんざりし、衝動的に結んだ婚約を後悔した。せめて心だけは自由でいたいと”本物の恋”の相手を探し求めた。

 婚約者の立場にあぐらをかいたヴィオラは増長し、ある日「イザークの友人たちに嫌がらせをされている」と訴え友人との付き合いをやめるように迫ってきたが、イザークが「自分に魅力がないのが悪いのに、くだらない嫉妬で自分の楽しみを奪うな」と暗に釘を刺すと大人しくなった。そして、その時から必要最低限の用事以外では関わってこなくなり、たまに会ってもどこか冷めた目をしてイザークと距離をとるようになった。

 ヴィオラをかわいがる父には「おまえがどうしてもというから婚約を結んだのだ。ヴィオラ嬢を大事にしろ」と責められたが。「お互いに最低限の義務は果たしているし、上手くやっている」と言うと、納得したのか小言が減った。

 ただ義務だけを押しつけてくる父と冷え切った仲の婚約者からうまく離れたイザークはたくさんの令嬢たちと出会い、そして本物の恋に落ちた。


 *****


 ジュリエル・ポジート子爵令嬢は陽光を紡いだようなさらさらの金の髪と空を切り取ったような青い瞳の可憐な少女だ。天使を人間にしたような儚げな見た目とは裏腹に希少な薬草栽培で有名なポジート子爵家の跡取り娘として熱心に研究に励み、荒れた手を「汚らしい」と嘲笑われても「この手で皆さんが知っているような薬草を育てているんですって言うと、皆さんすごく驚かれるんです」ところころ笑う。

 最初は変わった令嬢がいると聞いて気まぐれで話しかけていたが、次第にその貴族令嬢にはない天真爛漫さに癒され、社交に不慣れな彼女の面倒を見るようになった。

 ヴィオラには何回か「距離が近すぎる」とたしなめられたが「彼女とはただの友人だ」と言うと何も言ってこなくなった。逆にクロードは「おまえとお気に入りの子爵令嬢が恋仲だと噂になっている。面倒なことになる前に手を切れ」としつこく噛みついてきたが


「妙な言いがかりはやめてくれないか。私はただ困っている友人を助けているだけだ、何もやましいことはない。いつまでも未練がましく婚約者殿にまとわりつくおまえと違ってな」


 とせせら笑ってやるとクロードはヴィオラそっくりの冷たいまなざしをして近づいてこなくなった。

 イザークはジュリエルと過ごすうちに、自分と同じく生まれながらに親に人生を決められながらも家業を継ぐのだと夢を持って生きるジュリエルに惹かれ、本物の恋に落ちた。

 しかし、家同士の利益のためにヴィオラと結んだ政略婚約を簡単に解消することはできないし、仮に叶ったとしてもトランクル子爵家以上の利益がない限り父は許さないだろう。

 叶わぬ恋と夢(望む人生)に心焦がれ悶々としていたある日、イザークは密かに王太子に呼び出された。常に厳しい表情を崩さない国王とは違い愛想の良い王太子は気さくに声をかけてきた。


「君の評判はかねがね耳にしているよ。腕利きの調薬師長のランゴ伯爵が手塩にかけて育てた息子であり、身分を問わず誰とでもうち解けられる優しい令息だとね。今日はそんな君を見込んで頼みがあるんだ。ポジート家に婿入りして、彼の家の後ろ盾になってほしい」


 希少な薬草栽培を行うポジート子爵家は王家にとって大事な家だ。王太子は美しく貴族の悪意に疎い無邪気な跡取り娘に邪な目的を持って迫る家に危機感を覚え、国王が信頼するランゴ伯爵家の嫡男でジュリエルも信頼しているイザークを見込んで声をかけてきたのだという。

 イザークは思いがけぬチャンスに内心舞い上がったが、名門伯爵家の後継者として教育を受けてきた自分が格下の子爵家へ婿入りすると思うとためらった。それを読んだように王太子は微笑みを深めた。


「この婚約は王家が望むものだからね、両家にはもちろんそれ相応の利益を約束するよ。

 それに、私個人としてもここ最近面白い試みに取り組んでいるポジート一家には期待しているんだ。君のようなしっかりした伴侶がいれば、かの一家も安心して研究に集中できるだろう。

 どうかな、イザーク・ランゴ伯爵令息。君は君の持てる力を存分に発揮して、ジュリエル・ポジート嬢を助けてポジート家を繁栄させようという気概はあるかな?」


 王太子のやわらかな声で語られる輝かしい夢は今までの人生にうんざりしていたイザークの心を躍らせた。そして、敬愛する主に向けてイザークは「ご期待に応えるように全力を尽くします」とうやうやしくうなずいた。

 王太子は目を細めて満足げに微笑んだ。


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