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「……ジュリエルは優秀だけれどどうも世間に疎くてね。君ならば信頼できるし、ジュリエルと友人になって教えてあげてほしい」
元婚約者に「大事な話がある」と突然呼び出されたヴィオラは、長々と新たに婚約した子爵令嬢とののろけ話を聞かされた上に、彼女の友人になるように言われ「来なければ良かった」と自分のうかつさを呪った。
ヴィオラは調薬を生業としているトランクル子爵家の娘だ。その腕前は貴族たちから信頼されており、4年前、12歳の時に父の知人であり王宮の調薬師を務めるランゴ伯爵からの申し出で嫡男と婚約を結んだ。
婚約者のイザーク・ランゴ伯爵令息はゆるくうねる黒髪と夜空のような青い瞳をした美しい青年だ。困っている人、特に女性を見つけるとすぐさま手を差し伸べるため親切な人だといわれている。
しかし、婚約者のヴィオラはその対象に含まれず、婚約していた時にはお互いに必要最低限の用事を果たす時だけ会う冷え切った関係だった。婚約を解消してから親し気に振る舞うイザークをヴィオラは冷ややかな目で見た。
「申し訳ありませんが、お力になれそうにありませんわ」
令嬢たちが喜ぶ甘やかな笑顔を浮かべていたイザークは驚いたように目をしばたたかせたが、ゆるりと口の端を持ち上げて再び笑みを浮かべた。
「そんなことはないさ。ジュリエルは真面目で熱心だから勉強熱心な君ともすぐに仲良くなれる。それに、王族から深く信頼されているポジート子爵家の次期当主と縁を持ちたいという貴族はたくさんいるからね。君にとっても交友関係を広げるチャンスになるだろう?」
ポジート家は王族の依頼を受けて希少な薬草を栽培している子爵家だ。確かに次期当主の彼女と親しくなれれば家の利益になるだろう。
しかし、それはあくまで普通の関係ならば、の話だ。多くの令嬢たちに想いを寄せられるイザークが美しい子爵令嬢に一目惚れし、身分よりも彼女との愛を選んだ話は”真実の愛”として夢見がちな令嬢たちの憧れになっている。円満に婚約解消したとはいえ元婚約者のヴィオラが下手に関われば「未練がある」などとくだらない噂が出回りかねない。何より、当たり前のようにいつもの”人助け”を手伝わせようとしたあげく恩まで着せようとしている図々しさに怒りと屈辱を感じた。
いつも通り「良いことをしている」と深い青の瞳に喜びと自信を湛えたイザークにヴィオラは怒りを抑え込んで淡々と返した。
「ポジート子爵令嬢様は家の発展のためにより深く知識を学びたいとのことでしたね。素晴らしい心がけですわ。それならば学園の先生方に指導を賜ることをおすすめしますわ。先生方は学ぶことに熱心な生徒を歓迎していますもの」
「でも、それだとただの家庭での勉強の延長になってしまう。それではせっかくの学園生活が楽しめなくて彼女があまりにもかわいそうだろう」
「そうですか。あいにく私は時間がとれそうもありません。他を当たってください」
イザークは軽薄な笑みを消して話は終わりだと口を閉ざしたヴィオラをじっと見つめていたが、要求が通らないとわかると麗しいといわれる顔を歪めた。
「ああ、わかったよ。君の貴重な個人的な時間を使う程の事ではなかったんだね。でも、調薬師である君のお父上にとってはとても喜ばしい話だと思うよ。ぜひこの話をお父上に話してじっくり考えてくれ。良い返事を待っているよ」
「ご忠告いたみいります。では、ごきげんよう」
青い目に不満を宿したイザークはまだ何か続けたそうだったが。これ以上は不愉快な想いをするだけだとヴィオラはカーテシーをして立ち去った。




