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バルビール家の庭は貴族の持ち物らしく広々として、几帳面に整えられていた。とはいえ新郎新婦、ジゼルとロルフの四人で使うだけでは、持て余してしまいそうだった。
そう思っていたのだが、何故か参加者が増えていた。
「お久しぶりです!本当に、本当に……お久しぶりで…っ」
「始まってもいないのに泣くなよ!」
「お前だって鼻水出てるくせに!」
「俺達のこと、覚えていますか?ジゼル副隊長」
なんと元バルビール隊の仲間達が十数名、今日のために駆け付けてくれたのだ。彼らはジゼルを見つけるなり、涙を流して再会を喜んだ。しかし横にいるロルフのことは見えていないのだろうか。
「忘れるはずがないわ。共に戦った仲間だもの」
「ああ…副隊長だ…!」
「本物だ…!」
「輝く美しさ…!」
「副隊長って懐かしいわね」
「バルビール隊の白百合…!」
「俺達の癒し…!」
「副隊長の無事を毎日お祈りしてました…!」
彼らはジゼルが何か言うたびに、謎の感動に湧いていた。
「ぞろぞろ来やがって。どんだけ暇なんだよ」
余計なことを言って感動に水を差したロルフに、仲間達の怒声が集中する。どうやら彼のことは見えていたが、敢えて視界から外していたらしい。
「ロルフ貴様ぁ!しれっと抜け駆けしやがって!」
「俺達の白百合を穢した奴は万死に値する!」
「副隊長を助けに行ったことと結婚は話が別だ!」
「…相変わらずアホばっかだな」
「なんだと!?」
「そこになおれ!成敗してやる!」
昔と全然変わらない応酬に、ジゼルは笑いを堪えられなかった。飛び交う会話の内容が、あまり聞き取れないところまで変わっていない。
しかし彼女がころころと笑い出した途端、諍いがぴたりと止んだ。何かと思えば男達が揃いも揃って、ジゼルのことを穴のあくほど見ている。
「……可愛い」
「……ああ。美しさだけじゃなく、可愛いさまで増してる」
「……記念の握手くらい、いいよな…?仲間だったし…?」
「……ちょっとくらいご褒美があっても…なあ?」
唐突に始まったひそひそ話に、ジゼルは首を傾げるだけだった。きょとんとする彼女であったが、これまた唐突に肩を抱き寄せられた。言わずもがな、ロルフの仕業である。
「オレのジゼルだぞ。お前らには指一本、触らせねぇから」
彼の台詞は、仲間達の怒りを一気に燃え上がらせた。彼の横でジゼルが可憐に頬を染めているのも、火に油を注ぐ要因となった。
「おのれこの男を許すな!!」
「お前に横取りされた肉の恨みも忘れてないぞ!!」
「生きて帰れると思うなよ!!」
「今日が貴様の命日だ!!」
本気の殴り合いでも起こりそうな雰囲気だけは察し、ジゼルは困り顔で止めに入る。
「よくわからないけれど、みんなで長生きしたいわ」
「ハッ副隊長!失礼いたしました!バルビール隊員は勝手にくたばる事を禁ずる、で宜しいですか!」
「よくわかっていないあたり流石です!」
「副隊長はきっと歳をとっても美人ですよ。へへっ…」
「どさくさに紛れて何言ってんだお前!」
「その気持ち悪い笑みを仕舞え!」
「アホくさ…」
野太い騒ぎ声は庭を突き抜け、フィンレー達の耳まで届いていた。
「何の騒ぎかと思えば……皆、急なことだったのによく集まってくれた。ありがとう」
「あらあら。ジゼルったら大人気じゃない」
バルビール夫妻が満を持して登場したことにより、歓声はひときわ大きくなる。白い正装を着たフィンレーは王子と見紛う出立ちだ。しかし何と言っても、アリシアの花嫁姿が素晴らしかった。お洒落に敏感な彼女が親友に見てもらうため、拘って製作した衣装だった。八年間、衣装棚の奥で眠っていたのだが、遂に日の目を見た瞬間である。
ジゼルは一目散に親友のもとに駆け寄った。
「まあ…!アリシア!とっても素晴らしいわ!この世で一番すてきな花嫁よ!」
「ふふっ、ありがとう。でも、この世で一番の称号はジゼルにあげる」
「わたしはいいわ。アリシアが持っていて」
「じゃあ後腐れなく半分こね」
ジゼルもアリシアも喜びが最高潮に達して、ちょっと訳がわからないことを口走っている。でも、そんな自覚さえ吹き飛んでしまうほど、嬉しさが勝っていたのだ。
眩しい笑顔を浮かべ、全身全霊で歓喜するジゼルを見守っていた面々は、知らず知らずのうちに涙を浮かべていた。ロルフだけは涙を見せなかったが、この場にいる誰よりも胸を詰まらせていたのは彼であった。
仲間の一人が神父役をやると手を挙げたのを皮切りに、結婚式の真似事が始まった。いつの間にやら紙と筆まで用意され、宣誓の儀式まで行われる。
澄み渡る青空の下、アリシアとフィンレーは幸せそうに口付けを交わす。割れんばかりの拍手が起こり、出席者達はおめでとうの声を張り上げた。
その刹那───ジゼルは既視感を覚えた。
結婚式を挙げるアリシアとフィンレー。
降り注ぐ光に負けないような、輝かしい笑顔。
幸せだけが満ちる光景。
一緒になって笑う自分。
(…わたしが夢の中で見たのと同じ…)
目の前の光景と、呼び起こされた記憶が、徐々に重なっていく。
(だけど確か……)
あの夢は途中で終わってしまったはずだ。
自分の隣に誰かがいて。それが誰なのか確かめようとしたところで───
「なんだよ。どうかしたか」
「……」
じっと見上げてくる眼差しに気付いたロルフが、顔をこちらに向ける。ジゼルは唇を半開きにしていたが、程なくしてゆっくりと笑顔の花を咲かせるのであった。
「やっぱりロルフだったのねって、思っただけよ」
「は?」
回想の結論だけ聞かされたロルフは、怪訝そうに首を捻るしかない。言葉が足りないにも限度がある。
「ずっと前から分かっていたのに、わたしは何をやっていたのかしら」
「何って…一緒にいただろ。ずっとな」
彼女の発言から拾える意味だけを拾い、ロルフは素っ気なくありのままを告げた。
ジゼルはぱちりと目を瞬かせた後、再び笑顔を浮かべる。その笑顔は……どんな時も寄り添い、愛を教えてくれた彼にだけ贈る、大輪の花のような笑みであった。
白百合は戦場で愛を知る 〜完〜
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




