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 それからジゼルはおよそ八年もの間、戦い続けた。ロルフと共に数え切れないほどの戦場を駆け、ついに五つの国から国境が無くなる日を迎えた。

「始まりに戻った」国は、遥か昔に呼ばれていた名に復され、新たな歴史を刻んでいくことだろう。


 国の統合のため、特別貢献した兵士達の一覧にはジゼルとロルフ、両名の名前もあった。特にジゼルのほうは稀な女兵士であったことから、巷でも知られているほどだ。戦争の後期になると、弓使いジゼル・スクードの名が敵にも広まり、存在を恐れられていた。脅威と認識された彼女は敵から常に狙われたが、ロルフが傷ひとつ負わせることを許さなかった。

 こうしてジゼルとロルフは大切なものを守り抜いて、一緒に戦場を去ったのである。


 戦争の終結と同時に、ジゼルは兵士を辞めた。彼女の退役を惜しむ声は多かったが、彼女は迷うことなく武器を置いた。去り際の背中に、未練は少しも無かった。

 ジゼルには国境が無くなったら行きたい場所があった。凱旋の行進にも参加せず、ロルフと二人だけで向かった先は───ジゼルが生まれ育った街である。




 アリシアが親友の姿を見たのは八年前、出陣を見送った日が最後だった。

「ありがとう」と小さく笑っていた親友を、アリシアはこの八年、片時も忘れたことがない。

 敵国の王太子に連れて行かれたと聞いた日から長らく、親友の行方は分からなかった。調べる術がなかったのだ。生きているのか、殺されたのか、何も分からない日々にアリシアは発狂しそうだった。けれど、親友はアリシアの幸せを願っていたから、泣いてばかりはいられなかった。ジゼルの数少ない願いを叶えなくては、親友を自負する資格まで失う気がした。

 涙を振り払ったアリシアは婚約者のフィンレーと結婚し、間もなく子宝にも恵まれた。母親になる幸せを知り、不自由なく暮らしてきた。そうしたら、いつしか隣国から親友の名が聞こえてくるようになった。生きていてくれた安堵で、その日は久しぶりに泣いた。


 国が一つになるまで、本当に色々な出来事があった。それはもう、語り尽くせないほど沢山だ。アリシア達はきっと歴史的な転換点を生きている。最前線にいた親友の苦労は、アリシアの想像を絶するものであるはずだ。

 しかし、八年ぶりに届いた親友からの手紙には、少しの苦労も滲んでいなかった。アリシアを心配する言葉から始まり、アリシアに会いに行くという明るい言葉で締め括られていた。


 そして今日が、再会を約束した日である。


 本音を言えば、こちらから迎えに行きたかった。だがアリシアは三人目の子を妊娠しており、長距離の移動は止められてしまった。代わりにフィンレーが出かけて行ったが、落ち着かない彼女は玄関前でずっと待っていたのだった。

 扉の向こうで、馬の蹄の音が止んだ瞬間。アリシアは小走りで外へ出た。


「ジゼルッ!!」

「アリシア…!」


 懐かしい銀色の髪をひと目見たら、衝動が抑えられなかった。アリシアは夢中で駆け寄り、勢いよく抱きついた。何度も何度も名前を呼んで、咽び泣く。言葉が支離滅裂になりながら、アリシアは繰り返し謝った。


「ごめんね…っ、私が泣いたから、ジゼルは…ジゼルは……っ、ごめんなさい…私のせいで、こんな長いこと戦わせて…!」

「いいのよ、そんな事。アリシアのためにできる事があって、わたしは誇らしかったわ」


 涙で歪むアリシアの視界には、瞳を潤ませるジゼルが映っていた。ジゼルの美しさは磨きがかかっていたが、当時よりも少し日に焼けた頬には、薄紅色の傷痕がある。それを見つけただけでも、嗚咽が止まらなかった。

 訓練所に入った年から換算したら、ジゼルは十年も兵士の務めを全うしたことになる。女の最も貴重な時期を戦いに費やしたのだ。そのきっかけを作ったのはアリシアなのだから、気にしないではいられない。

 だけどやっぱりジゼルは、誰のことも責めなかった。


「急にいなくなって、ごめんなさい」

「本当にどれだけ…心配したと思ってるのよっ!」

「ずっと待っててくれてありがとう。アリシア」

「待つに決まってるじゃない!一番の親友なんだから!」


 一番の親友。ジゼルが拘っていた言葉を、再び聞くことができた。万感胸に迫ったジゼルは、目の端に涙を浮かべながら破顔する。


「お帰りなさい…っ、ジゼル…!」


 すすり泣くアリシアへ「ただいま」と返したジゼルの声も震えていたのだった。

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