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 披露宴はささやかなものになる予定だった。ロルフは人の好き嫌いが激しいし、ジゼルも人付き合いが得意ではないので、見知った間柄の者だけ招待するつもりであった。かつては敵だった男女の披露宴など、大半は興味もないだろうと思っていたのだ。

 だがしかし、どこで聞きつけたのか、招待状を貰えるのはごく僅かと知ったユリウス軍の兵士達が、次から次へとジゼル達の元に押し寄せたのである。そして皆が皆、同じ事を口にした。我々だって是非ともお二人を祝福したい、どうか招待してほしい、と。

 ジゼルの弓に助けられた兵士達、共に国王の救出に向かった兵士達、決闘に感動した兵士達……動機は様々だが、とにかく「出席したい」の連呼であった。

 あまりにしつこいので、ロルフはいっそ全員出禁にしてやると息巻く始末。でもジゼルは皆の厚意を無下にできなかった。


「いっそのこと、出入り自由にするのはどうかしら?」

「変な輩が入ってきたらどうすんだよ」

「あら。わたしだって兵士よ?悪事を企む人に、遅れをとるつもりはないわ」


 ロルフの言った「変な輩」とは、犯罪者のことではない。ジゼルに鼻の下を伸ばす男共のことである。だけど、それが分かる彼女だったなら、ロルフが色々と暗躍する必要も無かっただろう。


「来たい人は来て、帰りたくなったら帰宅してもらえばいいのよ」

「…そんな適当でいいのか?」


 社交界とは無縁だったロルフでも、型から外れたやり方が忌避される事は想像できた。加えて、スクード姓になったからには、彼にだって貴族としての義務が発生する。

 しかし彼の懸念をよそに、ジゼルは実にのんびりとしていた。彼女は変なところで肝が据わっているのだ。


「思い出に残る日にしたいもの。あれもこれも気をつけていたら、きっと覚えきれないわ」

「そりゃ一理ある」


 どうせロルフ達は社交界の異端児みたいなものだ。であれば周りではなく、自分達が納得できるようにやったらいい。

 開き直ったロルフは「オレが目障りだと思ったら叩き出す」という条件をのめる者に限り、参加を認めることにしたのだった。




 そして迎えた披露宴当日。

 出入りのしやすさを考慮して、会場はニフタ国で一番美しいとされる庭園が選ばれた。ユリウスが推薦してきたので、それに従ったのだ。


「わあ…!ジゼルさん本当に綺麗です!おめでとうございます!国中を探しても、ジゼルさんより綺麗な花嫁はいませんよ!」

「おめでとうございます!これは僕と姉さんからです」

「素敵な花束ね。二人ともありがとう」


 披露宴が始まる前に、ヴィッキーとディーンが一番乗りでお祝いしてくれた。姉弟は裏方に徹することを決めていたので、始まってしまえば話す時間はとれない。そのため、ジゼルの支度が済んだ頃合いに花束を渡しにきたのだ。

 ジゼルは時々、親友の面影をヴィッキーに重ねていたから、彼女が飛び跳ねて喜ぶ様に目を細めるのだった。


 来場者はひっきりなしにやって来た。先陣を切ったのはユリウスである。ロルフは条件反射で顔を顰めていた。


「なんで来るんだよ」

「逆に聞くがどうして来ないと思った」

「負け犬がよく顔を出せるなって感心してんだ」

「完敗だったから心置きなく祝えるんだろう。それに見方によっては、私という障害があったおかげで、二人の絆が強まったとも言える」

「自意識過剰だ、馬鹿野郎」


 棘のある言葉を吐かれても、ユリウスにはまるで堪えていない。ロルフを器の小さい男に見せるような対応の仕方である。

 だがロルフもなりふり構っていなかった。先程からジゼルが口を開こうとするたびに、それを遮って自分が喋っている。


「結婚後も私に協力してくれるのだな」

「お前のためじゃねぇ。故郷に会いたいヤツがいるんだよ」

「そう心配せずとも、私は潔く身を引く。今後は我が国の大切な民として、それから頼もしい部下として接していく。ロルフ、君のこともな」

「……」

「結婚おめでとう。誰よりも幸せになってくれ」


 ユリウスは晴れ晴れとした顔で、祝福の言葉を残していった。

 続いて現れたのは、ポールとジャスパーだ。ポールなんかは既に泣いている。彼が涙脆いのは知っているが、どうやら新郎新婦の姿が遠目に見えた時点で泣き出したらしい。握り締めたハンカチがぐっしょり湿っている。


「きったねぇ面しやがって」

「すまない…娘と息子を見ているようで…感極まってしまう」

「お前の息子とか気色悪いったらねぇぜ。金を積まれてもお断りだ」

「先輩のお子さん達はまだ小さいでしょうが」


 後輩にまでずけずけ言われてしまい、ポールは別の涙が滲んできた。でも彼を号泣させたのは、意外にもジゼルだった。


「わたしはお父様を早くに亡くしたから、ポールがお父様の代わりに見守ってくれたら嬉しいわ」

「ジ、ジゼル殿…っ!うぅ……綺麗になった娘を、父君もきっと見たかったでしょうに…っ」


 男泣きし始め、まともに喋れなくなったポールは、後輩が回収していって事なきを得た。ロルフときたらその背中に「オッサンが酒を飲んだら問答無用で摘み出せ」なんて、とどめを刺すのであった。


「冷たい男だ」


 ロルフ達のやりとりを聞いていたアレックスは肩をすくめる。


「今日くらいは駄々をこねずに正装に着替えただろうな?」

「嫌味を言いに来るほど補佐官サマは暇らしいな?」


 ニックが王太子の補佐官を降りた後、その空席についたのはアレックスである。皮肉の応酬はそこそこにして、彼はニックから預かってきた伝言を告げた。


「『まだお二人に合わせる顔がありません。ご両人の末永い幸せを祈ります』と言っていました」

「余計なお世話だって突き返しておけ」

「ロルフったら……アレックスさん、お礼をお伝えくださいね」


 その後も、二人を祝いに訪れる者は絶えなかった。ジゼルは一人一人にきちんとお礼を述べていたが、ロルフは彼女の横で料理を食べ続け、返事もおざなりだった。


「おめでとうございます。王都で共に戦って以来ですね」

「これほど別嬪な花嫁が、ワシの嫁以外にいたとはな!ワハハッ!」

「次の戦場では我が隊と共闘していただきたいですな」

「いやいや、我ら弓隊への加入を検討していただきたく」

「めでたい席で血生臭い話題はやめないか。我が隊はあなた方に何度も助けてもらいました。お二人が今日という日を迎えられ、私も感無量です」


 だがしかし、次第にロルフが危惧していた連中が現れ始める。花婿には目もくれず、花嫁を見てだらしない顔になる男達だ。


「お、お美しい……!」

「見惚れてないで、はやく挨拶しろよ!後ろがつかえてるんだぞ!」

「俺達だって噂のジゼル殿とお話ししたいんだ!」

「押すなよ!目が潰れる前に、姿を脳裏に焼き付けておかないと……!」


 彼らは早口かつ小声で騒いでいたため、口論はジゼルの耳を素通りしていた。ただし、ロルフはその限りではない。


「オイ、そこのクソ野郎。目ん玉ならオレが潰してやる」

「黙々と食べてるだけかと思ったら、しっかり聞いてたのか!?」

「…ったく。どこでも同じようなのが湧きやがって」


 ゆらりと立ち上がったロルフの手には、黒い剣が握られていた。今の今まで食事用のナイフを持っていたはずなのに、いつ持ち替えたのか。


「丁度いい。テメェら全員、オレの腹ごなしに付き合え」


 彼の目は完全に据わっていた。それでいて口角だけ上がっているのが、恐ろしさに拍車をかける。しかし男達は青ざめつつも逃げない。綺麗な花嫁の前だから格好つけたいのだ。


「き、君みたいに強くて男らしいだけが取り柄の奴に負けるか!」

「馬鹿かお前!褒めてどうする!」

「正直羨ましいぞ!ちょっと見るくらい別にいいだろう!」

「そうだそうだ!」

「狭量!」

「嫉妬の塊!」

「何とでも言ってろ。テメェらはそこで地団駄踏むのがお似合いだ」


 国宝級と名高い庭園で始まった乱闘を、周囲の客は呆れた顔で眺めていた。でもジゼルだけは「とっても楽しそうね」と呟き、ずっと笑っていたのだった。




 披露宴の翌月。二人の姿は北の戦場にあった。

 大軍を興したユリウスは「今回の遠征で北のヤドア国を平定する」という目標を打ち出した。つまり、成功すれば一つの国が滅びることになる。だが視点を変えれば、国の統合へまた一歩近付くのだ。


「どんな戦場でも、オレ達のやる事は変わらねぇよ」

「ええ。そうね」


 ジゼルは愛用の弓を背中からとった。左手に嵌めた腕輪が太陽の光を弾く。


「いつも通り守ってやるから、さっさと一緒に帰るぞ」


 頼もしい彼の手が、空いた背中に添えられる。ジゼルは満開の笑顔と共に「わかったわ」と、いつも通りの約束するのであった。

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