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 パーティーが御開きになり一夜明けると、ジゼルの姿は王太子の私邸へ移っていた。例の如くそこで休暇を過ごすためである。

 ヴィッキーとディーンの二人と、ゆっくり談話できるのは久しぶりだった。ヴィッキーが用意してくれた茶菓子は今日も美味しい。


「連合軍が攻めて来たって聞いた時は、さすがに体が震えました。あたし達は正式な隊員じゃないから、早く退去するようユリウス様から言われたんです」

「帰りなさいって叱られたの、初めてだったね。姉さん」

「それで二人はどうしたの?」

「嫌ですって言いましたよ!でも『今回限りだぞ』って、辛うじて許してもらえただけなんです…」

「僕たち、とうとうお留守番です…」

「二人がいないのは寂しいけれど、戦火から離れているのは悪いことではないわ」


 ユリウスに恩義を感じている姉弟は、まだ少し不服そうだった。でもジゼルは、ユリウスが退去を告げた気持ちも分かる気がした。いくら二人が覚悟はしていると言っても、衝撃的な光景を目の当たりにすれば、その記憶は心の傷として残るかもしれない。せっかく救った子供達に、新たな傷を作るなんてあってはならない事だ。


「同行できないとなると、新しい仕事を見つけなくちゃね。ディーン」

「姉さんはともかく、僕を雇ってくれる人がいるかな?」

「あら…このお屋敷で雇ってもらえないの?」

「そりゃあお願いすれば雇ってもらえるでしょうけど…王族にお仕えできるのは貴族の方々の特権で、あたし達は特別に居候させてもらっているだけです。雇ってくれなんて、図々しくて言えません」

「ユリウス様に迷惑はかけられませんから」

「どのみち、いつかは自立しなくちゃいけないので!ちょうど良い機会だと思うことにします」

「二人とも本当に立派ね。わたしがディーンと同じ年齢だった頃は、仕事という単語すら頭に無かったはずよ。自分が恥ずかしいわ…」


 ジゼルが肩を落としかけた、ちょうどその時。使用人がやって来てユリウスの訪れを知らせた。来訪は予定にあっただろうかと、ジゼルは記憶を掘り起こそうとしたが、使用人の急ぎ方を見るに急な事だったようだ。


「わたしは紅茶を注ぐ役目だったわね?」


 以前、懇切丁寧に教わったことを彼女は覚えていた。ところが使用人から「そんな事はいいです!」とばっさり却下されてしまう。


「あっ。今日はレモンを浮かべるだけでよかったかしら」

「紅茶もレモンも忘れてください!それよりもお召し替えを!」


 使用人に背中を押されるようにして、ジゼルは支度部屋へと連れていかれた。彼女の格好は、ディーンに弓を教えていた時のままだったのだ。


 優秀な使用人達の早技で、ジゼルはあっという間に身綺麗にされた。そして再び背中を押され、先ほどヴィッキー達とお喋りしていた部屋に戻されたのである。部屋の中にはユリウスとニックが加わっていた。


「邪魔してすまないな」

「ここは殿下のお屋敷ですよ。お邪魔しているのは、わたしのほうじゃないですか」


 ユリウスは楽しいところに水を刺した、という意味で言ったのだが、ジゼルにはちょっとズレた解釈をされてしまった。しかし彼は「そうか」と返事を濁しながら微笑んでいた。


「貴女の意見を聞きたくて、足を運んだのだ」

「わたしの?何かお役に立てますか?」

「…その期待に沿える自信はないが、とりあえず話を伝えよう」

「はい」

「昨日をもって貴女は我が国の貴族となった。そこでジゼル・スクード男爵には、屋敷が下賜される事が決定した。貴女に聞きたいのは、どういった屋敷が良いかという具体的な希望だ」

「……」

「ジゼル?聞こえているか?」


 ユリウスは彼女が瞠目したまま硬直しているのを見て心配になった。彼女の隣に座るヴィッキーが様子を窺い、肩を軽く揺すってみるも反応が無い。


「ジゼルさん、ジゼルさん。瞬きくらいはしてください」

「いや姉さん。呼吸のほうが大事だよ」


 姉弟も姉弟で、降って湧いた話に気が動転しているようだ。


「いきなりで悪かったが、少し落ち着いてくれ。一旦、お茶でも飲もう」


 温かい紅茶を飲んだことで、ジゼルは瞬きと呼吸を思い出した。


「屋敷を持たぬ貴族というのも体裁が悪い。特に貴女は国王直々に名を賜ったのだから、体面を整える義務がある。それは分かってくれるだろうか」

「……はい」


 ジゼルは段々と話が飲み込めてきた。ユリウスの言い分はもっともであるが、自分が屋敷を持つことになるとは考えに入れていなかった。

 しかし不意に、彼女はある事を閃く。我ながら名案だとご満悦なジゼルは、嬉々としてヴィッキーのほうへ振り向くのだった。


「ねぇ、ヴィッキー。お庭は広いほうが良いわよね?」

「えっ?そうですね…?」

「厨房はどんな造りにしたら、使い勝手が良いのかしら?」

「…?ジゼルさん、お料理をしたいんですか?」


 何で自分に尋ねるのだろう、とヴィッキーは疑問符を浮かべながら返事をする。


「わたしじゃなくて、お料理の修行中なのはヴィッキーでしょう?」

「??なんだかさっきから、あたしが使う前提になってませんか?」


 絶妙に噛み合わない会話の原因はジゼルのはずなのに、彼女まで不思議そうに首を傾げているので収拾がつかない。


「あなたとディーンで支援施設を作りたいって、話してくれたじゃない」

「…………えぇっ!?!?まっ、まさか…っ、ジゼルさんのお屋敷を、施設にしたらいいって言ってるんですか!?」

「そうよ?わたしも協力するって約束したわ」

「それは覚えます、覚えてますけど!!」


 とんでもない発言だがジゼルの態度は普段と変わらず、ヴィッキーは自分のほうが変なのかと混乱してきた。

 次いでジゼルは椅子から立ち上がると姉弟の前まで来て、ヴィッキーの手を取るのだった。

 もはや蚊帳の外になってしまったユリウスとニックは、興味深そうに静観を続けている。


「ヴィッキー。わたしはあなたの言葉が無ければ、兵士に戻ろうとは思わなかった。わたしが戦って、この国の役に立てたとしたら、それはヴィッキーのおかげよ。わたしの功績はあなたの功績でもあるのに、わたしだけ褒美を頂くのはずるいじゃない」


 ジゼルの喋り方は、言葉の一つ一つを丁寧に探しているようだった。


「わたしが一人で住むだけのお屋敷なんて、土地の無駄遣いだもの。ヴィッキー達に使ってもらえたほうが、よっぽど有益だわ」

「……でも…」


 屋敷を提供してもらえたら、姉弟の目標は実現へ大きく近付くだろう。土地探しは最大の悩みどころと言ってもいい。だからジゼルの申し出は助かるの一言に尽きるのだが、どうしても気が引けてならない。


「譲渡が困るなら、貸し出す形でも良いわ。とにかく、ヴィッキーとディーンの望むように使ってもらえないかしら」


 これほど熱心に勧めてくるジゼルというのは初めて見たかもしれない。どこか必死さも感じられる眼差しに、ヴィッキーはとうとう観念した。スクード男爵名義の屋敷を貸してもらう約束を交わし、その証とばかりに固く握手をするのだった。

 ヴィッキーとディーンが声を詰まらせながら礼を述べている間。彼女達の横ではユリウスが側近に耳打ちしていた。


「ニック。敷地が広くて、利便性の高い場所を第一候補に」

「俺も同じことをお聞きしようとしていました」

「フッ、そうか」


 口ではニックへ返答しつつも、ユリウスの視線は涙目の子供達に抱きつかれるジゼルへと注がれていたのだった。

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