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無事に謀反を鎮圧したジゼルとロルフは、すぐに元いた戦場へ引き返そうとした。ところが、アレックスが二人を引き止めたのだった。彼は二人にもうしばらく王城に留まってくれと頼んできた。
「エグモント公は死んだが、まだ残党がいる。今回の件が完全に落ち着くまで、ルシウス陛下をお守りしてほしい」
「オレ達、この国の人間じゃねぇのに、うるせぇ事は言われないんだろうな」
「今は一人でも多く信頼できる者が必要なのだ。これは陛下のご意向でもある」
「あっそ。飯は食い放題か?」
「好きなだけ食べていろ」
「なら引き受けてやるぜ」
「あの…ユリウス殿下のほうは大丈夫でしょうか」
ジゼル達が戻ったからといって劇的に戦況が変わる訳でもないが、本来の持ち場を離れているのは気にかかる。
「向かった援軍がそろそろ到着するはずだ。兵力の差さえ埋まれば、殿下が負けることはないでしょう」
「それはどうだか。案外、あっさり負けたりしてな」
「無様な負け方をするようなお方ではない。お父上の無事をお聞きになったら尚更な」
悪い事が続いた後は、良い事が続くらしい。
それから五日後の夕刻に「南のヨトバ国王が急逝した」との情報が届いたのである。ジゼル達は丁度、護衛の任務にあたっていたため、国王が一報を聞く場に居合わせた。
王の崩御はその国にとって、良くも悪くも重大事だ。特に今回みたいな戦争中に王が交代するのは、そのまま勝敗へ直結すると言っても良い。
重要となってくるのは次の国王がどのような人物であるかだが、それについてはアレックスが耳打ちしてくれた。
「ヨトバ国の王太子は和平を推し進めていた。そのために国王の反感を買い、長らく軟禁状態にあったと聞くが、じきにそれも解かれるだろう」
ユリウスのように父を敬い、協力を惜しまない親子もいれば、対立する親子もいるのだ。
「このまま王太子殿下が王位を継げば、東の国への援軍はすぐさま中止され、我が国との話し合いにも応じてくれるかと」
それを知り、胸を撫で下ろしたのはジゼルだけではなかった。その場にいた者全員が、安堵の息を吐いていたのである。
東と南の連合軍が襲いかかり、一時はどうなるかと思われたが、決着は意外な形となった。ヨトバ国では順当に王太子が王位を継承し、期待通りに自軍を引き上げさせた。ニフタ国が前々から持ちかけていた同盟にも快諾しただけでなく、ルシウス達が目指す国の統合にも賛同する姿勢を見せたそうだ。
加勢を失った東国軍はというと、敗走を余儀なくされた。そこへユリウスの猛追がかかり、炭鉱山と近辺の都市まで奪われる大敗を喫する羽目になった。
連合軍の侵攻を阻んだ上に、当初の予定を上回る成果を持ち帰った王太子の凱旋は、それはそれは盛大であった。民衆はユリウスを英雄だと讃え、感謝を表した。しかしながら彼は脇目も振らずに王城へと帰還したのである。
「私は父上の危機の折に、帰ることをしなかった不孝者です。申し訳ございませんでした」
ユリウスは謁見するなり父の前に跪き、開口一番に戻って来なかった事を詫びた。そうするより他になかったとはいえ、罪悪感は消えてくれない。
俯く息子に近付いたルシウスは、その肩を労わるように撫でるのだった。
「よさぬか息子よ。お前が前線を離れていたら、私は我が子を殴らなければならなかった」
「父上…」
「此度の勝利、見事であった。お前自身も苦境にありながら、凄腕の援兵を寄越してくれた事も感謝する」
ルシウスはそう言って広間の端を見遣る。そこには近衛兵に混ざって直立姿勢をとっている、ジゼルとロルフがいた。彼女の姿を見つけた瞬間に迫り上がった感情について、ユリウスは言葉で説明することができなかった。
これにて一件落着と相成ったはずだが、翌日。朝からロルフの怒声が扉を突き破るのであった。
「なんでまだこんな所にいなきゃいけねぇんだよ!!」
一秒でも早く出て行こうとする彼を足止めするのは、ポールとジャスパーだ。
「大きな声で『こんな所』なんて言うなっ」
「国王陛下のお耳に届いたらどうするんだっ」
「知るか!護衛はもう終わっただろ!しかも何だよこの服!ふざけんな!」
揉める三人の前にはアレックスが立っていた。彼は溜息をつきながら、駄々をこねる男へ淡々と説明する。
「君は祝賀の式典に招待されていると伝えただろう。国王陛下がご出席なさる式典では正装が礼儀だ。ふざけてなどいない」
戦争で勝利をおさめた事と新たな同盟を祝うため、ルシウスは祝賀の式典を宣言した。式典ではより目立った戦果をあげた者へ、国王から恩賞が与えられることになっている。
そして目出度くもジゼルは功労者の一人に数えられた。それによってロルフも参列が義務付けられたのだ。だが堅苦しいことが苦手な彼は、正装に着替えることを拒み、一目散に帰ろうとしているのである。
「恩賞を受け取るのはジゼル殿で、君は指定の場所で立っているだけでいい。何をそんなに嫌がる必要がある。鎧のほうがよほど息苦しいだろう」
「だったらオレの代わりに、ポーかパーを出席させとけ!」
「病気でも負傷でもないのに、代理を立てられる訳なかろう!」
「あと名前はきちんと呼ばないか!」
「じゃあ今から足を折ってやる!!そしたら立ってるだけもできねぇからな!!」
手に負えないので、もう不参加でいいのではとポール達の心が折れかけた。しかしその時、控えめに扉を叩く音が彼らを救ったのである。
「ロルフ?足を折るって聞こえたけれど…」
次いで、扉の向こうから心配そうな声が聞こえてきた。男達の大騒ぎは廊下まで反響していたので、通りがかったジゼルが驚いて足を止めるのも無理はない。
ロルフは急に黙り込み、置物のように動かなくなった。ポール達も馬鹿みたいなやり取りをどう説明してよいか分からず、一緒になって固まっている。そうこうしているうちに、彼女が扉を開けてしまう。
「いったいどうしたの?」
恐る恐る入ってきたジゼルは、すでに着替えを終えていた。貴婦人の正装は重厚感のあるドレスだ。国王の御前へ出るにあたり、貧相な格好はできない。有無をいわせず準備されていた正装を着付けられたジゼルだが、文句のつけようがないほど美しかった。ジゼルを知らない人間が見たら、王族だと間違えてしまってもおかしくないだろう。
ロルフはドレスとか宝石とか、食べられない物に興味を持てなかったが、ジゼルが身に付けているとちゃんと価値ある物に見えた。
「大丈夫?」
あんまり綺麗すぎて見惚れてるなどとは口が裂けても言えないロルフは、だんまりを決め込むことにしたようだ。赤面を隠すようにそっぽを向くだけで話が進まない。仕方なしにアレックスが口を開くのだった。
「騒いで申し訳ない。彼は空腹で気が立っているだけなので大丈夫だ」
「あら…寝坊でもしたのかしら?朝食はしっかり摂らないといけないわ」
何がどうなったら空腹で足を折る事態になるのか。まったくもって謎であるが、ジゼルに疑う素振りはなかった。彼の腹具合を心配するだけして、彼女は退室していったのである。
ジゼルをひと目見たら、ロルフは反抗する気が失せたらしい。無口な置物になったままの彼は、今が好機とばかりに着替えさられた。ぼさぼさの髪も整えれば、見れない事はない。まさしく馬子にも衣装というやつだ。
式典が終わるまでこのまま大人しくしてほしかったが、廊下ですれ違ったヴィッキーとディーンから「なんか照れてます?」と図星を突かれた際に、ロルフはくわっと目を剥いた。
「ああ゛?ブッ飛ばすぞ!」
お手伝いに来ていた姉弟をいきなり凄んだ彼は、アレックスに後頭部を叩かれるのだった。




