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 ロルフの出現により、行軍の足は止まってしまった。ジゼルも聴取されることになり、ユリウスから追及を受けた。


「つまりあの男は、貴女の盾兵だったと」

「はい」

「……それだけか?」

「…?それだけです」


 あれだけ派手に暴れてしまったからには、もう隠し立てはできない。ジゼルは質問に対し、すべて正直に話したのだが、ユリウスは不審な表情のままだった。彼女は自分の話を信用してもらえないと困ったが、そんな風に思っているのはジゼルだけである。


(少なくとも、先程の彼は『それだけ』ではないだろうな)


 ジゼルとロルフには「ただの弓使いと盾兵」という関係性に収まりきらない繋がりが在った。特にロルフのほうは顕著だった。ユリウスでさえ短い時間でそれくらいは見てとった。


「失礼します、殿下」

「ニック、怪我は大丈夫か」

「単なる打ち身です。それより報告を」


 ロルフの聴取はニックが担当した。どうやらジゼルの言葉が相当効いたらしく、彼は打って変わって静かになったようだ。


「ニフタ国に侵入した理由は、ジゼル殿から解雇の書類を貰っていないため、だそうです」

「……なんだそれは」

「さあ…『まだ盾兵をクビになってねぇから、仕方なく仕事しに来ただけだ』と言っていましたが…」


 破茶滅茶な屁理屈である。退役する際に書く書類があると言えばあるが、役職もない兵士が一人、無断で消えたところで軍は痛くも痒くもない。もっともらしい言い訳のようで、実際のところはこじつけに過ぎなかった。ユリウスは呆れてものが言えなかったが、やはりジゼルだけはズレていた。


「そんなものが必要だったなんて…余計な苦労をかけてしまったわ…」


 なんて呟き、落ち込む始末である。誤解をとくと余計にややこしくなりそうだったので、ユリウスは話を進めることにした。


「他には何か言っていたか」

「しきりに空腹を訴えていました。終いには『腹が減るから喋りたくない』と口を閉ざしました」

「そうか」

「どうなさいますか?」


 本来ならば王太子に刃を向けた罪で死刑だが、ユリウスが煽ってそう仕向けた部分がある。よって、命までは奪わないつもりだった。しかし無罪放免にする訳にもいくまい。考え込むユリウスに不吉な予感でもしたのか、ジゼルは気が気でない様子だった。


「心配しなくとも、乱暴なことはしない。軍律を守らない人間だと勘違いされたままでは、私の名誉に関わる」


 それを聞いて、ジゼルはあからさまに安堵する。対照的にニックの反応は芳しくなかった。彼は容赦なく蹴り飛ばされたのだ。内心穏やかではいられないだろう。けれどもホッと息を吐くジゼルの手前、何も言わずにいたのだった。


「…ユリウス殿下。ロルフと話がしたいです。駄目でしょうか」

「それは許可できない」


 あまり期待はしていなかったが、にべもなく断られてしまい、ジゼルは目を伏せた。先程はロルフを説き伏せるだけで、弓のお礼すら伝えられなかった。聞きたい事だっていっぱいあるのだ。格子越しでもいいから、顔を合わせて話したかったけれど、駄目なら諦めるしかない。


 そうこうしているうちに、辺りは真っ暗になっていた。ジゼルは天幕を抜け出そうかとも考えたが、ユリウスも同じ場所にいるので断念せざるをえなかった。彼を出し抜くのはかなり骨が折れそうであった。もし見つかってロルフにまで迷惑をかけたら本末転倒である。

 いつもと違い、目を閉じてもすぐに眠れなかった。結局、彼女が寝入ったのは夜明けまであと二時間という時刻だった。


 ユリウスはジゼルが眠っているのを確認すると、天幕の外へ出て行った。山の向こうは明るくなりかけている。

 兵士達が寝静まっている所を避けるようにしてユリウスは歩いた。向かう先は、囚われ人がいる牢だった。便宜上、牢屋と呼んではいるが、家畜を運ぶ格子付きの荷車とほぼ変わらない。

 ユリウスは見張りの兵士を去らせ、牢の中にいる男に話しかけた。


「随分と下手な言い訳だったな」


 すると、背中を向けて寝転んでいたロルフが体を起こした。後ろ手に縛られ、足にも鎖がついているのに、彼は器用に座るのだった。


「でもアイツは騙されてただろ」


 暴れはしないものの、ロルフはずっと不機嫌だ。ジゼルが必死に止めるから抵抗をやめただけで、依然としてはらわたは煮え繰り返っている。


「何の用だよ。テメェの面なんか視界に入れたくねぇんだ」

「彼女は君のことをただの盾兵だと言っていたが、君はどうなんだ。何故ここまで追いかけてきた」


 ロルフは「あ?」と地を這うような声を出すのだった。


「何故もクソもねぇよ。惚れてる以外に理由があるか」

「彼女には頑なに誤魔化すわりに素直だな」

「はなから見返りは求めてねぇからな」


 ジゼルを探しに来たのも、彼女のために激怒したのも、守ろうとするのも全部、ロルフがしたいからやった。彼女を敵国で独りにしておきたくなかった。言うなれば、自己満足の果てである。


「見かけによらず健気な男だ」

「気色悪いこと言うな」

「もう一つ聞くが、どうやってこちら側に入ってきた?」

「隊の連中が余計な世話を焼いたんだよ」


 怪我を完治させたロルフは退院したその足で、国境を越えるつもりでいた。今後の身の振り方を迷わなかったのは、最初から彼女を追いかける事が、ロルフの中で決まっていたからだ。

 けれどもバルビール隊の面々に行く手を阻まれた。国境越えは入念な準備をしていけと説教された。鬱陶しく思いながらもロルフが従ったのは、彼らが真剣だったからだ。


 ───副隊長のこと頼むぞ。


 ───お前にぜんぶ託すからな。裏切ったら承知しないぞ。


 ───お前は頼りになる奴だよ。口の悪さにはうんざりだったけどな。


 仲間達は見張りを引きつける囮役になり、ロルフの国境越えを支援してくれた。ジゼルの弓を見つけ、破損箇所を直したのも仲間のひとりだった。


「そうか。君達は仲間に慕われているのだな」

「連中が慕ってんのはアイツだ。で?テメェはこんな話が聞きたくて、わざわざ来たのかよ。暇人だな王太子ってのは」

「君の処遇について決めるにあたり、本人の言い分を聞きたかった。このまま大人しく沙汰を待っていろ」


 話を切り上げて去っていったユリウスに、ロルフは鼻を鳴らしただけだった。そして再び背を向けて寝転がる。自分のせいでジゼルの立場が悪くなっていないだろうか。それが今、彼が最も心配している事であった。

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