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ジゼルが負傷してからというもの、ヴィッキーがあれこれと身の回りの世話を焼いてくれた。しかし日が落ちてユリウスが戻ってくると、その役目は彼に代わるのだ。ジゼルは何度も遠慮したのだが、彼はやや強引に手当てをしていく。
「情婦という設定なのだから、この程度で狼狽えてもらっては困るが」
「……なるほど。それもそうですね」
「……貴女は本当に危なっかしい」
そうやって溜息を吐かれたのは、三日前のことである。
傷口からの出血はとうに止まり、熱感も治まってきた。今は引き攣った感じだけが残っている。完治するまで弓は没収となったため、する事も無い。足は無傷なのでジゼルは野営地を当てもなく歩き回っているが、ユリウスにはあまり良い顔をされなかった。多分、大人しく静養していろという意味だ。
「あれ?ジゼルさん」
「なにか用事でしたか?」
「いいえ、歩いているだけよ。二人はお仕事?」
軍隊の中で働いている孤児は、ヴィッキーとディーンだけだった。お手伝いさせてくれとユリウスに泣きついたらしい。本来ならば戦火から離れた所にいるべき子供であるため、姉弟は負傷兵や遺体を目にしない雑用を割り当てられている。雑用といっても多岐にわたり、野営地では毎日のように、ちょこちょこと走り回る姿が目撃されていた。
「僕達も休憩をもらったところです」
「ジゼルさんもひと休みしませんか?」
「そうね」
国籍が違っても敵視しなかった稀有な人物は、この姉弟くらいだ。ジゼルは二人に敬意を払っているし、二人もそんな彼女に好感を持っていた。談笑している様子は、三人姉弟のようである。
「怪我の具合はどうです?」
「順調だと思うわ」
「よかった!ジゼルさんの弓が見られなくなるの、寂しいですもん。ね?ディーン」
「うん。またいっしょに練習したいです」
「ありがとう」
倒木に腰掛けて喋っていると、ここが戦場だということを忘れてしまいそうになる。
「この国には良い薬があるのね。痛みがすっと引いたわ」
「それってもしかしたら、ニック様が調薬したのかも」
「まあ……ニックさんは医者だったの?」
「いえ、ご実家が製薬に携わっているらしいです」
「僕はヤケドした時に薬を塗ってもらったんですけど、すごい効き目でした」
二人の話を興味深く聞いていたジゼルであったが、不意に勢いよく立ち上がった。
「わっ!?ど、どうしたんですか!?」
「急に動いたら傷に触りますよ!?」
ヴィッキーとディーンもつられて立ち上がる。ジゼルが一点を凝視しているので何かと思えば、空に太い黒煙が上がっているのを見つけたのだった。ヴィッキーは「あれってユリウス様達が戦ってるところ!?」と顔を青くする。
「……違うと思うわ」
ジゼルがぽつりと返答した。地図を覚えるのは不得手な彼女だが、方向感覚はまともである。黒煙が見えるのは、ジゼルが戦っていた城塞都市とは逆方向。彼女の感覚が外れていなければ、そこには二つ目の城塞都市があるはずだ。
(どうして逆側から煙が?向こうの都市では戦っていなかったのに……)
二つある城塞都市のうち、片方を陥落させる事が目的だとは聞いていた。だがしかし、それは激しい攻城戦をしていた方の都市だと思った。ジゼルだけではなく、きっと兵士達は皆そのつもりで戦っていただろう。
どんな手口を用いたかは分からない。けれどもユリウスは敵を油断させ、隙を作り出すのを得意としている。そうやってアザン国は裏をかかれたのだ。此度の攻城戦においても、彼は敵を動揺させるための戦略を練っていたに違いなかった。
片方の城塞都市が陥落して一日を待たずして、攻城戦をしていた方も落ちた。正確には向こうから降伏してきたのだ。
「どうやって勝利したのですか?」
兵士達が勝利の杯で盛り上がっている最中、ジゼルはユリウスと天幕の中にいた。包帯を交換する手付きを眺めながら、彼女は率直に疑問を投げかけたのだった。
「手始めに情報操作をした。我々が攻める都市はどちらか、敵にわざと掴ませたのだ」
「敵に知られたら、守りが堅くなって攻めにくくなるのでは……」
それで手薄になった方を攻めるなら分かるのだが、ユリウスはそうしなかった。
「敵が来ると分かれば籠城の準備に入る。武器をかき集め、食糧を貯め、侵入を阻むための罠を張る。だが都市には民間人も大勢いる」
城門を閉ざせば、食糧の調達は途絶える。つまり戦えない人間は、食い扶持を減らすだけの邪魔者でしかない。女子供や老人は、戦いが始まる前に出て行かざるを得なかっただろう。しかしヤドア国は政情がとても不安定だ。いきなり出ていけと命令されても、逃げられる場所は限られる。そう、例えば。ひとまず敵が来ないと事前にわかっている都市、とかである。
「避難民の数を数える暇もなかっただろう。こちらの老兵が数名紛れ込んでも気づくことはできまい」
「……あっ!」
「籠城の際、食糧は金より価値がある。それが燃え尽きたら終わりだ」
ジゼルが見た黒煙は、避難民に化けた老兵達が食糧庫に火をつけた煙であった。続いて、逃げ道を断つために、予備軍として控えていたユリウスの部下が都市を包囲する。都市の中にいたのは、もう一方の城塞都市で戦っている兵士達の家族だ。都市ごと人質にとってしまえば、呆気なく片はついた。
ジゼル達が派手に戦えば戦うほど、敵の目は欺かれたことだろう。「聞いていた通り、こちらの都市には敵が来ない」と思い込ませ、ユリウスは敵の油断を誘ったのだ。
知らぬ間に敵が懐深くに潜り込んでいた、そう気付いた瞬間の寒気にはジゼルも覚えがある。似たような手口で芸が無いと言えばそれまでだが、ユリウスは策を練り、実行の判断を下すのがとても早い。開戦前から戦いは始まっており、敵が彼の思惑を読もうとした時には、何手も先を読まれているのだ。
「貴女には申し訳ないことをした。傷痕が残ってしまうだろう」
唐突に自身の怪我の話になり、ジゼルは目を瞬かせる。彼が苦々しい顔をする理由がわからなかった。双方が武器を持って戦っているのだから、怪我はつきものだ。見える場所でもないし、弓が引けるならどうということはない。
「弓が使えるので問題ありません」
「それならば良いが……」
歯切れの悪い言い方をするユリウスに、ジゼルは小首を傾げた。
「傷痕が残ることで、作戦に何か影響が出るんですか?」
「……ふむ。そうくるのか」
「?」
「いや、こちらの話だ」
ユリウスは一人で話を完結させてしまい、ジゼルは訳が分からないままであった。




