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 ジゼルがユリウス軍に加入して七日が過ぎた。戦況はというと、初日とさほど変わっていない。だが変化は起きていた。ジゼルを守る盾兵達の態度が、少しずつ軟化していたのである。

 ポール達は彼女の弓矢が、味方の窮地を救うのを幾度も目撃した。嫌味を言ってきた相手でさえ、躊躇なく助けていた。それでいて感謝も称賛も求めないジゼルの態度は、彼らの心境を変化させ、ぎこちなかった雰囲気が普通に挨拶を交わせる程度になった。


「おはようございます。ジゼル殿」

「おはよう、ポール。良い天気ね」

「そうですね。今日も一日、よろしくお願いします」


 ジゼルもほんの時折、小さな笑みを返すくらいは顔の強張りが緩んでいる。本日は快晴で、風も吹いていない。彼女の腕前が冴え渡ることだろう。


 朝から正午近くまで、ジゼルは城壁の下から苦戦している味方の援護を続けた。援護を受けたところは一時的に敵を押し込むものの、彼女が離れるとじわじわ押し戻されてしまう。ジゼルが一ヶ所に留まることができれば良いのだが、如何せん敵がそれを許してくれない。今もまたニックがやって来て、移動の指示を受ける。


「ジゼル殿。南側の隊が危ういとの事です。援護に向かってください」

「分かりました」


 全体の指揮官でもあるユリウスは、常にジゼルのそばにいる訳ではない。だが、移動しながら援護する都合上、彼の姿を見かけることはしばしばあった。

 今日の場合、苦戦している箇所の戦況を見に来たようだ。ユリウスはジゼルが来るなり、城壁を指差した。


「あそこにいる大柄の男が、恐らく防御の要だ」

「はい」


 急を要すると判断したジゼルは、その場で弓を構える。ユリウス軍の兵士達は黒い隊服を着ており、敵味方の区別はしやすい。階級が上がり、装飾や武具が豪華になるほど敵の姿は浮いて見えた。目視できてしまえば、標的を穿つことは造作もない。


「次は誰を狙いますか」


 馬上からでも難なく的中させたジゼルは、既に次の矢を右手に持っていた。ユリウスは再び城壁を見上げ「次は…」と口を開きかけた、その直後のことである。


「ジゼル殿!!危ないっ!!」

「っ!」


 突然、ニックが大声で危険を知らせてきた。びくりとジゼルの肩が揺れるのとほぼ同時くらいに、彼女は馬から落ちていた。


「盾兵!彼女を守れ!」

「は、はい!」

「申し訳ございません!」


 ユリウスの鋭い命令が飛び、盾兵達がジゼルを囲む。のろのろと体を起こしたジゼルの腕には、矢が刺さっていた。運悪く流れ矢に当たった衝撃で、落馬してしまったのだ。


「見せてみろ」

「……っ」


 すぐさまユリウスも駆け寄り、彼女の腕に触れる。少し持ち上げられただけでも痛みが走り、ジゼルは小さく呻いた。防具のおかげで貫通は免れていたが、決して浅くない傷だ。


「ニック。私が彼女を押さえる。君は矢を引き抜け」

「はい。了解しました」


 矢尻は刺さる時より、抜く時の方が苦痛を伴う。ユリウスはジゼルが身動ぎしないように強く抱きしめた。


「声は上げて良いから、なるべく動くな」

「…はい」

「ジゼル殿、しばしご辛抱ください」


 ニックが矢に手を掛ける。ジゼルは目を瞑り、歯を食いしばって、痛みに耐える準備をした。彼女を抱える腕に、さらに力がこめられる。


「失礼します…!」

「…っ!…うっ……」


 矢は一気に引き抜かれた。しかし一瞬だったとはいえ、肉がずるりと持っていかれるような感覚は、何とも気持ち悪かった。隊服の中を生温かい血が滴っていくのが分かる。ジゼルが呼吸を整えている間に、ユリウスが簡単に止血処置をおこなった。


「私は彼女を連れて離れる」

「かしこまりました。こちらはお任せを」




 ユリウスはジゼルを腕に抱いたまま、後方へ退がっていく。てっきり軍医のもとへ送り届けるのかと思ったが、彼は自分の天幕まで戻ってしまった。


「…傷口を見る」


 そう言いながら、ユリウスは防具を外しにかかっていた。そこでようやく、ジゼルは焦るのだった。まさか手当てまでするつもりなのか。


「えっ…自分でやります」

「貴女が不器用であることは報告を受けている」


 確かに包帯を綺麗に巻けた試しはないが、だからといってユリウスにやってもらう理由にはならない。負傷兵のために軍医が控えているのだ。

 それに腕の傷を見せるには、隊服を脱がなければいけない。肌着は脱がないとしても、肌を晒すのは抵抗がある。医療行為に恥ずかしいも何も無いが、お嬢様育ちのジゼルには気が引ける事だった。


「では救護班の人に手当てしてもらいます」

「治療道具ならここに一式ある」


 ジゼルが何を言っても、彼は手を離してくれなかった。


「…複数人に肌を見られるより、私ひとりで済ませた方が良いだろう」

「……」


 それも一理あるかもしれない。ジゼルはそう諦めて、抵抗をやめた。大人しく隊服を脱ごうとしたのだが、動かすと痛むせいで腕を袖から抜くことができず、ユリウスに袖を切ってもらった。

 やはり傷口は浅くなく、しばらくは矢を握ることができなさそうだ。


「痺れはないか?」

「今のところありません」

「後で新しい隊服と、痛み止めを持ってこさせる」

「…お手を煩わせて、申し訳ありません」

「それは構わない」


 手当てが終わると、ユリウスは毛布をかけてくれた。肌を見られた気恥ずかしさから、ジゼルはずっと俯いていた。


「…ありがとうございました。傷が塞がり次第、復帰します」

「頼もしいことだが、数日中に決着がつくだろう」


 思わずジゼルは顔を上げた。攻城戦は大抵が持久戦になると聞く。実際、ジゼルが援護に回っていた都市もまだ陥落できそうにない。それでもユリウスには決着の未来図が見えているらしい。


「貴女はこのまま休んでいるように」

「…はい」


 命令されるまでもなく、こんな腕では弓が引けない。ジゼルは傷口を庇うようにして横になった。


(戦えなくなるような怪我をしたのは初めてだわ…)


 彼女は無意識のうちに、傷口を摩っていたのだった。

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