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ユリウス・ニフタ=カートライトは、麗しい容姿に似合わぬ策略家であった。此度の戦いはアザン国が優勢に進んでいるように見えたが、それこそがユリウスの罠だった。ニフタ国が攻めあぐねているように"見せた"だけで、その実、彼はずっと観察していたのである。
彼は観察に四日を費やし、五日目に準備へと移った。あの濃霧の日、ユリウスは配下達をアザン国の兵士に化けさせ、敵陣に潜入させていた。戦場を歩けば幾らでも亡骸は転がっている。敵の防具を奪うなど造作もないことだった。濃霧はユリウスの工作を上手いこと隠してくれた。
潜入させた配下達には、負傷兵になりすましてアザン国軍の懐深くまで入れと指示してあった。一箇所でも綻びを作れば充分だった。配下達が天幕に火を放ったのを合図に、一気に進軍すれば良い。敵の布陣は把握していた。そのための四日間だったのだ。
ニフタ国の作戦は初めから、南部を陥落させることを目的に練られている。つまるところジゼル達は敵の術中にはまり、初手から読み違えてしまっていたのだ。ユリウスの口から明かされた戦いの裏側に、ジゼルは呆然とするしかない。
あれから彼女は両手を拘束され、ニフタ国の陣営に連行されていた。私物を取りに戻ることはおろか、別れの挨拶さえ許可されなかった。有無を言わさず彼女を攫ったユリウスだが、説明する気はあったらしい。ジゼルは彼の淡々とした説明を、黙って聞いていた。
ユリウスは夜戦を仕掛けた折、将官級の人間を殺さずに捕縛した。アザン国との交渉材料が必要だったのである。捕らえた兵士はおよそ二十名。全員、何かしらの位が与えられている実力者、あるいは名だたる貴族だ。そこまで聞いたジゼルは、尋ねずにはいられなかった。
「……将官級という基準は、何で判断したのですか」
「千人以上の部下を抱えているかどうかだ。それ以下の小隊長は斬れと命じた」
「っ!!」
ジゼルの顔から血の気が引いた。それではフィンレーは殺されたのか。兵士たるもの捕虜になるくらいなら戦死したほうが誉れだと言われる。しかしそんな常識なんかジゼルの知った事ではない。そんな事はどうでも良かったのに。フィンレーさえ生きていれば。でなければアリシアが……
「誰か大切な者でもいたか」
起伏の少ない声で問われたが、ジゼルは俯くだけで答えなかった。彼女の顔色が答えのようなものだった。
ユリウスは弁解することもなく、やはり淡々と説明を続けるのだった。
「知っていると思うが、我がニフタ国は貴女の国と違い、東西南北を敵国に囲まれている」
アザン国を含め、四つ国と隣接しているニフタ国は、常に侵略の脅威にさらされている。しかし逆も然り。四つの国は常にニフタ国からの侵略を警戒しなければならない。
どこか一国との戦争に注力しすぎると、他の場所で防衛に綻びが生じる。この緊張が、五つの国の均衡をぎりぎりのところで保たせていた。だがそれも、今後は崩れていくのだろう。ニフタ国が仕掛けてきた戦いは、均衡を壊すものだったからだ。
「今回の戦争を長引かせる訳にはいかなかった。長く見積もっても一週間で決着させるつもりだった。五日で片付いたのは僥倖だ」
ユリウスは領土の一部と、二十二名の将官を人質にしてアザン国へ同盟を持ちかけた。
──この同盟を拒否する場合、ニフタ国は総力をもってアザン国を滅ぼす。しかし同盟に合意するなら人質を解放し、今後アザン国への不可侵を約束する。
南部の戦場はすでにユリウスが制圧していた。そこから総攻撃を加えられたら、一国の陥落も現実味を帯びてくる。しかも人質に取られた二十二名の中には、王家の傍系の人間もいた。
人質を見殺しにして戦いを続行するか否か。全ての判断はアザン国の将軍に委ねられ、そして彼は同盟という選択をとったのである。この先、将軍の判断が賞賛されるか非難されるかは、アザン国の王と民次第だ。
「貴女は聞かないのだな。どうして新たな人質に選ばれたのか」
「……」
それはもちろん不思議だった。けれど涙も出ないほど絶望しているジゼルには、興味すら湧かないことに成り果てていた。
「油断は隙を生む。隙を突かれることで生じる動揺は、冷静さを失わせる。私はそうやって戦い、勝利してきた」
一度侵略されかけ、防備を強固にした南部は決して抜かれない。
本命は南部ではない。
夜戦を仕掛けてくることはない。
そういうアザン国の思い込みを、ユリウスはまんまと利用した。彼はいつも、相手を動揺させる側であったのだ。
「だが今回、私は自分の油断に気づかされた。霧の中で斬り合っていた最中に、矢で狙われるなどとは思っていなかった」
一対一の決闘とは違い、戦場ではどこから攻撃がきてもおかしくない。そんな事を知らぬはずはないのに、霧の中で狙い撃ちされる可能性を、ユリウスは思考から排除してしまっていた。ジゼルの一矢は、彼の油断を暴いたのである。
「己を脅かす存在が気になるのは人間の性。私は、私の油断を明らかにした者が無性に気になった。それがまさか、貴女のような華奢な娘だったとはな。つくづく貴女は意表を突くのが上手い人だ」
ユリウスの口調に貶めるような響きはない。敵ながら素直に感心しているらしかった。しかし、いくら褒められてもジゼルの気持ちが浮上することはない。
「さて。今後の貴女の処遇だが、正式に同盟が結ばれた後に改めて知らせる。それまでは捕虜として過ごすように」
ジゼルは終始反応も示さず指図されるがまま、簡素な牢に入れられたのだった。




