エリアスの人気
令嬢達の噂話は全てエリアスの事だった。好きな食べ物、好きな色、好きなレストラン、好きな女性のタイプ。クララの知らないことばかりだった。そして今日ファーストダンスを踊った相手はアンドレア・カシュー,リード王国の宝石と言われる姫だった。アディーレは至宝、アンドレアは宝石。その噂話ではアディーレ姫は振られたと言っていた。エリアス様に振られる、一生立ち直れそうにないわ。どうやら令嬢達の噂によるとエリアス様は守ってあげたくなるようなか弱い女性が好きらしい。クララはその時点で既に論外だ。クララは弱いけど強いと言われている。水竜の泉を魔法で消し去ってしまう女なんて嫌よね。絶望的だわ。クララのテンションは下がっていった。それに、先ほどエリアス様と一緒に踊っていたアンドレア姫は淑女の嗜みである手芸も得意らしく先日エリアス様に刺繍のハンカチをプレゼントしたと言っている。今エリアス様の一番のお気に入りと言われる姫で結婚相手として有力候補だと噂されていた。クララは刺繍などしたことがなかった。教えてくれる母親もいなかった。エリアス様の好みに合った方がいるなら私など相手にされるはずがない。あのキスも、遊び相手?好きだよも、愛しているも、そんな言葉、無かった。一気に気分が落ち込んだ。
私こうして社交界に今日初めて参加したけれど、どうやら馴染んでないように感じる。ひょっとして私、浮いている?!クララは我にかえり周りを見回すと誰一人クララに寄ってくる人はいない。それに、ジロジロと見られている。何か私、ダメだったかしら?クララはさらに意気消沈し、壁側に移動し近くのソファーに腰をかけた。何をしたら良いのかわからず手元を見ているとカルロスが声をかけて来た。「クララ!探したよ!!お前こんな隅で何してんだ?」カルロスはいつもと違い髪もセットされ正装姿がかっこよかった。「カルロス、こんばんは。今日とても素敵だね。」クララはカルロスをみて泣きたいのを我慢し笑いかけた。「こんばんわじゃないだろ?クララ、お前今日めちゃくちゃ可愛いな、俺婚約者いなかったらプロポーズするぞ?!」カルロスは笑いながらクララの横に腰掛けて言った。「カルロス,冗談ばっかりね。グロリアやダフネも楽しんでる?」クララは,姿の見えない二人の様子をカルロスに訪ねた「あいつら恋人に夢中で、まあ、たまにはいいんじゃないかと。あんな気の強い女は俺は遠慮だけど、、友達としては最高に良いな。」カルロスはメイドにワインをもらい一口飲んだ。「うふふ、そんなことないわ、二人とも自分を持っているだけなの、素敵な女性よ?」クララもメイドからワインをもらい一口飲んだ。「ところで、クララ、お前注目浴びてるってわかっているのか?」カルロスが言った。「え?何のこと?そんな訳ないわ。私、何かおかしいのか誰にも声をかけてもらえないし。ー誰も近くに来てくれないの。だから隅っこでひっそりしていようと思って。」クララは両指を組みながら下を向き言った。「お前って本当にマイペースだな。こんなに可愛いクララなら俺がエスコートしたいけど、今日はな。じゃ俺行くわ」カルロスは言いたいことだけ言ってどこかに行ってしまった。クララはまた一人になった。何気なく近くにいる令嬢達を見ると令嬢達はクララと目があってもすぐに逸らした。
なんだか嫌われているのかもしれない。少し疎外感を感じた。もう帰りたい、そう思い立ち上がった時目の前に女性が現れた。
「初めまして、突然お声がけして驚きました?先日レストランで」クララの目の前に現れたのはアディーレ姫だ。「あ、アディーレ姫様、先日は、。あ、申し遅れました、私はクララ・タピアと申します。」クララは慌ててドレスを持ち上げ頭を下げた。まさかアディーレ姫に声をかけられるとは、エリアス様に振られたと聞いているだけに気まずいわ。クララは笑顔を向けながらも戸惑っていた。アディーレ姫もにっこりと微笑みながら扇子を開き口元に当てクララに近づき言った。「単刀直入にお伺いいたしますが、エリアス様とはどのような御関係ですか?」クララは突然の質問に驚き急に体温が上がった。手のひらに汗が滲む。「エ、エリアス様に仕える人間として学んでおりますゆえ、どのようにお答えすれば良いのか、、」クララはアディーレ姫が何を聞きたいのか、何が言いたいのかいまいちつかめない。「あの日、エリアス様はあなたをエタン王子から助けた時、特別な感情があるように感じました。それに、あの後にこの城の階段であなたとすれ違ったあと、エリアス様は私を馬車まで見送ってくださらず、すぐにあなたを追って戻られました。」アディーレ姫はクララを睨むように見つめ言った。「あ、あの、エリアス様は、私たち公爵家が絶対的忠誠を誓うお方で……」クララは自分との関係と言われてもエリアスから愛の告白があった訳ではない為答えようのない質問だった。「あなた私を馬鹿にしているの?あなたがエリアス様をどう思っているのかを聞いているのよ?」アディーレは痺れを切らしたように扇子を閉じ手の上でパンパンと叩きながらクララに言った。クララは急に態度を変えたアディーレに驚き、どう答えたらこの場が収まるのか分からず両手を握り締め俯いた。ここで素直に憧れの人で大好きですと言ったらここに居る令嬢達は私をどう思うのだろう?タピア家の醜聞を盾に私を凶弾するかもしれない。どうしよう。クララは唇を噛んだ。
「アディーレ姫、久しぶりですね?」エリアスが現れクララの横に立った。「エ、エリアス様、お久しぶりでございます」アディーレ姫は慌てて扇子をしまいエリアスに挨拶をした。エリアスは和かな笑顔を浮かべながらアディーレ姫に挨拶をし、クララを見た。「クララ、プレゼントしたドレスとても似合っている。少し、話がしたいのだが」エリアスはクララの手をそっと取りその手に口づけをした。その様子を見ていた令嬢達から悲鳴が上がった。クララは顔が真っ赤になりエリアスを見つめた。ときめきで言葉が出ない。口づけされた手に力が入った。エリアスはクララの手から唇を離し「行こうか?」と目を細め言った。クララは緊張のあまり頷くのが精一杯だった。「ではアディーレ姫失礼します。」エリアスはクララをエスコートしそのままパーティ会場を出て行った。クララはエリアスの行動に頭の中が真っ白になった。
エリアスは会場に入ってからずっとクララの姿を探していた。アンドレア姫とファーストダンスを踊っている時に入口近くの壁際にいるクララを見つけた。プレゼントしたドレスを纏うクララは妖精の様に美しい。思った通り彼女によく似合っている。けれど一人でいるクララの大きな水色の瞳が寂しげに揺れていたが、目があった瞬間嬉しそうな顔でこちらを見たクララに愛おしさが沸き起こった。ダンスが終わったらクララの元に行かねば、なぜなら令息達が遠巻きにクララを見ている。だが、精霊に愛されているクララはどこか近寄りがたいオーラがあり気軽に声をかけられる雰囲気ではない。令嬢達もその存在感を気にしながらも話しかけられず見ている最中アディーレ姫が現れクララに声をかける姿が見えた。ようやくダンスが終わり外交のための挨拶もそこそこにクララの元へ急いだ。
アディーレ姫は私を好いてくれているが、私はその気がないことを伝え、それ以来距離を置いてきた。だがまさかクララに声をかけるとは。私はクララがくだらないことに巻き込まれることは望んでいない。皇子として必要な外交はするが,それ以外の付き合いはしないと他国の王族に通達してきたのだが、お構いなしに姫や令嬢が訪ねてくる。だからあえてクララを連れ出した。もう私には心に決めた人がいるのだと誰が見てもわかるように。
エリアスはクララを連れ中庭に出た。フランシスカの薔薇の前に行きクララに一輪手折り渡した。クララは嬉しそうに受け取りエリアスに微笑んだ。「クララ、そのドレスとても似合っている」エリアスはクララの髪にそっと触れた。クララは目の前にいる美しいエリアスが自分だけを見つめてくれる現実に気が遠くなるほどときめいた。嬉しくて恥ずかしくて幸せすぎて頭の中がグチャッグチャで何も考えられない。「エリアス様、ドレスをプレゼントして下さってありがとうございます。とても素敵なドレスで嬉しいです。」クララは緊張しながらもエリアスを見つめお礼を伝えた。エリアスは返事をする代わりにクララを抱きしめた。クララはエリアスに抱きしめられて身体に力が入った。エリアスはクララが緊張している事がわかり優しく話しかけた。「クララ、こうされるのは嫌?」そう言いながらエリアスは抱きしめる腕を強めた。「い、いいえ、」クララは喜びに胸を詰まらせ返事をした。「フフフ、クララあれを、フランシスカの薔薇を見て」エリアスはそう言いながらクララを抱きしめる片手を離し薔薇を指差した。クララはエリアスが指差す方に目を向けるとフランシスカの薔薇の色が変化し始めた。真っ白な花びらが真紅に変わり真ん中の花芯は真紅から白に変わった。「真紅に花芯が白これはルカスの薔薇だよ。皇帝ルカスの愛を表すルカスの薔薇」エリアスはそう言ってまたクララを抱きしめた。クララはその薔薇を見つめ涙がこぼれ落ちた。「あ、すみません」クララはなぜ涙が溢れているのかわからないが後から後から溢れ出す涙を止める事ができない。エリアスは何も言わずクララの涙にふれその瞳に優しくキスをし、クララを抱きしめた。クララはエリアスの胸の中で以前もこんな事があったような既視感、エリアスに抱きしめられた嬉しさよりも切なく悲しく、思い出したくない何かがあるように感じた。
エリアスはなぜクララが泣いているのか全てわかっていた。クララの奥底にある辛い記憶。思い出して欲しくないと願わずにいられないほど愛する人を深く傷つけた過去の記憶。エリアスは何も言わずクララを抱きしめていた。




