フランシスカの死
フランシスカは罪人だ。皇女を救い出しカンタン帝国を滅亡させた英雄だとルカスの執事は言ったが、罪人は城の中に入ることは出来ないと許否しフランシスカは薔薇の誓いをしたあの場所に行った。決して枯れることのないルカスへの愛を表すフランシスカの薔薇の前でルカスを待った。
カンタン帝国を崩す為単身で乗り込んだフランシスカはロサブランカの魅惑の魔法を使い皇帝を骨抜きにした。ルカス以外愛せないフランシスカはルカスの為なら憎き敵も愛しているように接することも出来る。心が震えるほどの愛を教えてくれたルカス。心が死んでしまうほどの苦しみを味わっている今、フランシスカが出来ることはルカスの敵であるこの憎きパシリオ皇帝を殺しカンタン帝国を滅ぼすこと。感情を殺しルカスのためだけにフランシスカは魅惑の魔法を使い敵を虜にした。突然現れたフランシスカを怪しむ皇帝の有能な部下達を罠に嵌めことごとく粛清させた。それからは砦が崩れるが如く内部分裂し、最終的に皇帝は孤立しフランシスカによって殺された。死ぬ間際パシリオ皇帝は涙を見せフランシスカに言った。「フランシスカ!私を愛していると言ったのは嘘だったのか?!」フランシスカは死にゆく皇帝に言った「私の愛を捧げた人はこの世でただ一人だけ。ナバス帝国のルカス様だけ」
フランシスカはただひたすらにルカスとエリカの幸せだけを願っていた。この戦いが終われば全ての苦しみから愛する人の手によって解放される。その日を心の支えにし一人戦ったのだ。
ルカスはフランシスカが戻ってきたと聞き、会いたく無いと思った。なぜそう思うのか説明が出来ないが、彼女に会ったら、フランシスカを殺さなければならない。あのフランシスカの薔薇は枯れることなく美しく気高く咲き続けていた。だからこそフランシスカに会うことに抵抗を感じていた。薔薇の前で自分を待つフランシスカを城の中からずっと見つめていた。タピア家の当主、美しいフランシスカ・タピア。
憂を含んだあの瞳を見ると胸の奥底に何かが引っ掛かるのを感じる。それは何かわからない。ルカスはフランシスカを見つめていた。けれどずっとそのままにしておくこともできず結局ルカスはフランシスカの元に行った。フランシスカは目の前に現れた愛する人、ルカスに深く頭を下げ、剣を差し出した。この剣で殺せと言う事だ。その剣は遥か昔初代皇帝エリアスがタピア公爵家当主ララに下賜した王家の聖剣ミスティルテインだ。フランシスカはタピア公爵家が無くなる為、この聖剣をミラネス王家に返上する為にもってきたのだ。
愛するルカスにこの剣で殺して欲しい、楽になりたい、フランシスカはそんな気持ちでルカスを見つめた。
「ルカス皇帝、タピア家の罪は一族の罪、ようやく罪を償う機会を迎える事が出来ました」フランシスカはルカスに頭を下げ剣をさしだしたまま穏やかな口調で言った。ルカスはフランシスカの手から剣を受け取り、フランシスカが誓った二つの誓い思い出した。
フランシスカがこの場にいるということは、この薔薇が美しく咲き続けている理由はその忠誠心が一度も揺ぐことがなかったという事実だ。ナバス帝国に対しても、ルカスに対しても。それなら名誉ある死をルカスはフランシスカに与えなくてはならない。罪人という事実を変える事は出来ないが、皇帝自ら処分をしたという名誉はこれから死ぬものにとって大きな意味がある。ルカスは剣の鞘を抜いた。その剣はミスティルテインという聖剣で初代皇帝エリアスが大きな功績を残したタピア家に渡したもの。しかしタピア家はミラネス家を裏切った。タピア公爵家は滅亡する事が決まっておりフランシスカはこの家宝の剣を皇帝にこの命と共に返上する為に差し出したのだ。
ルカスはこのままフランシスカを殺すことを躊躇していた。理由はわからない。目の前で跪き頭を下げている美しいフランシスカを心の中で殺したく無いと拒否する気持ちがミスティルテインを持った瞬間心から溢れ出し眩暈を起こした。ルカスがよろめき剣を落としそうになった時、フランシスカがルカスの手を支えた。そして二人は見つめあいフランシスカはルカスに微笑んだ。その微笑みは薔薇の花が綻ぶような美しく優しい微笑みだった。
その瞬間ルカスはフランシスカの事を思い出し叫んだ。「フランシスカ!!」しかしそれと同時にフランシスカは瞳を閉じそのまま後ろに倒れた。ルカスは倒れゆくフランシスカを引き寄せ抱きかかえた。その瞬間フランシスカの薔薇全てが真紅に染まり花心が白く変わった。ルカスがフランシスカに捧げた愛を現した薔薇が咲き乱れた。ルカスの腕の中にいるフランシスカは穏やかな微笑みを浮かべ二度と目覚めることはなかった。フランシスカは死んだ。
フランシスカは死ぬ瞬間幸せを感じた。ルカスが自分を思い出したからだ。薄れゆく意識の中でフランシスカは思った。辛い日々を過ごしてきたけれど今は幸せの中で死ぬことが出来る。けれどもしまた生まれ変わることがあるならばもう二度と誰かを愛したく無い、ルカスを愛した事を思い出したく無いと願った。生き地獄のような日々を二度と経験したく無い。もし生まれ変わったとしても同じように生まれ変わったルカスに会わないよう、出会ったとしても思い出さないように祈った。そして愛娘エリカの幸せを願った。
フランシスカは薄れゆく意識の中でルカスが自分の名を呼ぶ声が聞こえあの幸せだった日々を思い出しながら死んでいった。
ルカスとフランシスカの薔薇の誓いは表向きはルカスに対する絶対的な忠誠心を誓い、それが守られアデリナ皇女を連れた時、その誓いは成就しルカスの剣で名誉ある死を迎えるという誓いだった。けれど実際はルカスが自分の意思でフランシスカを殺す行動は誓いにならない。誓いとはどの状況であっても精霊によって強制的に随行されるものが誓いなのだ。ルカスはそんな初歩的なミスに気が付けないほどフランシスカに関心がなかったのだ。それを理解していたフランシスカは誓う時に本当の誓いを立てた。自分が愛するルカスを裏切る事があった時に、もしくはルカスがフランシスカを思い出した時に薔薇の棘ががフランシスカの心臓を貫くと言う誓いだ。罪人となったフランシスカをルカスが思い出した時、ルカスはフランシスカを殺す事ができなくなる、それは皇帝として示しがつかない,思い出さない時は約束通りミスティルテインでフランシスカを殺す。どちらにしてもフランシスカはルカスの事を考え彼の前から消えるようにしたのだ。
タピア家の精霊石が光り、フランシスカの精霊石は真紅から真白に変わった。
全てを思い出したルカスはフランシスカの後追おうとミスティルテインを自分の胸に突き差した。しかし聖剣はルカスの命を奪う事が出来ない。なぜなら今はルカスの代わりがいない。神の意思が働いたのだ。死ぬことができないルカスはフランシスカを抱きしめ泣き崩れた。愛する人を忘れなければ皇帝になれないミラネス王家の存在と初代皇帝エリアス、そして神を恨んだ。なぜエリアス皇帝はそこまでしてこの国を存続させようとしたのか?なぜミラネス王家はそこまでして皇帝でい続けなければならないのか?この王家は逃げることのできない宿命をこの先もずっと背負い続けなければならないのかと絶望した。ルカスはあの壁に刻んだフランシスカという文字を思い出した。あの壁には沢山の言葉が書かれていた。歴代の皇帝達は皆ルカスと同じように命をかけるほど大切な何かを忘れたく無く絶望の中であの文字を刻んだのだ。
それから三日三晩ルカスはフランシスカの側から離れなかった。薔薇の精霊によって奪われた命の器は腐る事がない。フランシスカはまるで眠っているような姿で神殿に安置された。




