氷山
セリオに連れられクララ達は移動した。セリオは長いグレーのロングコートを羽織っており、黒の編み上げブーツが軍人らしく精悍にみえる。まさに百戦錬磨、多少のことで動じない軍師でミラレス王家の家臣を代表する偉人と称えられるだけあり、この氷点下十五度でもいつもとなんらからわない姿は尊敬に値する。
リアナは真っ白なロングコートに襟元は白い毛皮の襟巻きをし、まるで雪の精霊が舞い降りたかのように見える。長い髪は時々光に当たりキラキラと輝き、深い紺色の瞳、長いまつ毛全てが美しくクララはそんなリアナを見つめながら夢であの美しい髪に触れたことを思い出し知らず知らずに顔が笑顔になっていた。「レオンなにか嬉しそうだな」カルロスはグローブをはめた両手を擦り合わせながらクララに声をかけてきた。「嬉しそうに見える?」クララは笑顔で言った。「うん、見える、あ、リアナ様見てたのか!」カルロスは少し前を歩くリアナを見てクララに言った。「フフフ、内緒」クララはそう言ってまたリアナを見つめ歩いていった。
雪が降り積もっている平野に到着したカルロス,ダフネ、グロリアは各自決められた場所に移動していった。「レオン、北側のあの目印がある場所に行き十時の方向に攻撃をしなさい」セリオは言った。目の前の広大な平野の向こうにとてつもなく大きな山が見える。その山は氷で覆われており炎の攻撃をも跳ね返すと言われるほど氷が厚い。正面にカルロスが見える。その左、五百メートルほど離れた場所にダフネ、さらにその左奥にグロリアがいる。正面の山に向かって一番端、左側がクララの場所だ。クララはセリオとリアナに一礼をし、目的の場所に歩いて行った。
昨晩雪が降ったのか表面の雪はさらさらしており一歩進ごとに足が埋まる。歩きづらい新雪に足を取られ転びながらも定位置に着いた。
「確か、あの山の中腹を目がけ魔法を放つのね」目標を見ると中腹ではなくもっと下に真紅の旗印がある。思ったより下なんだ。クララは足場を慣らし片手を上げ集中し軽めの魔法を放った。「フェルド」火球が山の旗印を目掛け飛んでゆき目標物に当たると爆音をあげ爆発した。「うん、いける」クララは魔法の高度を上げた。「ジャーマ」大きな炎が目標物に当たり爆発した。その高熱で一帯の雪が一瞬で溶け山を覆う分厚い氷が見えた。太陽の光に反射しキラキラと光っている。「綺麗、、」
クララはさらに難易度の高い魔法を使う為集中したその瞬間、嫌な空気を感じ集中が切れた。「ハッ!しまった!」途切れた集中力の歪みで魔法のエネルギーが暴走しかけた。魔法エネルギーが暴走するとコントロールが効かなくなる。すぐにそのエネルギーを分散させるため高度な蒸発魔法を使った。「エバポラシオン!」行き場を無くしたエネルギーが数百メートル先で蒸発魔法に捕まり一瞬で消え去った。その時周りが高温になり雪と氷が溶けた。
「危なかった、、」クララはホッと息を吐き辺りを見回した。さっきの嫌な空気、、まるでお父様がいるような、、、。そう考えた瞬間クララは背筋が寒くなった。まさかこんなところにはいるはずもない。大丈夫。集中しよう。気を取り直しまた魔法を使うため集中し呪文を唱え始めた。
「ドーン!」
放っていない炎の魔法が突如山の旗印付近に放たれた。「え?!なに?!」驚き声を上げたクララは魔法を放つタイミングを逃した。「まずい!!」行き場を失ったエネルギーは光の速さで雪山に飛んで行き旗印よりもっと低い位置にで大爆発を起こした。その瞬間ゴゴゴッと大きな音と共に地面が大きく揺れ山が白煙をあげた。「あ、」白煙に見えたのは雪だ。大規模な雪崩が起きた。クララは我にかえり逃げようとしたが雪に足をとられ思うように進めない。それでもこの場から逃げようと焦ったクララはとうとう転んでしまった。「ああ、間に合わない、、」爆発の大きさに比例し雪崩のスピードは早く、体制を崩したクララを一瞬で飲み込んだ。
レオンはクララの魔法を見て驚いた。威力の強い魔法が使えるクララに対し強烈な嫉妬心を覚えた。「クッソォ!」レオンは徐に立ちあがろうクララを睨みつけた。その様子を見てウーゴは慌ててレオンの手を引っ張り地面にしゃがみ込ませ怒り出した。「レオン!急に立ち上がってなにをやっているのだ!誰かに見られたらどうするつもりなのだ!」レオンはウーゴに引っ張られ尻持ちをついた。「ク、、クソッあの女!!!」レオンは怒りに震え眉尻を上げながらウーゴに言った。「父上!姉上の魔法は元々私が受け継ぐはずの魔力です!もうがまんできません。」レオンはまた立ち上がり突如雪山に向かって炎の魔法を放った。
「レオン!何をしている?!魔法を使うなどバレたらどうするんだ!」ウーゴは慌ててレオンの腕を掴みもう一度引っ張った。「ウワァ!お、お父様慌てないで下さい」レオンはウーゴに腕を引っ張られた反動でまた尻餅をつき少し不満げな表情でしウーゴに言った。「お父様、私の魔法はバレません。大丈夫です。炎の魔法を使える人間が二人いるなど誰も知りませんからあの女、、お姉様自身が放った魔法だと誰もが疑わないでしょう」レオンはそう言いながら感情的になった自分を嗜めるように洋服についた雪を払った。「さすが次期公爵だ。けれどレオン、自分の感情を剥き出しにし行動するのは良くない。改めるように」ウーゴはそう言いながらも息子の行動力にまんざらでもない表情をうかべた。
レオンの言う通りそれぞれの特性の魔法を使えるのは各公爵家に1人しかいない。古の契約であり建国当初から決まっている事だ。レオンのはなった魔法によって結果的にクララの魔法が暴走し大きな雪崩が起きた。思惑通りクララは巻き込まれたのだ。これで元妻に手をかけた忌まわしい記憶から解放される。クララが生まれた日、あの日から悪夢を見る日々が始まった。炎の精霊イフリートに骨まで焼き尽くされる恐ろしい悪夢。クララを見ると憎しみと罪悪感と恐ろしい悪夢を思い出し顔も見たくなかった。あの瞳は私にとって恐怖の対象だった。静かに悲しそうな瞳で私を見つめ死んでいったルシアナの瞳。クララの瞳はルシアナの瞳だ。
「よし!上手くいった!!」レオンは雪崩に飲み込まれたクララを見てニヤリと笑った。
一方でセリオとリアナは突如様子がおかしくなったクララを見守っていた。何かがおかしい、そう感じた瞬間、クララが放っていない魔法が発動された。「何事だ?!」二人は嫌な予感がしクララの方に走り出した時、クララは雪崩に飲み込まれた。一瞬の出来事だった。
何者かが炎の魔法を使いレオンを狙った!
セリオは高度な物理防御魔法を唱え大量に押し寄せる雪崩を魔法壁で止めた。
リアナは雪に埋もれたクララ捜索魔法で見つけ出し抱き上げると息が止まりグッタリとしている。
「まずい!息をしていない!」リアナは急いでクララのローブを脱がし心臓マッサージをしようと胸に手を当てた。
「何?!」リアナは即座に防御魔法をかけ外から自分達が見えないようにし、グッタリしているクララに心臓マッサージと人工呼吸を繰り返した。「ウ、、、」リアナの適切な救命によりクララは弱々しくも息を吹き返した。「レオン?!レオン?!」リアナが呼びかける。しかし意識は戻らずグッタリとしている。「すぐに邸宅に戻らなければ、、」冷え切ったクララの身体を自分のローブで包み防御魔法を解いた。既に目の前には近衛兵が待機しておりリアナはクララを抱え馬に乗りセリオに先に戻ると合図をし邸宅に急いだ。
その様子を見ていたウーゴはレオンに言った。「リアナ様がクララを助けた。生きているかもしれないからこうして居られない。クララはお前の魔法を見た。替え玉だとクララの口からバラされる前に私たちが先手を打たねば!今すぐにリアナ様の邸宅に向かうぞ」




