信じてくれたアンヘル公爵家
洞窟にクララが入って五分もしないうちにすごい地鳴りが聞こえダフネは心配した。
(何が起きたの?居ても立っても居られない。クララは思い詰めているようだった)
ダフネは自分が何も出来ない事を知っている。今はクララの無事を信じ祈ることだけだ。
両手を胸の前で組みクララの無事を祈った。地鳴りを聞きつけたダフネの父パシャルドと母チェスは洞窟にやって来た。娘のダフネの祈る姿を見て二人もダフネと共にクララの無事を祈った。
ゴゴゴッ!
大地が大きく揺れ洞窟が崩れ落ちる。ものすごい風圧と土埃が舞い上がり目の前の景色が見えなくなった。
「クララー!!」
ダフネが叫ぶと目の前にクララが現れた。ダフネはポカンとした顔でクララを見つめる。
「ダフネ驚かせてごめんね。帰りました。」
ダフネは明るく笑うクララに少々腹立たしく思いながらも抱きついた。
「お帰り!!」
クララもダフネを抱きしめその耳元で謝った。
「ただいま。心配かけてごめんね」
「あなたがタピア公爵様?私はダフネの父のパシャルド、こちらは母親のチェスです。お帰りなさい、歓迎いたします」
パシャルドとチェスは人懐っこい笑顔を見せ片手に獲物を持ちクララに言った。
「初めまして、クララ・タピアと申します。どうぞクララとお呼びください、今日は突然こんなことになってしまい、すみません」
クララはバツの悪そうな表情を浮かべ笑顔の二人に謝った。
「いいえ、ダフネから聞きました。私はいつも精霊に生かされていると思っておりますし、クララが言いたいこと、私には理解できます」
パシャルドが言った。
「クララ、私たちは常に命をこうして頂き、大自然に生きています。私も夫と同じで、精霊に感謝しています」
クララは二人の言葉を聞いて瞳が潤んだ。ダフネはおおらかさがある。その理由はこの両親だとわかった。生きることの厳しさや、生命への感謝を持っている。クララはノーミードの祝福をアンヘル一家に与えた。パシャルドとチェスは簡単な魔法が使えるようになり、ダフネの魔力はアップした。
「どうか今まで通り精霊に感謝を捧げる毎日をお過ごしください。このアンヘルの地は精霊の力を強く感じます。それはきっと大地を司るアンヘル公爵家の力だと思います。街にも精霊を祀る精霊殿を作ってください、皆が精霊を感じられるように」
その夜は大自然の空の下パシャルドとチェスが狩った獲物の命を頂き、自然とはなにか、命とは何か、そんな話を四人で語り合った。
クララにとってこのアンヘル公爵家の生き方は自分が目指す考えであり生き方だと教えられた。自然に身を任せあるがまま受け入れる。生命の尊さに感謝し一日を大切にする。
(だから私はダフネに全てを話せたのね。ここは神よりも精霊が強い。大地は生命。ここは特別な場所だわ)
クララ穏やかなアンヘル一家に心の安らぎをもらった。パシャルドは力強く、チェスはおおらかでその娘ダフネはその性質を受け継いでいる。この領地は自然と動物と人間が共存している。心の故郷のような場所。久しぶりに静かで心に染みるような穏やかな夜を過ごした。
しかし翌朝、ナバス帝国からの使者がアンヘル公爵に来て事態は一変した。
至急クララに城に来るようにと命令が下ったのだ。
「なぜ呼び出しでなく命令なのですか?!」
ダフネが使いの騎士に抗議した。だが騎士はわからないと答えた。ダフネは納得していない。その様子を見たダフネの父パルシャドは騎士に言った。
「タピア公爵は騎士の君よりも位が上、そしてここは我が領地。客人であるタピア公爵を力づくで連れて行くなら、アンヘルは抗議する!」
パルシャドはそう言ってクララを守るようにその前に立ち、母チェスはクララを渡さないと言うように抱きしめた。そしてダフネは呪文を唱え始めた。
「ダフネ!いいのよ、大丈夫だから、パルシャド様、チェス様、守ってくださってありがとうございます。」
クララはダフネの手を握り言った。側から見たらアンヘル公爵家が反逆を行なっているようにみえる。クララを守る為そのリスクをものともしないアンヘル一家の気持ちに胸が詰まった。
(ここまでしてくれる人がいる。それが私に勇気を与えてくれる。本当にありがとう)
目頭が熱くなり、心が震える。クララはその気持ちに涙をこぼし、その様子を見ていた騎士は黙って馬車に乗り込んだ。
「ダフネ、もっと色々お話ししたかった。でも私行くね。パルシャド様、チェス様、私を信じ守ってくださってありがとうございます。今の私に一番必要だった信じる気持ちを沢山いただきました。本当に感謝申し上げます」
二人は首を左右に振り言った。
「クララ、私たちは当たり前のことをしただけ、クララは他人じゃないから。また帰っておいで」
クララは二人の頬にキスし、ダフネを抱きしめた。
「何かあったらすぐに助けるから」
ダフネは徐に首にかけてあったネックレスを外しクララに見せた。
「これは?」
そのネックレスには石がついている。その石は透明なレモン色をしていた。
「これはね、黄金なる時の石と言ってクララに降り注ぐ不幸を取り除いてくれる石」
ダフネはクララの首にかけながら言った。
「そんな大切な石、」
「大切な友人だからよ」
その言葉を聞きクララはロサブランカを呼び出し薔薇の木を一本アンヘル公爵家入り口に植えた。「これは友情の薔薇、冬でも夏の暑さにも負けず一年中咲くの。ずっとダフネのそばに居るわ。色は薄いグリーンよ」
クララは自分の指をナイフで切ってその根本に垂らすと一気に薔薇が開花した。その香りは優しく爽やかで二人の友情の美しさを感じさせるような香りだった。
「クララ、自分の信じる道を歩みなさい、クララは間違っていない」
パシャルドはそう言ってクララを抱きしめた。
「そうよ。クララ、あなたの信念は真っ直ぐで決して折れない。思うように生きるのよ」
チェスもクララを抱きしめた。アンヘル一家がクララを信じてくれる。その気持ちはこれから始まるエリアスとの対峙に大きな勇気を与えてくれた。
(耐えられなくなっても信じてくれる人がいる。それだけで前に進める)
クララは万感の思いを胸に三人に頭を下げた。その目には涙はなく、強い覚悟の光だけが宿っている。
「ありがとうございます、パシャルド様、チェス様、昨夜語り合ったことを胸に行って参ります。ダフネまた!」
クララは騎士が待つ馬車に乗り込みナバス城に向かった。




