美しい部屋
セリオとの話が終わり、クララは図書室を出た。ドアに背を向け立ち止まり、ようやく緊張が解けフーッと息を吐いた。
「レオン様、お部屋にご案内いたします。」
どこからか先程紹介されたメイドが現れた。気が緩んだところに声をかけられ驚きのあまり体がビクッと動いた。今日はさまざまなことが起こり過剰なほど心と体が反応している。じわっと額に汗が滲んだ。その様子を顔色変えずメイドは見ている。
「あ、よ、よろしくお願いします。」クララは言葉に詰まりながら言った。もしかしてこのメイドは監視役なのかもしれない。レオンだと隠し通せるのだろうか、、。心に不安が広がったがまだ始ったばかり、今からこの調子では本物のレオンに変わる前に自分が疲れ果ててしまう。今色々と考えるのは止めよう。クララは気を取り直し、不安をどこかに飛ばすような気持ちで首を左右に振った。そしてメイドと共に図書室を後にした。
長い廊下を歩き城の中央エントランスに戻った。そのまま真っ直ぐに進めば謁見室がある。メイドはそこから階段を登り始めた。城の二階まで上り南側の塔に進んでいった。メイドは一番奥で立ち止まり突き当たりの部屋にレオンを案内した。
「こちらがレオン様のお部屋でございます。」メイドはそう言いながら美しい薔薇の彫刻が彫ってある扉を開けた。
部屋に入ると大きな窓ガラスから沢山の光が部屋に差し込んでいるのが見えた。「うわぁ綺麗。。」クララは思わず呟いた。その部屋は白を基調とした明るく美しい部屋だった。光溢れるその様子を見てこの部屋がクララを歓迎してくれているように思えた。先ほどまでの重たい気持ちが晴れここで生活ができる事が少しだけ嬉しくなった。
手前にはテーブルとソファがありその奥にはベット、さらにバルコニーがあり、トイレもお風呂もある広く素敵な部屋だった。
今日馬車に積んで持ってきた荷物は既に綺麗に整頓してあり、すぐに生活ができる状態になっている。クララは嬉しくなりカーテンを開けているメイドに話しかけた。
「あの、私はレオンと申します、名前は?」
メイドはクララの方に振り返り背筋を伸ばし一礼し言った。
「カルメラと申します。レオン様、よろしくお願い致します」
クララもカルメラの美しい挨拶に圧倒され同じように背筋を伸ばし言った。
「よろしくお願いします」
カルメラはそんな緊張気味のクララを見て微笑んで言った。
「レオン様、敬語はおやめ下さい。皇室のメイドですが、メイドに変わりがありません。普通に接してくださいませ。」
カルメラはそう言ってクララに近づき真紅のローブを脱がせてくれた。
「ありがとう、カルメラ」
クララもそう言って微笑んだ。カルメラはクララのローブをクローゼットにかけ、着替えを持ってきた。
あ、そうだった、着替えは自分でしないと女だとバレてしまう。クララは着替えを手伝おうとするカルメラに向かって手のひらを胸の位置に掲げこれ以上近付いてほしくないとわかるジェスチャーをしながら言った。
「カルメラ、着替えなど基本的なことは自分でします。出来ないことは頼みますから」
そう言いながらクララはカルメラが用意してくれた着替えをもらい受けそそくさとバスルームに入った。
「あー、、、疲れた、、、。」
クララはバスルームの鏡の前に置いてある椅子に腰掛け呟いた。ようやく一人になれた。本当に今日は色々な事があり精神的にどっと疲れた。
「初日から,,本当に、、こんな調子で大丈夫だろうか、、」クララは顔を洗い鏡に映る自分を見てため息を吐いた。鏡に映る自分はレオンそのものに見える。レオン、なぜレオンのために私はこんな事をしているのだろう?
私は死んだことになっていてクララ・タピアとして生きられないのに、、。何一つ自分の意思ではない事ばかり。
クララは自分の姿を見てもう一度ため息を吐いた。これから正装に着替える。女性はドレスに公爵家の紋章が入ったマントを羽織る。男性はコートにウエスコート、トラウザーのスタイルでコートに公爵家の紋章が入っている。
私は可愛いドレスが大好きだった。髪にレースのリボンをつけドレスを着る。厳しい生活の中でもおしゃれをすることだけは許されていた。ただ、どんなにおしゃれをしても何処にも出かけることはなかった。ウーゴが許さなかった。亡き母親の面影があるクララを人前に出すことを極端に嫌がった。母が亡くなった時に噂された事を思い出したくないのか、後妻のマカレナが嫌がっていたのかクララにはわからない。けれどクララと違って義弟のレオンはいつもウーゴとマカレナと出かけていた。そんな時もクララはいつも一人で部屋にいた。寂しかったが、いつ間にかそれにも慣れ、最近は大好きなドレスやリボンを見て出かける想像をする事だけが楽しかった。それだけでも幸せだった。
けれど、、今はそれすら取り上げられてしまった。
夢も希望も楽しみさえ、、無くなった。




