3・かつて相対した仇敵との契約
ゴクリと唾を呑むセリカの横で、俺は迷わず口開いた。
「教えてくれ。こいつは......ヴィゾーヴニルは元々ユグドラシルに囚われてる身だった。そんでまた俺に囚われたんじゃなにも変わらないだろ?」
『いや、儂は別にこのままでも構わんのじゃが......。ちょっかい掛けるの楽しいし』
紋章の上に手をかぶせる。
「教えてくれ、このロリババアがいつまでも手にいるとマジで交際が進まん」
『おーい、こらー? 本音と建前が逆になっとるぞー?』
手の紋章を上から押さえ付け、皮膚もろともつねり上げた。
『痛い痛い痛いやめんかぁ!!! おぬしらが良いムードになったのをぶち壊すのが最近のもっぱらの趣味なのじゃ! だいたい、儂を中に入れたのはおぬしの決断じゃろ!』
「こんなクソロリババアだとは思わなかったんだよ! だいたい能力が自我を持ってるってなんだよ! 少しは遠慮してたら俺も寛容だったろうなぁ!!?」
『はぁーっ!? これだから人間は身勝手と言われるのじゃ! 能力よりも繁殖の方が大事なのか!?』
「当たり前だ!!」
『言い切るなぁ!! 悲しくなるじゃろ!』
閑話休題。
一通り口論が終わると、アルミナが呆れ気味に笑いながら俺を見ていた。
『そこの魔王とやら! おぬしもエルドが悪いと思うじゃろ!?』
「聞いてた限り、エルドもヴィゾーヴニルちゃんも半々で悪いかなー。つまり両成敗?」
「『両成敗......』」
ジャッジは下った。
安易に決断した俺も、ウザさMAXのヴィゾーヴニルも互いに問題に向き合うべしというのが、魔王様の判断のようだ。
「で、少し脱線したッスけど『インフィニティー・オーブ』について話すと不味いんですか?」
この流れにもう慣れていたセリカが、会話を進めた。
「まぁねー、なんたってわたしたち魔王軍はもとより、王国やミハイル連邦まで手に入れようと画策してるんだもの」
「うわ......、既にヤバそうだな」
一口水を飲んだアルミナが、イヤラシイ笑みを浮かべる。
「原子や遺伝子まで好きに操作できる、そんな聖遺物が連邦の手に渡ったらどうなるかわかるでしょ?」
「あぁ......なるほどな」
「お察しのとおり、ミハイル連邦は核兵器やクローン兵士を作る気満々みたい。コミュニストに倫理とか関係ないのかしら」
そんな連邦の動きを察知した王国と魔王軍は、おぞましい目論みを阻止しようと今躍起になってるらしい。
「確かに機密案件だな......」
「わかってくれた? でもそれを使えばエルドからヴィゾーヴニルちゃんを分離できるかもしれない。賭けだけどね」
「いや......可能性があるなら十分だ、それでその『インフィニティー・オーブ』ってのはどこにあるんだ?」
俺の問いに、魔王アルミナはニヤリと笑った。
「大洋の遙か向こう––––新大陸よ」
「新大陸!? めっちゃ遠いじゃないッスか」
「えぇ、おまけに新大陸のどこにあるかも一切不明。それどころか『連合王国同盟』、果ては『ルーシー条約機構』まで出し抜く覚悟がいるわ」
ノーリスクというわけにはいかない......っということか。
「だが俺もセリカも忙しい身だ、そんないきなり長期休暇なんて取れないぞ」
「魔王軍が圧力を掛けるから大丈夫よ、ウチに軍事教練へ出向いたってシナリオでたぶんいける」
「そんな上手くいくか?」
「冷戦期における大事な同盟国からの頼みだもの、切羽詰まった王国はきっと聞いてくれるわよ」
「その代わり」と、アルミナは華奢な足を組んだ。
「もし手に入れたら、使用した後に“必ずぶっ壊す”こと......これがわたしたち魔王軍の協力する条件」
「核兵器拡散阻止のため......ってことだな」
「そういうこと、呑んでくれるかしら?」
なし崩し的にとはいえ、かなりヤバいことになったな。
しかし......、俺は隣に座るセリカを見て決意を固めた。
「いいだろう、使い終わったらその聖遺物は絶対ぶっ壊してやる。その代わり魔王軍として全力で支援しろ」
「フフッ、交渉成立ね」
まさか、恋人と分身のため魔王軍と契約する日が来るとはな......。




